第五章 第十六話

「ハァ……ハァ……ましろぉおおお!」

 玉間を出てから走りっぱなしで真白を探しているわけだが、見つからない。地上階はすべて回った。地下もあとワンフロアを残し、見尽くした。そして、そのワンフロアとは、うららや山峰さんが監禁されていたあの場所。

「真白!!」

 拘束されている真白を発見した。シルフに監禁されていた時よりもひどい傷だ。服は破け、まだかさぶたもできていない傷がたくさん見受けられる。

「柊人……」

 まただ、また真白をこんな目に合わせてしまった。どうして、いつもいつも、俺は大切な人でさえ守ることができないんだ……!!!

 急いで拘束具を破壊する。そして、真白を宙吊り状態から解放する。

「真白!!大丈夫か!!

「えぇ……なんとかね。もう少し遅かったらやばかったかも……」

 幸いにも、真白はそこまで衰弱しきってはいなかった。普段よりは元気がないが、しっかりと喋ることもできている。

「よかった……よかったよ!!」

「まさか、人生で二度もこんな経験をするとはおもってなかったわ……って、何故あなたが泣いているのかしら?」

 気づいたら俺は涙を流していた。大切な人が生きている。それだけで嬉しかった。二度も自分のせいで死の危険に遭わせてしまった。自分が招いた結果でこうなってしまったのに、助けられたことに対して、泣くなんて矛盾が出る話だ。

「ほんとに、あなたは優しいのね」

真白がぼそっとつぶやく。そして、俺に寄り掛かってくる。

「こんな時に言うのは、あなたを困らせるだけになってしまうというのは重々承知だけど、この際だから、言わせてもらうわね……。柊人、私はあなたが好きよ。心の底から愛しているわ」

 考えもしなかった真白からの言葉に、どう返したらいいのか分からず、反応することができない。ただ、涙はまだ止まらない。

「なにも返答しなくていい。だから黙って聞いてほしいの」

 俺は、唯一つながっていた細い思考回路で頭でゆっくりコクッと頷いた。

「ありがとう。私はね、北斎家と北条家の間に生まれた二人目の子供なのよ。私には今泉陽隆っていう兄さんがいて、それが一人目。それは後々話すとして、私の父北斎孝成は北斎家の純血を引くものであったのよ。そして、母は北条元子といって、これもまた北条家の純血を引くものだったのよ。二人は優秀な科学者だった。22年前にあった大きな出来事を一緒に研究していて、その時に結婚したと言っていたわ。お互い多忙だったから、実家に帰ることも少なく、研究室で過ごす時間が長かったわけよ。そして、結婚後、各家庭に報告に行ったときに事件が起きたの。それはそれは、古くから北斎家と北条家というのは仲が悪かったの。戦国時代にも何度も衝突したと、歴史書には記載があったわ。まぁ事件というのはそれに気づいた北条家の親戚が孝成を問いただし、夫婦仲を完全に切り裂いたということ。当時、母のおなかの中には兄さんがいて、二人は子供のためにも、と離婚に踏み切れなかったわけ。で、兄さんが生まれて、始まったのは、後継ぎ問題。どちらも純血だからゆえ、跡取り問題は家系のこれからを左右する大きな問題に。結局話はまとまらず。なら二人目を産めばいいということで母は二人目を授かった。それが私よ。でも、私は生憎女。両家が欲しかったのは純血の男。つまり話は振出しに戻ったわけ。兄さんは、いかに気に入られようかという両家の思惑によって、大事に大事に育てられた」

 真白がかなり深刻な話を進める。

「じゃあ、もしかして……」

「ううん。虐待とかは無かったわ。私には家政婦さんがつきっきりでお世話してくれた。むしろ、恵まれた環境だったわ。ただ、親からの愛情やぬくもりをもらえなかっただけなのよ。それで、兄さんは両家の思惑に気づき、出家して今泉の姓をとった。今泉も北斎、北条と並ぶ日本の中でも大きな力を握る一族。どうやってころがりこんだのかは分からないけれども、兄さんらしい賢い選択肢だったと思うわ」

 ここでひとつの疑問がよぎった。

「真白はお兄さんについていかなかったのか?」

 真白は、さらに体重をかけてきて、やがて俺に膝枕されるような状態に入った。

「もちろん考えたわよ。でも、私にはそれが決断できなかった。私ってね。結構メンタル弱いのよ」

「そうは見えないけどな」

 普段のしっかりしている真白からは想像もつかない言葉だった。

「そうなのよ。私は、兄さんのようになりたくて、ずっと両親に認められようと努力していた。だからこそ、成績優秀・運動抜群というところまで上り詰めた。そのせいで、周りからはなんでもできる人、として徐々に友達ができてきて、いつの間にか、学校での人気者という称号を獲得したの。でも、そんなのは表面上だけ。なんでもできる北斎真白は、ただ両親に認められたかっただけの強がりな弱虫だったのよ」

 強がりな弱虫か……

「私は、ぬくもりを知らないわ」

 すごく胸に渦巻く文を真白が呟く。

「実はね、シルフに監禁されて、あなたが助けに来てくれた時、あなたにすごく大きな感情を抱いたわ。でも、正直、それが何か分からなかった。でも、その時、これがぬくもりということなのかしら……と思ったの。私はただぬくもりを求めていたのかもしれないわ。でも、その感情が大きくなりすぎて、何故なのか、考えた結論があなただった。自由に生きるあなたがうらやましくて、でも、私に優しく本気で接してくれるあなたを好きになった。あなたと幼馴染でよかったな。って、そう思ったわ」

「俺はただ……」

「なにもいわなくていいわ……」

 真白が俺の頬に手を当てる。じんわりと温かみを感じる。これがぬくもりか……

「真白、俺もお前が好きだ」

 ただ、その一言だけを告げる。

 そして、唇を重ねた……

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