259 荘英卓の決断・その1
「古来から男女の婚姻に
おれも四人の妻たちを娶る時は、それぞれに礼を尽くしたものだが。
しかしながらあの六礼を、さすがの千夏も三度も経験したいとは思っていないだろう。初めて妻を迎える英卓には申し訳ないが、そこのところは適当に省略して、荘興さんが安陽に到着次第、婚義をあげることにする。
それに、あの真っ赤な花嫁衣装は、どう見ても若いおなごが着るものだぞ。
三十路に手の届く千夏がどう着飾ろうが、英卓が喜ぶことはない」
そう言って言葉を切り、承宇項は豪快に笑った。
そして、満面の笑みのまま言葉を続ける。
「婚義の後、荘興さんはしばらく安陽に滞在して名所見物を楽しまれる。
千夏をはやく荘家に嫁がせれば、そのぶん短い間にしろ、舅の荘興さんに孝養が尽くせるというものだ」
そしてまた、承宇項の言葉に呼応するかのように、慶央を出立した荘興もゆるゆると安陽を目指していた。
若い頃には短気で鳴らした彼にしては、のんびりとした道中だ。
家督もすでに長男の健敬に譲っている。
旅の空の下、美しい景色はあっても心配事はない。
「我々が着けばすぐに婚義だと、承将軍の文にあった。
急なことであるから、英卓も何かと忙しいだろう。
めでたいことではあるが、慌てて馳せ参じなければならない話でもない」
もと妓女であった春仙も連れているから、彼女の身の回りの世話をする侍女や奴婢も引き連れている。
結納の品々と手土産の品々、安陽に滞在中に使用するもろもろの品々。
それらを山のように積んだ荷車五台を馬に曳かせて、警護と人足も含めると総勢五十人近く。
急ぎたくとも急げない旅でもあった。
……と、二度の出戻り歴のある千夏と年下の英卓と二人の婚姻は、周囲からいろいろと揶揄され、祝福とは縁遠く見えた。
しかし、承将軍と荘興の指示による家令の允陶の手配によって、荘家の屋敷の敷地は拡げられ、家屋の増改築の槌音は、毎日、朝から高らかに響き渡っている。
美しくも豪華な家具調度品も次々と運び込まれていた。
******
婚姻の準備と荘興を迎える準備のために、荘家の屋敷のものたちは皆、誇らしくも慌ただしく日々を過ごしていた。
猫の手も借りれるものなら借りたい。
時を止められるものなら止めたい。
そのような忙しさのせいにして、誰もが見ようとしないものがある。
それは磨かれた鏡に残された小さな小さな曇り。
あるいは指先に刺さった小さな小さな
見ぬふり気づかぬふりをしていれば、やり過ごせるものだ。
そしてそれは時の流れとともに、目の外心の外へと消える。
それが鏡の曇りでもなく刺さった棘でもなく、人の言葉を話せぬものの心の内となれば、なおさらのこと……。
白麗が英卓の妹ではないと知らぬものは、二人のことを、仲の良い兄妹だと信じていた。
その仲のよさは兄妹にしては少々度を越したところもあるが、そういう例は世間でよくあること。
千夏さまは気性のさっぱりとしたお人だ。
仲の良い姉妹となられて、そのうちに白麗さまはどこぞの名家に嫁がれることだろう。
そして、英卓について慶央から安陽についてきたものたちは、二人が兄妹でないことを知っている。
白麗さまは、英卓さまの側室となられるのだろうか。
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