122 六十年ぶりの再会・その8



「やれやれ、年寄りは気が短くて困る」


 北方にあっては蛮族と勇ましく戦かってきた。今は禁軍の大将軍として、天子の警護と宮中の秩序のためにその知力を遺憾なく発揮している承宇項だった。

 しかし、襁褓むつきを替えてもらった祖母の前では、気の利かぬ小僧と成り果てる。


 思わずこぼした孫の愚痴を、冬花は耳ざとく聞き逃さなかった。


「年寄りは老い先が短いのです。

 気も短くなろうというもの」


「宇項、冬花さまになんという口の利きようなのです」


 将軍の母なのだろうか、老婆を取り囲む咲き乱れた春の花の中の一人から、承将軍をたしなめる声がした。そしてその声に他の美しい春の花たちがいっせいに頷き、そして将軍を睨む。


「お祖母上ばあさまのお耳が達者なことを、つい失念しておりました。

 それにしても、この部屋は少々暑くはございませんか……」


 女たちの逆襲に、彼はおおげさに額の汗をぬぐう。

 そして英卓たちに向かい合うと言葉を続けた。


「お祖母上ばあさま、この若者が荘英卓にございます。

 若いながら、その豪胆で果敢な性質たちには目を見張るものがあり、義兄弟の契りを結んでおります」


「おお、この若者がそうなのですか」


 英卓の片腕だけの揖礼にも、「お見知りおきを……」と上げた顔の無残な傷にも驚くことなく、冬花は言った。


「市井の噂は、わたしも聞き及んでいます」


 そして、温かな毛皮に包んだ不自由な体を捻って、自分を取り囲んでいる女たちを見まわした。


「この女たちの中にも、峰なんとやらという役者目当てに、芝居を見に行ったものが幾人かいますよ。

 実物の荘英卓さんを見ることが出来て、そのものたちの胸は、いま早鐘のように打っているはず」


「まあ、おばあさま、そのようなことを」

 再び、美しい春の花々たちがざわざわと動いて、黄色い悲鳴が上がる。


「言ったでしょう、わたしの耳はよく聞こえるのだと。

 おまえたちのひそひそ話など筒抜けですよ」


「なっ、英卓、我が屋敷のお祖母上ばあさまは、油断も隙もないお人であろう。

 おまえも我が弟となったからには、その耳には気をつけたほうがよい」


 宇項が茶目っ気たっぷりに言って、座を混ぜ返した。


「わたしは耳もよいけれど、目もよいのですよ。

 英卓さん、男としてよいお顔をなさっています。

 宇項は口と女の扱いは軽い男ですが、人を見る目は確かです。

 宮中にあって激務の将軍を、これからも長く支えてやってください」


「もったいないお言葉にございます」

 自分の紹介が終わったことを知った英卓は深い揖礼を終えると、一歩後ろに下がった。


「お曾祖母ばあさま、このものが荘英卓の妹の白麗です」

 長々と続く大人たちの含みのある会話にしびれを切らしていた第五皇子が、やっと白麗を紹介できる喜びに顔を輝かして言う。


「天女のように美しいお嬢さんだと聞いていますよ。

 さあさあ、前に出て、その可愛らしいお顔を、この老婆によく見せるように」


 その言葉に、英卓は白麗の背中をそっと押して前へと進ませた。


「お曾祖母さま、白麗は言葉が不自由です」


 一歩前に進んだものの言葉を発しようとしない少女の状況を、皇子が説明する。

 しかしその言葉は、冬花の老いてもよく聞こえる耳に届かなった。



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