JD-206.「川の平和はお任せください?」
「それで、なんでこんなことになってるんだ?」
「それを私に聞くの? トールのせいじゃないかしら?」
(そうかなあ……偶然だと思うんだが……)
俺たちの前で繰り広げられている光景、それは……リブスたちに感謝の気持ちとして頭を下げまくっている人間たちの姿だった。オルトと出会った川とは少し上流、まだまだ人間も行き来がありそうな場所。そんな場所でどうしてというと、話は少し前にさかのぼる。
「人間がどのあたりまで来ているかの確認、か」
『ええ。出来れば良き隣人でありたいものですが、人間にもいい人もいればきっと悪い人もいます。自分はともかく、リュミ達ではその……連れ去られるかもしれません』
確かにオルトの言うように、人間にも良し悪しじゃないけれど色々いるだろうね。俺にしたって、個人の欲望とかは捨てきれない、2面性というのかな?そういうのは持っている。きっと誰だってそうだ。そんな中でも少なくとも愛玩動物やら獣として狩られないためには自衛の手段も必要になるわけだが……それも限界はある。
良好な関係が築けるならそれに越したことはないよね。
「なるほどな……レッドドラゴンの件で何か言われるかもしれないが……逆に何かのきっかけになればいいかな。誘拐したら攻めに行くぞ、とかさ。冗談は別として、同じ川だもんな、いつ上ってくるかわからないのは不安だよな」
『時折私は兄さんに出会った時のように見に行っていたんですけどね。それに、あいつらも出来ればこの川から追い出したい』
オルトのいうあいつらというのは、稀に川で船を襲ったり、特定の場所に居座るタコのようなイカのようなモンスターのことだろう。確かコタイルって言ったかな? なんでも前はこの川にはいなかったらしいことを人間が話してるのを聞いたそうだ。
(どこからか移り住んできたのかな?)
元々住んでいたわけじゃないのなら、追い出すことも出来そうだと感じた俺は頷き、さっそくとばかりに2人で出かけることにした。ジルちゃんたちは子供達やお爺さんたちと今日も色々とこなすようだったので丁度いい。
川沿いの道を滑るように走るオルト。その背中には俺が乗っている。最初は並走していたのだけど寝そべるように乗っていれば目立たないと言われ、試している。確かにこうしていると何かいる、というのはわかっても人間がというのはわからないかもしれないね。
『兄さんは軽いですね。リュミとそんなに変わらないです』
「それは言い過ぎだよ。俺だって人間では大人だからな、そこそこ重い……ん? 船だ」
大きく蛇行する川。その向こう側に人工的な物、つまりは船を見つけた俺。すぐにオルトはブレーキをかけて茂みに飛び込んだ。こっそりと二人して様子をうかがう。そこそこ大きな……平たくて運搬や漁に使われそうな大きさのボディだ。比較的流れが緩やかな川だけど、上ってくるのには苦労があるはず。見た限りは大きな帆、そして川下から吹いてくる風により上っているように見える。
幅の広い川で、流れも穏やかだからこそできる手法だと思うけど……こぐことも出来るんだろうね。左右にそういったものが見える。
「冒険者、じゃあなさそうだ。普通の漁師かな?」
『確かにいかつい格好じゃないですね。兄さん、こんな術も使えたんですね』
2人して目の前の蜃気楼のような映像を見て呟く。ちょっとした貴石術の応用ってやつである。学校で習った光の話なんかをイメージすれば思ったより簡単にできる。炎の色と温度の問題みたいに、知ってる人とそうでない人では同じ貴石術でも違いはあるんだろうね。この世界の物理法則がどこまで同じかはわからないけれど。
2人で見守る中、望みの場所にたどり着いたのか船からは網が投げられ……しばらくそうして漁が続けられ、船は戻っていった。どうやらこのあたりが漁場のようだ。
『子供たちはここまで来ることは……いやでも、流れに乗ったら降りてきますよね』
「だろうね。川の色が変わるわけじゃないからここまでは大丈夫、というのもわかりにくそうだ」
木陰で休息をとる俺たち。川下からまた船が出てきたのと、気配が近づいてきたのはほとんど同じだった。気配の主は……感じていたのでわかるんだけど、ルビーにフローラ、そしてニーナだった。リブスの子供達もついてきている。
「みんな、どうして?」
「ボクがこっそり出ようとしたからいけないんだよー……見つかっちゃってさ」
申し訳なさそうに頭を下げてくるフローラ。話を聞くと、確かに彼女の言うように俺たちを心配してこっそりでかけようとしたところを見つかり、半端になるぐらいならと声を掛け合って一緒に出て来たそうだ。確かに、バラバラに出てくるよりはいいんだろうけど、ね。
『何があるかわからないから、気を付けるんだよ』
「「「はーい!」」」
オルトはリブスの子達を一応叱っている……けど、どこまでわかってくれてるのか。オルトの事を信頼してるみたいだからたぶん大丈夫だとは思うけどね。
この人数では隠れるにはちょっと狭いかなと思うような木陰で俺達は近づいてきた船を見守ることにした。
その時だ。
「オルト、あの船の後ろの方を見てくれ」
『後ろ? あっ!』
そう、ゆっくりとだが上ってくる船の後ろに、見覚えのある棒のような物が見えた。間違いない、コタイルだ。しかも結構太いぞ……?
