JD-208.「痕跡を追って」


 川沿いに住む人間と、その上流に隠れ住むリブス。異種族間の交流は成功の道を作り、大々的にとはまだいかないけれど下流では船を引っ張るリブスの姿が時折見られるようになった。その主な担い手はなんと、老人たちである。


「パワフルなお爺ちゃんたちだな」


「孫に、おみやげをかうんだって」


 横にいたジルちゃんの言葉に納得の頷きを返しながら俺はリブスの集落へと駆け出した。お別れを……いうためにだ。

 心なしかそれがわかっているらしいみんなの足は少し遅い。気持ちはわかる……リブスの子供たちはすごく素直で、過ごしていて楽しい。アーモの街で出会ったナルちゃんたちを思い出してしまったのかもしれないね。


「また会いに来ればいいのです。自分達にはそれができるのです」


「そうですわね。それに、他の土地にお仲間が逃げてるかもしれませんわ」


 あるいは、シルズとリブスに続いてしゃべる種族がまたいるかもしれないね。獣人とかはこの世界にはいるんだろうか? 話は今のところ聞かないけれど、別の大陸とかあればいるのかもしれないね。


「ご主人様、ジルたちもお土産買うの」


「そうだね、せっかくだし」


 そうして俺達は別れのお土産・・・・・・を選ぶことになった。




 しんみりとした会話を続けながらも帰って来た……そう、帰って来たリブスの集落。そこには働きに出ている老人以外がみんないた。先頭には子供達だ……代表としてか、オルトがゆっくりと前に出て来た。


『兄さんたち、これまでありがとうございました』


「こちらこそ」


 例のごとく水族館のショーのような見た目だけど、俺は立ちあがるようにして上半身を上げたオルトを正面から抱きしめ、その太くて抱きしめ甲斐のある体をしっかりと抱き、別れの挨拶として抱擁を交わした。

 ジルちゃんたちもそれぞれにリブスの子達と抱き合い、こっそりと泣いてしまっている。お持ち帰りしていい?なんて言いだすことが無いことを祈るのみだった。


 ジルちゃんたちがお土産を渡してあれこれと話している間に俺はオルトたちと話す。今後のリブスたちの歩みや、俺たちの旅の話をするためだ。


『兄さんたちはこれからどちらへ?』


「南へ。かつての貴石人が去ったという場所……ついでに遺跡でもあればいいなと思ってるよ」


 リブスの老人たちから聞いた昔話。それは俺たちにとって無関係ではなさそうな中身だった。世界を救うためにと南に消えていったという貴石人。そこに何があって、何が今は残っているのかはわからない。だけど行ってみる価値はあるなと思った。どうも貴石人が活躍していたのは、俺がこの世界に呼ばれるきっかけとなった魔物の勢力増大事件よりもさらに前、そのぐらいに起きた同じような魔物の時代のことらしかった。

 恐らくはどこにいっても伝承ぐらいしか残っていないんだろう。前に出会った老夫婦のように貴石術を学ぶ人であれば話は聞いたことがある、ということはあるのかもね。


『故郷を追われる前に頂上から見た先には大地のへそと見まごうばかりの大穴が見えた。我らの故郷のように噴火の跡なのか、全く別物なのか……十分気を付けてな』


 一通りの別れの挨拶を終え、そんな言葉を見送りに貰いながら俺達はオルトたちと別れて南へと進んだ。街には戻らない予定だ。旅のための物資は元々買い込んであるし、下手に戻ると何がどうなるかわかったもんじゃないからね。


「ボクも驚いたよ。牙が無い! 尻尾も無い!って大騒ぎだったもんねえ」


「俺たちをしっかり見てなかった人がほとんどだったから誤魔化せた感じだったね」


 そう、オルトたちの交渉の際、街で出会った人たちの中にはレッドドラゴンの戦いを見ていた人もいた。だからあの場所にいなかったか?なんて質問もちょくちょく来てたんだ。こんな子達と一緒にあんな化け物と戦うなんて危なくて仕方がないよ、なんて言ってごまかしたけどね。


