JD-205.「星の守り人」
火山の不幸な噴火により、故郷を追われて隠れ住んでいた若いリブスたち。そんな彼らの祖父母にあたる世代を見つけ、合流を果たした俺たち。人数が増えた分、生活には苦労も増えるんだろうけどそれよりも家族が増え、一緒に暮らせる相手が増えた……そのことがオルトやリュミちゃん、他の子供たちのやる気を大きく引き出していた。
俺達はしばらくの間、集落にとどまってそんな彼らのお手伝いをすることにした。と言ってもほとんどのことは彼らでもやれるし、生活をしていくのは彼ら自身。本当に手伝いでしかないわけだけど……。
「みんな元気そうだなあ……」
『それも全て人の子よ、君らのおかげだ』
岩場に座り、集落を眺めているといつの間にか後ろにいた白髭のリブス……リュミちゃんのお爺さんだったかな?がいてこちらを見上げていた。瞳は老人だというのに妙にうるうるしていて、髭をとったら若い子とあまり区別がつかないのがポイントだ。
「これまで頑張ってきたのは皆だと思うけどね。ありがたく受け取っておくよ」
『あの悪魔を仕留めてくれたのだ。それだけでも我らの未来を取り戻してくれたと言えるだろう。
それに……実のところ、あの地に我らの先祖が住み始めた時にも忠告はあったのだ。火山は死んだわけではない、眠っているだけだとな。ただ、数百年何もなければ徐々に危機への意識も薄れ……まあ、言っても皆が戻ってくるわけでもないか』
俺はそのため息交じりの言葉を否定も肯定もしない。こういう時、とりあえず話を聞いてほしい、そう思うのはいつだってどこだって共通だろうなと思ったからだ。岩から降りて、お爺さんの隣に座り込む。岩を背もたれにしてみる集落もさっきとは違う意味で生活を感じて面白い。
『やはり、不思議な人の子だ。まるで全身が貴石で出来ているかのような膨大なマナが人の形に圧縮されている。かつて、一族をあの地に導いた貴石人もまた、お前たちのようにマナを呼吸するように扱い、多くの貴石術を用いて外敵を排除していった。そして我らに術と言葉を伝え、いずこかへと去っていったという』
「その話、詳しく聞かせてくれないかな」
前にも聞いた貴石人という単語。どうやら伝説の類として知っている人は知っている、そんな言葉のようだ。言葉通り、人とはけた違いのマナを扱い、貴石術を操るという……そう、それはまるで俺達そのものだ。女神様は前にもこの世界に同じような存在が来たことは無いわけじゃないと言っていた。ただ、だいぶ昔だとも。
恐らく寿命のような物がない神様にとってだいぶ昔、となれば1年や10年なんてことはないだろうね。さすがに1000年は無いと思うけど……そう思いたい。
『あいにく、我らは記録を持たない。そのあたりは人間の方が優秀だな。寿命は短いが、その分知識や伝承を何かに残して伝えていく。話がそれたな……私も伝え聞いた話だ……。かつて、この世界の覇者は魔物であった。人や亜人、我らのような者も限られた場所で細々と生き残るだけだったという。そんな時だ。まるでそれぞれの種族の希望の光であるかのように強力な力を持った存在が生まれ落ちたと言う。彼らはひかれあうように出会い、そして世界から魔物を減らし始めたというのだ』
目を閉じ、思い出すように言葉を紡ぐお爺さん。人間以外にも特殊な力を持った存在がいたというのは初耳だった。亜人……いわゆるエルフやドワーフみたいなのがこの世界にはいるんだろうか?
