JD-203.「思い出の地で」
「もう少しだよ、行ける?」
『まだ大丈夫っ』
リブスのお爺さんたちと別れ、俺達は再び噴火した場所、かつてオルトたちが済んでいたという湖の様子を見に行くことになった。お爺さんたちの証言から、噴火の時には湖の底から一気に噴火したのではなく、その脇の方からの噴火だったということだった。つまり、水の状態は別として形はある程度残っている期待が持てるようだった。
「無理は……だめ」
「ジルが言っても説得力はあんまりないわよね。ところでラピス、やれそうなの?」
「見てみないとなんとも……でも、周囲の具合から行くと思ったよりはマシな気がしますわね」
勾配がきつくなってきたことで目的地が近づいていることを実感する中、話の内容は自然と着いた先での物になる。ルビーの言っているのは、ラピスに湖のあれこれを何か出来るのかどうかということだった。水はあっても酸性に傾いていたら生き物は住めないし、諸々が流れ込んでいたら少なくとも中身はいなくなってるだろうね。
「それももう少しでわかるねー。ボクが飛んでいって何かいたら大変だから歩きだけど……」
「広いから大きいのが住み着いてる可能性もあるのです!」
あれこれと話しているうちに、ついに山肌は岩というか、植物がほとんどなくなり始めた。人間の足なら数日から一週間はかかる距離。それを俺たちはシルズたちの使っていた貴石術と、リブスのお爺さんらから聞いた貴石術を上手いところ掛け合わせ、悪路を移動しやすいホバーのような状態で進んでいる。だから足元は危なくはないのだけど、絨毯を踏んでいるみたいで少し落ち着かないね。踏ん張りも効きにくいから襲撃に会った時には工夫しないといけない。
『もう行ってきたんですか?ってオルトが驚いちゃうかな』
「かもね。予定よりかなり早く進んでる」
既にこの周辺は結構な標高になるはずで、病気が怖いのでこまめに体を休め様子を見ている。俺達はたぶんいいけど、リュミちゃんは別だろうからね。幸い、今のところ体調に問題は無いようだった。そして数泊目の朝、俺たちの視線の先に空と土の境目がはっきりと見えて来た。
(あそこまでいけば中の様子がわかるはず……さて)
ちらりと見るのは足元で必死についてくるリュミちゃん。彼女がショックを受けるような光景が広がってる可能性が十分にあるけれど……行かないわけにもいかない。
そして……。
『誰もいない……半分埋まっちゃってるから仕方ないよね』
「リュミちゃん……」
落ち込んだ様子の声が小さく響き、眼下から吹き上がってくる風にかき消された。大きな、とても大きな湖だった。満月だったであろう物が半月上になっている、と言えば状況はよくわかると思う。その奥の方が恐らく噴火した部分なんだろう。湖の中というより、隅の方で噴火が起きたようで視力検査のマークの開いてる部分のように一部分だけ大きく吹き飛び、溶岩が噴き出ていったんだろうと思われる状態だった。もしその方向がオルトたちの逃げた方向だったなら、リュミちゃんたちも生き残れなかっただろう。俺たちが越えて来た溶岩の跡も、実際の噴火の端の方だったらしい。
「こちら側はそんなに溶岩が来てないです?」
「そうね。偶然か、あるいは何者かが何かを行ったのか……わからないわね」
湖のど真ん中で噴火していたら全部埋まっていてもおかしくないけれど、この場合には噴出した諸々は外側に向けて出ていったようだ。それでも半分ぐらいが埋まってるのだから恐ろしい。
問題は、影響の少なかった方向で生き残っていたお爺さんたち、ということだ。そのことはリュミちゃんにもわかるんだろう。直前まで上がっていた顔が今は地面とお友達状態で横たわりながら湖を見つめている。
「ひとまずは降りてみましょうか。水の具合も確認しないといけませんわ」
「リュミ、行ける? 無理そうならボクが一緒にいようか?」
『行く。行きます!』
言うが否や、転げるような勢いで駆け下りていくリュミちゃん。俺達は慌てて彼女を追いかけるのだった。
斜面は思った以上に緑で覆われており、噴火した時期を考えると驚くべき復活具合だと思う。と、そんな道端で変な物を見つけた。