 それでもそこでどうバレるかわからないから、あの街にはやっぱりしばらくは戻れない。このままトスネス国内を旅してしまおうと思ったわけだ。北の方はやはりモンスターとの戦いが続く前線らしいのだけど、なんだか行く気にはなれなかった。何か違うという感じがあったからなんだよね。

 お爺さんたちの話を聞いたからか、南が気になって仕方がないんだ。


 2週間ほどは平和に時間は過ぎ、周囲はすっかり夏のように暑くなっている。俺たちは普通の体じゃないので時折の休憩ですんでいるけど、普通の人だと昼間の移動は厳しいだろうね。


「あ、また馬車よ」


「思ったより動きがありますわね」


 2人の言うように、内陸へと向かう馬車の数が思ったよりも多い。一時間に2台は見る、というと実際には多いのか少ないのかはわからないけれど、そのぐらいじゃないと物資の移動には足りないのかな?

 足元は土ではあるけれどあまり穴は開いていない。整備も多少はされているようだった。

 だけど、スーテッジ国とは大きく違うことがある。それは俺だけじゃなくみんな感じてると思う。


「ご主人様、気のせい?」


「むむむ、なんだかいつもと違うのです」


「うん。結界が薄い気がするね」


 そう、スーテッジ国側の街道ではいつも感じていた道が光ってる感じというか、街同士をつなぐ結界の影響がほとんど感じられない。その証拠にか、道中も道沿いで出会うのはほとんどがただの獣で、モンスターの類はかなりレア物だった。これはもしかすると……。


「このあたりでは魔物はほとんどいなくなってしまったのかもしれませんわね」


「そんなことあり得るのかしら? あいつら、沸いてくるんでしょ?」


 頷きながらも俺は嫌な予感がした。一見すると、平和な場所でとてもいい。警戒しなくても危険はほとんどないわけだし、冒険に出る必要もないわけだ。人間が邪魔されずに生きていける環境、そういうこともできる。だけど……。


「もし……この先が冒険者なんていらない、平和な場所だったら……いざという時誰が守るんだろうね」


 なんとはなしのつぶやきに、みんなが反応する。そう、貴石術は消えていく。正確には、不要となれば人は貴石術を扱えなくなっていく。危険がそばに無いというのはそう言うことだった。

 もちろん、国境沿いで出会った兵士達のように、戦っている人は戦える。だけど一般人には荷の重い話となっていくんだろう。


 若干のこの先への不安を感じながら進む俺達の前に新たな街が見えてくる。いくつもの大きな風車が立ち並ぶ、不思議な街だった。風車は俺が知る限り、何かしらの動力源として使われるためにあるはずだった。水をくみ上げたり、延々と臼で穀物をついたりなど。確かに街に近づく度に徐々に遠くの山から吹いてくるのか風が感じられるけど……。


「フローラ、こっそり飛んでみてくれないか?」


「え? いいよー! よーっし、とぅ!」


 周囲に馬車も人影も無いことを見た俺は、みんなで一度飛んで先を確かめることにした。団子のようになって飛び上がり、街の方を見ると……大地のへそがあった。大きく、とても深く掘られたような穴。台形をひっくり返したような穴だった。ビルがいくつも縦に入りそうな光景に俺達は言葉を失う。貴石術を使ったとしてもあんなに深く掘るのは相当な年月がいる。それに、この世界の鉱山は復活するんじゃなかったのか?


「露天掘りにしては規模が大きすぎるのです。あんなのは元の世界にあったような重機でも使わないと……」


 ニーナのつぶやきが全てだった。地面に降りた俺達は先ほど見た光景に驚いた気分のまま、進む。

 あれが天然混じりなのか、全部人の手による物なのか……謎を残しながら。

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