JD-204.「再会と喜び」


「上手く言えないけど……その、元気出しなさいよね」


『変なルビーお姉ちゃん! リュミ、元気だよ?』


 腫物を触るような恐る恐るのルビーの慰めの声に、リュミちゃんはすぐにわかるような空元気で返事を返していた。ジルちゃんはそんなリュミちゃんのヒレの片方をぎゅっと握ったかと思うと持ち上げる。見た目は女の子が自分ぐらいの大きさのぬいぐるみを持ち上げてるみたいだ。


「がまんは……だめだよ。泣きたいときには泣くの」


『でも……お兄ちゃんもいるし』


 しっかりと抱きしめられ、身動きがとりにくいらしいリュミちゃんが何とかしてといった様子で俺の方を見てくるが俺も同感である以上は止めるつもりはない。俺だって人のことを言えるほど人生経験を積んでいるとはなかなか言えないけれど、こういう時はそう言う物だ、とわかる。

 そのことがわかっているのか、リュミちゃんも俺を見る以上のことはしてこなかった。


「わかった……ご主人様がここにいると恥ずかしいんだね。ご主人様、あっちいって」


「!? ジ、ジルちゃんに追い出される……」


「馬鹿な事言ってないで行くよー。行きとは違う道で帰るっていったのはとーるでしょー? 偵察偵察」


 ストレートなジルちゃんの言葉に、無駄に衝撃を受けて固まる俺。そのままフローラに襟をつかまれてずるずると……なんだか現実味の無い光景だ。小学生か中学生ぐらいに大の大人が引っ張られてくんだからね。

 幸い、目撃者は俺達以外にいないからいいけれども……。


 そうして離れてしばらく、森に小さな声が響いた気がした。


「オルトも我慢してしまうんだろうな……」


「そーだねー。とーるみたいに優しいからね。ぐっと我慢して……こっそり泣くのかも。でもリュミがいるからだいじょーぶだよ」


 時折飛び上がって木々の上に出ては周囲の確認をするフローラ。合間合間の会話でそんなことを話しながら俺達はしばらくしてからみんなのところに戻った。

 幸い、リュミちゃんは泣き止んでいるようで少し目の周りが赤い気がするけど人間と違うからよくわからないね。


『早く帰ろ! お爺ちゃんたちを連れてオルトのところに戻るの!』


 色々な意味でリュミちゃんが必死なのは、お爺さんたちの生活を垣間見たからだろうね。餓死ということは無いみたいだけど、外にほとんど出ないということで生活は質素の一言。むしろ貧困と言っていい。

 俺が収納袋から出した食べ物を人間が出した物だというのに涙ながらに食べていったからね……日頃の生活がわかるという物だ。

 人数が増えれば食事の確保も大変だけど、離れ離れで心配しあうことのほうが後々困ったことになりそうだった。


「荷物は俺がしまうとして……ニーナ、ちょっと大変だけど荷台をいくつか作ってくれる?」


「はいなのです。馬車みたいにして運ぶです? お任せなのです!」


 中には移動が大変なお年寄りもいるだろうと考えた俺はニーナに後は馬だけがいない、という状態の荷台を作ってもらいそれを引っ張ることを考えた。迂回していけば、比較的平坦な場所もありそうだったからだ。






 ところが、移動は思ったようにはいかなかった。正確には、リブスの老人たちは最初は頷いてくれなかったのだ。神妙な顔つきになったかと思うと、感謝の言葉と共に頭を下げて来た。しかし……ここでいいと言い出したのだ。


『どうして?』


『若い者が暮らせているところに我らがいっては邪魔になろう……』


 やはり、自分達という食い扶持が増え、場合によっては身の回りの世話をさせるかもしれないというのがネックなようだった。気持ちはわからなくはない。迷惑をかけたくない、そんな気持ちなんだろうね。だけど、それは大人の理屈だ。子供の気持ちで言えば全く別だ。


『そんなことない! きっとみんな喜ぶよ! お爺ちゃんたちが生きてて、一緒に暮らせる。そのためならなんだって頑張れるもん!』


 リュミちゃんは勢いと直感で今回も正解を老人たちにたたきつけた。暮らす人が増えれば、苦労は増える。そんなものは承知の上だと。それよりも、家族が増える方がよっぽど大事だ、そうリュミちゃんは力強く訴えた。