「先に行ってて!」
一声かけてからちょっと横に逸れた俺は地面からそれを拾い上げた。バスケットボールほどの岩の塊。
信じられなことに、何かの宝石の原石だという直感があった。色合いは緑……ちょっと種類がわからないな。ただ、1つ確かなのか噴火の際に飛んできたであろう物で、こうしていてもマナを感じるほどの貴石だということだ。どこかで見たような……感じだ。
「持ちだすのはやめておこう……なんとなく、ね」
誰にでも無くつぶやいて、俺は元々あった場所にそれを置いた。詳しく調べられることでもないけれど、あの塊はあの場所に力を与えている、そういう実感があったんだ。パワーストーンとは少し違うだろうけど、実際に周囲の植物の生育具合をよく見るとみんな何かを中心に生い茂ってるように見える。
よく探せば、きっと中心にはさっきのような塊が落ちてると思う。みんな噴火の時に吹き飛んできたんだと思う。
「遅いわよ。どうしたのよ」
「いや、ちょっと望みが出てきたと思ってね」
少し先で俺を待っててくれたルビーに答えつつ皆に合流する。たどり着いたのは湖畔。風が時折吹く以外は静かな物で、湖面は風が模様をいくつも作り出していた。それ以外は静かすぎるほどの……光景だった。
「マスター、驚きですのよ。この水全く問題ありませんわ。ちょっとろ過すれば飲めるぐらいには。噴火したはずの火口跡としては信じられませんの」
「ぴりってこないし、臭くないの」
2人の報告を聞きながら、俺は皆が止める前に裸足になって湖に片足を突っ込んだ。冷たく、水温を感じさせるが、それだけだ。懸念していたような死の湖なんて状態では全くない。振り返ると、みんなの驚いた顔が俺に向いていた。
「やっぱり、大丈夫みたいだ」
「とーるー、わかってたなら先に言ってよねー」
「毒見、じゃないですけど自分たちがやるべきなのです。もうトール様がやっちゃったのです」
確かに突然すぎたかなと反省しながら、その理由を説明する。途中で見た貴石の原石、それらによる周囲の環境の急速な復活劇の事を。恐らくはこの湖にも、無数のそれらが飛び、沈んでいるはずだと。
すぐにみんなが周囲を確認に走り、あちこちでそれらしいものを見つけてくる。そして口々に、見た覚えがあるという。それもそのはず、前にも同じような物を俺たちは見たことがある。ハニービー、喋る蜂の住む森で見つけた湖の底に沈んでいた貴石未満、石英以上のような不思議な力の石たち。
まだここには動物の類はほとんどいないようだけど、住むための環境は戻っている……後は獣たちがその習性や本能でこれに気が付くのがいつかというところかな。結論から言えば、今ここで暮らすのは難しいけど将来的には大丈夫だろう、ということになった。
『お兄ちゃん、ここで今日は泊まっていい? みんなが気が付いてくれるかもしれないから』
「……よし、わかった」
望みは薄いように思うけれど、それを押し通すのもどうかなと思った俺はリュミちゃんのお願いに頷いて、静かすぎる湖畔での宿泊を決定した。みんなも反対する理由は無いようで、決まったと思ったら準備を始める。
慣れない場所での野営の準備というのはなかなか時間がかかる物で、終わった時にはもう太陽が山のフチから姿を消そうとしているところだった。徐々に湖が光を失っていく。その寂しい光景にみんなが言葉を失った時のことだ。
「? ご主人様、見て」
「え? あ……これは……」
ジルちゃんに言われ、俺たちが見た物は……地面を走る無数の光だった。正確には俺たちには見えるマナの動き。よく見ると光はいくつかの場所を中心に集まり、そして散っている。場所には覚えがあった。周辺に影響を与えていると思われるあの原石たちだ。それに向かって飛び交っているであろうその光はあちこちを移動し、まるで互いに情報交換をしているようでもあった。
その後、不思議がるリュミちゃんにも見方を教え、不思議なショーを見ながら夜が過ぎていった。
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