第32話 ようやっとキスです

「お待たせ…アイン。遅れてしまった。ちょっと考え事してて」


 湯けむりの中から現れたヴィーク。腰にタオルを巻いただけの恰好。サムの家で一緒にお風呂に入ったときと同じ姿だ。


(なんでヴィークを見た瞬間こんなにドキドキするの! 最近は良く見てたでしょ!?)


 タオル一枚のヴィークの姿なんて何回も見ていたはずなのに、どうして今はいつも以上に緊張するんだ。


 それに身体が熱い。これは辺りの空気が湯気によって温められたから? それともこの熱は身体の中からのもの…? アインには分からなかった。


 ただ、そんな想いをしているのはもちろんアインだけではない。




(アインなんであんな小っちゃいタオルしか持って来てないんだよぉ! 前までそんなんじゃなかっただろぉ! タオル巻いてって言ったよね!?)


 小さなタオルで前だけ隠すアインはなんとも扇情的な感情を抱かせる。サムの家では抱かなかった感情。


「ヴィークどうしたの? 早くこっち来て。良い感じのお湯だよ」


 両足を湯につけたアインが手招きしながら呼ぶ。アインを見て動けなかったヴィークだが、その一言でなんとか動けるように。


 アインの横に座って同じように両足を湯につける。ちょうどいい温度だ。


「ヴィーク…さっき言ったことってほんとだよね…?」


 パチャパチャと恥ずかしさを隠すように足をばたつかせながら、そうゆっくりと問うアイン。ヴィークは短くそうだよと答えるだけ。


 そこからしばらくは2人は黙ったまま。こんな感じ前にもあった気がする。


 水の音と木が風に揺れる音だけがやけに大きく聞こえる。そして時々当たるアインの腕。ちょっとくっついては直ぐ離れていく。でも、その一瞬で分かるほどアインの肌は熱い。


「そろそろ身体が冷えたらまずいから温泉入ろっか」


「うん。あぁすごい気持ちいい~。これ最高だね」


 温泉にどんな効果があるのかは分からないけれど、とにかくいい気持ちだ。自然のものだからだろうか。


「アイン…」


「どうしたの?」


「きれいだ…」


 夕陽に照らされ光り輝くアインはとてもきれいだった。すこし濡れた髪や、赤く火照った可愛い顔。それらすべてがヴィークにとって最高のものだった。


「ありがとう…ヴィークもすごいかっこいい」


 アインも同じようにヴィークのことを最高だと思っていた。いつもそう思っているけれど今はいつも以上に。


「アイン好きだよ」


 そう言ってアインの顔に自分の顔を近づける。そしてゆっくりアインの手を握れば、アインも返してくれた。その手は自然と指と指を絡ませ合うように恋人繋ぎに。心臓はこれ以上動かせないというほど激しくバクバクと動いている。


 でもそんな心臓の鼓動なんて気にするような余裕なんてヴィークには残っていない。エメラルドグリーンに輝くアインの目が真っすぐ見つめている。


「いい? アイン」


「いいよヴィーク」


 声には出さず2人の気持ちと目配せで意思疎通する。あと数センチにまで迫ったアインの唇。


 アインはそっと目を閉じた。少し唇を突き出すような恰好。


 そんなアインに応えるようにそっとキスをした。唇と唇が触れるくらいの一瞬のキス。それでも二人には永遠にも感じられるほど。


「ヴィーク…」


「アインどうした! 涙出てる!」


 ぽろぽろと涙を流すアインに急に不安になる。まさかダメだったのか? でもそんなことはない。


「嬉しいよぉ~! ヴィーク…ヴィーク! ほんとにずっとこうしたいって夢見てたから。もう嬉し過ぎるよぉ」


 あの一瞬だけでアインはここまで嬉しかったのだ。でもそれはヴィークも例外ではない。あふれてくる「嬉しい」「愛しい」という感情。


 2人の顔は夕陽に照らされているだけでは考えられないほど真っ赤になっていた。





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