『きっと前に岩礁が無いかとかを気にしすぎて気が付いてないんですよ』
「だろうね。どうする?」
返事は来ず、俺を乗せたままオルトは飛び出した。川面を俺が沈まないようにか、器用に貴石術によりまるでスケートで滑るように進むオルト。なんだかんだで、オルトも俺の知らない貴石術を器用に使う……この移動方法、面白い。他の皆は飛び出してこない。ちゃんとオルトの言いつけを守れてるみたいだ、良いことだね。
「いいのか? リブスたちに友好的とは限らないよ?」
『構いません。味方になってくれるかもしれない、それだけで助けるには十分ですよ』
顔は見えないが、なかなか格好いいことを言うオルトの背中を頼もしく見ながら俺も顔を前に向ける。船の方も結構な速度で近づいてくる俺たちに気が付いたらしく、人が前の方に集まってくる……けど、そんな船の後方についにコタイルの触手のようなものが巻き付いた。
「横滑り! 斬る!」
『わかりました!』
今のままでは船自体が邪魔になって何もできない。そう判断した俺はオルトに位置を変えてもらい、船の横に回り込むと左手でオルトにつかまりながら聖剣をその場で横なぎに切り払った。まだ離れているけど、その刃からはマナの力が不可視の刃となって飛んでいく。ブチっという音が聞こえそうな状態でコタイルの太い触手は切れた……が、それで怒ったのか水中から何本も同じような腕が出て来た。
『兄さん、このままじゃ時間がかかります。どうしましょう?』
「飛び上がれるか? 雷を落とす!」
その手が、と感心するオルトからマナの気配が強くなる。大きな貴石術を使う合図だ。そして周囲の水が吹き飛ぶような勢いで力が発せられ、俺たちは空中に飛んだ。船の人間が俺たちを見上げるのがわかる。そして水中から突き出た何本もの触手も。俺はその中心に感じる気配に向けて右手を突き出した。
「くらえ!」
まばゆいほどの雷が水面にぶつかり、弾ける。爆薬を水中ではじけさせたような光景が広がった。そしてオルトが器用に川に着水した後には、何かがぷっかりと浮かんでくる。コタイルだ……でかいな。
『いつも魚を遠慮なしに食べやがって! 吹き飛べ!』
言葉をいつもよりも荒くして、オルトは力を行使する。フローラから習った風の貴石術。その力が川面に浮かんでいたコタイル、多分気絶しているソレを吹き飛ばし、息の根を止めた。人間たちのいる船の目の前でね。
結果として、人間にとっては窮地を助けてくれた謎の生き物とそれと一緒にいる人間、そういう構図が出来上がったわけだ……ひとまずと川岸に船を止め、降りて来た人間たち……間違いなく普通の漁師。彼らは俺とオルトを見、そしてオルトが人の言葉を話すのを知って急に頭を下げ始めたのだ。
『どうしましょう、兄さん』
「どうしようかねえ……」
ルビーたちが茂みから出てくるのを感じながら、俺はある意味途方に暮れていた。
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