 その姿は体格を超え、中の心そのものが形を作っているかのようだった。


(オルト、頑張ったな)


 俺はそんな彼女の背中に、これまで頑張って来たオルトを見た。真っすぐに、子供たちを大事にしてきたオルト。その気持ちがリュミちゃんにも伝わり、こうして彼への想いが芯となって老人たちにその気持ちをぶつけることが出来ているのだ。


『どうしてもいやだって言うならリュミ達が勝手にこっちに住み着くから!』


『立派になったな……リュミ。お母さんの若い頃を見ているようだよ』


 何度も叫んだからか、息も絶え絶えといった様子のリュミちゃん。そんな彼女をお爺さんは抱き寄せ、オルトがしていたように鼻同士をくっつけていた。リブスの信愛や感激の時に行う挨拶のような物だ。ということは?


『不思議な力を持つ人の子よ。世話になる』


「まあ、俺達はお手伝いさ。よし、準備しよう。全部で何人いるんだ?」


 そして伝えられた人数は40弱。合流するとほぼ2倍になるのだけど、湖には500以上のリブスが住んでいたというのだから火山の噴火が彼らに与えた打撃という物の大きさがよくわかる。

 子供たちが相当頑張らないと、この地方のリブスの数は安定しないだろうね。ただ、なんとなくだけど心配は無いかなと思った。


「そんなに急ぐとこけてしまいますわよ」


「そうそう、ゆっくり行きなさい」


 少しでも早くオルトに出会うためか、前を歩くリュミちゃんは少しずつ集団から抜け出ては離れたことに気が付いて早く早くと前で待つ、そんなことを繰り返した。その度に俺達は彼女を叱るようになだめながら老人たちの乗った荷台を引っ張り続けた。見た目は人間の少女でしかないジルちゃんたちが引っ張ることに驚いていたリブスたちだったけど、ぐいぐいと歩き始める俺たちを見て二度驚いていた。


(子供が大きな人力車を引っ張りまわすような感じだもんな、そりゃ驚くかな)


 進む道は多少なだらかと言っても大自然。起伏はあるし、段差に引っかかることだってある。それでも大丈夫なのはリブスたちの使う貴石術のおかげだ。ショックを吸収したり、転がりそうになる体を抑えたりと結構色々なところで使っていた。


『歳をとると、こういうことばかり上手くなってのう』


「俺たちとしてはそういう術の方が興味深いですよ」


「きになる……休憩の時におしえて?」


 どちらかというと貴石術は戦闘と、建築的なことに使うことが多い俺たち。日常での貴石術には意外と知らないことが多いのだ。また実力を把握するためにも訓練見たなことをしないといけないかな?


 寄り道はあったものの、それからの道は順調だった。溶岩の跡を超え、行きと比べてその頻度を上げた襲撃をしのぎ、あと少しというところまで戻って来た。


「これぞ森の中、と言いたいところですけど……ちょっと多いですわね」


「お爺さんたちが弱ってるのを敏感に感じ取ってるのです! 防御陣形なのです!」


 ニーナの言うように、野生のカンで荷台にいる老人たちがまさしく老人で弱っていることを感じ取っているらしい。だとしたら、みんなで分散してでも周囲を囲まないとね。

 荷台の内3台分を大きな物に変えてそれは俺が引っ張った。ちょっと重いけど、しっかり気合を入れれば動き出す。

 そうしてフリーになった誰か2人が後ろ斜めについて警戒を続けるってわけだ。


『あ、リュミだ! 戻って来たんだ! え、あ……!』


 そうしてある日、見覚えのある景色が近づいてきたと思うと、ここまで狩りに来ていたらしい子供たちの集団と遭遇した。こちらを見るなり、駆け寄ってくる子供達。心なしか、老人たちも嬉しそうな気配になった気がする。


『ただいま! オルトを呼んでちょうだい。お爺ちゃんたちをお迎えしなきゃ!』


『わかったよ!』


 元気よく走っていく子供達。その姿を老人たちはまぶしそうに見送っていた。


 それからすぐ、皆と合流することが出来た。その日の集落は、滝つぼの音にも負けないほどの騒ぎだったことを俺は忘れない。




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