JD-207.「進化の過程」
喋るオットセイもどきである異世界生物リブス。彼らと交流し、人間との生活圏の境界を確かめにきたところで俺達は窮地に陥るところだった人間たちを助けた。結果として、空を飛ぶトドぐらいの大きさの異形と、その背中にいた人間である俺という不思議な組み合わせによって自分たちが助けられたことを知った人間たちは感謝の気持ちを、と何度もオルトに頭を下げていた。
「ひとまず問答無用で誘拐されるとかはなさそうだねえ……」
「そうするような恥知らずは吹っ飛ばしてしまえばいいのです」
若干の毒を含ませ、呟くニーナは前と比べるとお堅い部下、なんていうような雰囲気から真面目な番犬が透けて見えるような気がした。前ほどには前に出て全部防ぐという感じではなく、要所要所を防ぐように変わったのも大きいね。
『戻りました。兄さん』
何度もお礼を言って去っていく人間たち。そして戻って来たオルトは満足そうな顔をしていた。話し合いに進展があったようだ。相手は謝ってる時以外は困惑の顔をしていたからね……そこをついて意外と有利に持って行ったんじゃないか?
「平和的に片付きそうでよかったな」
『本当に……ええ。一応、ちょうどこの川の曲がり付近を境として上流では獲るのを遠慮すること、問題がありそうなら話し合いの希望をこのあたりに札を立てることで合意しました。なんだか結構偉い人だったようです。ぜひ遊びに来てほしいとも言われましたよ』
具体的な場所じゃなく、無くなるかもしれない地形を目印にするところが不安だけど、測量とか住所のような考えがなければ自然とそうなるか……。オルトたちの狩場が荒らされないであろうことのほうが重要だった。
「それはまた日を改めて、だな。なんとかなるといいな」
その時には一応俺たちもついていったほうが相手がリブスの事を知らなかったときに余分な騒動にならずに済みそうだなと感じた。喋るかどうかもわからない相手と出会ったら驚くもんね……。
『私も行く!』
『だーめ! 今回は私とお爺さんたちだけだよ』
当然のことながら、人間の街に行くということを子供たちが放っておくはずも無く。特にリュミちゃんはオルトが行くなら番の自分が行かないのはおかしい!と主張し始めたのだった。気持ちはわからないでもないけど、なんとなく今回は好奇心の方が勝っているように見える。オルトにはそれが手に取るようにわかるんだろうね。だからしっかりと断っている。
最終的には、オルトが静かにしっかりと正面から説得した結果、自分の好奇心に気が付いたのか大人しく留守番を承諾したリュミちゃん他、ついてこない形の一部お爺さんたちが残ることになった。俺たちは全員、そしてオルトに同行者のお爺さんら5人ぐらい。話をするならこのぐらいかな?
『道中頼むぞ、人の子よ』
「下りは楽ですよ。ウチにはみんながいますからね」
リブスの皆は少しだけ川下りが心配みたいだけど、隠れながら進まないなら……意外と楽なんだよね。
まずは全員が乗れそうなイカダを作る。これ自体はみんなで協力しながらだからササッと終わった。そして出発の朝。俺たちは見送りのリュミちゃんたちに手を振りながら集落を立った。
『別に川沿いを進んでもよかったのでは?』
「行き来だけならね。せっかくだし、何か買い出しでもしようよ。あるいは物々交換でもいいけど……そうなると持って帰る方法が必要でしょ?」
俺がいる間は収納袋に入れてしまえばいいけれど、そのうち俺達はこの場所から旅立つ。そうなった時の手段はしっかり確保しておくべきだった。大きなフロートのようになったイカダは川の流れに沿って順調に流れている。
「! 左前、ありますわ」
「発見なのです。とう!」
2人の声が響いたかと思うと、水中で何かが音を立てて川面が揺れる。何がという顔をするオルトたちに俺は手のひらで岩の氷柱を生み出してみせた。そしてそれに同じような岩をぶつけて砕いて見せる。すると納得したのか、ラピスとニーナを感心したまなざしで見始める。