でも、これまで聞かないということは数は多くないか、隠れ住んでいるのは変わらないんだろうね。
『魔物は数多く、またその力の強さも幅があった。戦士たちは時に勝利し、そして……時に敗北した。我らの種族の戦士は地上で力尽きたらしい。決戦のために本来の住処から離れていったからであろうな。戦士の死の報告を持ってきたのが、あの地へ導いた貴石人だった。話によると、貴石人はその時ひどく泣いていたという。人間がリブスを……力の足りない、下等な生き物だと扱い始めた。だから隠れ住んでほしい、と。我らの戦士が生き残れなかったからであろうことが原因の1つだが……世の中は難しいな』
「オルトが俺たちを最初、妙に怖がっていたのはそのせいか……違う姿となると確かに変な差別を産むんだろうな」
それはとても悲しいことだけど、俺だってやはり同じ人間の姿をした相手と、異形の相手がいたとしたら最初の印象は違うかもしれない。いや、きっと違うだろうな……情けないことだけど。
例え言葉を話せなくても、この世界に生きているのなら倒した相手にも生活はあったはず……まあ、そこまで考えていたら命を奪うことに耐えられなくなるか。
『幸い、この山は険しい。周囲の森も獣や魔物が数多く住んでいた。我らは箱庭のような湖で、ゆっくりとだが数を増やし、そして日々を過ごしていった。貴石人は時折様子を見に来たようだが、ある日を境にぱったりと姿を消したという』
「ある日を? 何か……あったのか? ドラゴンの集団が襲い掛かって来たとか」
現状、最も起きてほしくない出来事の1つを口にすると、お爺さんは首を横に振る。そして、口ごもったまま俺を見、地面を見、ようやく口を開いた。
『星を……守る。そういって貴石人は去っていったそうだ。星というのがどの土地のことを言うのかわからないが、それから戻ってこなかったということは相当に遠い場所の事なのだろうな。人の子よ、言葉の意味がわかるか?』
「ああ、わかるよ……そうか、星を……」
具体的に何をどうしたのかはわからないけれど、きっとかつての貴石人も知ったんだ。魔物を滅ぼすことが不可能だということ、あるいはそれだけでいいわけじゃないんだと。人だけじゃなく、魔物も生き残らなくてはいけない、それは女神様も言っていたバランスのために必要なことだ。
「星ってのはこの場所だけじゃない。全部の大陸、全部の場所のことさ」
『やはり、か。出来ることがあるのは幸せな事ばかりではない、そう言い残したそうだ』
お爺さんの言葉に、俺は考え込む。出来ることがあるから……か。確かに、今の俺たちにはある意味ぴったりなのかもしれないね。力が高まり、倒せる相手も恐らく大きく増えた。出来ることも増えたし、行ける場所もきっと増えている。このまま貴石を集め、ジルちゃんたちの力が増せば自然と俺も力が上がってくる。そうなれば……そうだね、俺達自身が災厄になってしまう可能性だってある。
『巨人の一撫では大地をえぐる。かつてこの世界にいたという巨人種を言い表した言葉だ。本人にとっては何気ない事でも周囲への影響はその限りではない、そういった言葉だ。人の子よ、事を成す時には……成した結果をしっかりと見据えるのだ。私が孫を害したようにな』
「気を付けるよ。まあ、怪我の方は俺は気にしてないし、リュミちゃんだって許してくれたんだろう? あとどれぐらいお爺さんたちが生きれるのかは知らないけどさ、それを抱え込むより孫たちの未来のために踏ん張ったほうがいいんじゃないか?」
既に跡の残っていない場所を撫でながらそう言うと、微妙な顔をするお爺さん。まあ、気持ちはわかる。自分が自分を許せない、そういう感じだよね。でも、それじゃあ困るんだ。
「ひ孫を抱くときにそんな顔をしてたら抱かせてもらえないぞ?」
『む……それは困るな。ふふ……面白い人の子だ。また後でオルトを交えて話をしよう。我らがこの地で過ごすのならば、人間からの干渉をどう対処するか、決める必要もある』
今現在、この集落が抱えている問題のほとんどは対処可能だ。それでも俺たちだけで何とかできないかもしれないこと、それが人間がやってくるということだ。この場所だって別の世界にあるわけじゃない。陸続きなんだからいくら秘境のような山奥だからっていつか誰かがやってくる。そうなったときにどうするか……それが問題だった。
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