そう、ラピスにより水中の危なそうな岩を確認し、そこにニーナがピンポイントで岩をぶつけているのだ。地形が変わると言えば変わるけれど、あまり大きな物じゃないし、あくまで船の行き来に危なそうな大きい物だけを選んでいる。
『なるほどなるほど……こうなるわけか』
お爺さんの1人はニーナたちの術の気配をしっかりと見て取ったようで、自ら水中を確認するように貴石術を発動すると、そのままさらに追加で発動した。見えないけど、多分岩を砕いたんだろうね。それにしても、人間は複数の属性の貴石術を使うのは大変だと聞いているし、俺だって褒められたぐらいなのにシルズやリブスは軽々と複数の属性を使うんだよな……。
「1つ聞きたいのだけのど、貴方達に属性の縛りとかはないの? 火が苦手だとか」
『基本的にはありませんよ。中には火が怖い子とかもいますけど……なんでも歩く代わりに術の適性を求めたのだとか、でしたよね』
『うむ。神が我らや人間を作りし時、我らの祖先は自然と共存するための力として貴石術を求めたという。伝説じゃよ伝説』
神様が、か。女神様がいる以上笑い話とすることは難しい話だ。となると人間はあの姿と、いろんなものを得るために貴石術の適性を犠牲にしたんだろうか? なんだか振り分けポイントの決まってるキャラクター設定みたいな話だな。
『後は水中だと重い物も引っ張れますよ。たぶんこのぐらいの船ならみんなでも1人で上流に動かせるんじゃないかなあ……』
「あら……それはすごいですわね。あの変な物を追い出したら……運送業とかどうですの?」
「リブス運送……どっかで聞いたような名前ね、いいんじゃないの?」
地上では普通に感じたリブスだけど、やはり自らは離れられない生き物のようで本領発揮となるのは水の中のようだった。リュミちゃんたちのような子供でもフロートめいたものが運べるなら十分だろうね。風にせよ人力にせよ、手間は手間だ。
そんなこんなで下流に向けて進む俺達の前に、人間の町並みが飛び込んでくる。昔何かあったのか、老人たちは一瞬身構えるけど普通の状態に戻る。俺は敢えて言うことでもないのでオルトの横に座ったまま視線の先の街を見た。
川にはいくつもの漁船らしきものが浮いている。そのうち相手もこちらに気が付いたようで、最初は人間がイカダに乗ってきたのだと思ったのか普通に手を振ってくるが……すぐに他の同乗者に気が付いたようだ。
動きを止めてオルトたちを見ている。驚きばかり、ということはリブスたちを見たことがある人は多くないみたいだね。
「変なイカダが下ってくるというから来てみたら……先日はお世話になりました」
『今日は話し合いに来ました。出来れば平和に暮らしたいもので……』
俺たちが助けた漁師は別として、他の人達はオルトが流ちょうに人の言葉を話すことに驚いているようだった。どちらかというと若い人たちは単純に驚き、年寄り程本当にいたんだ、といった反応だったのが面白い。
「ああ、彼らは水辺に住むから建物の中は遠慮したいらしい。近くの河原でどうだろう?」
悪気は無いんだろうけど、普通にどこかへ案内しようとした漁師に対して俺は口をはさみ、オルトたちをほっとさせた。川辺なら何かあっても飛び込んで逃げられるからね。それは相手も気が付いたみたいですぐに別の場所に案内された。
前回助けた相手はどうもこのあたりの漁師関係者のトップだったらしい。そのため、彼らの言葉は漁師全体と言ってもいいような影響力を持つようだった。そんな彼らがオルトたちに感謝をし、境界を曖昧ながら決めたことになるのでそのあたりの心配は無いようだった。
『次は上流で会いましょう』
「よろしく」
会話の中身だけなら普通のいい結果に終わった話し合い……なのだけど、片方がトドっぽい体だからどうしても水族館のショーを思い出した俺だった。
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