121 六十年ぶりの再会・その7



 冬花は承家の最長老として、男たちが北方の警備についている間の安陽の留守宅を女ながらにも長年にわたって守ってきた。


 林家一族の処刑から逃れて生き延びた彼女だが、その後に待ち受けていた人生もまた安寧とは言えない。

 成長して約束通り承家の嫁として迎え入れられたが、夫も息子も北方の蛮族との戰いで逝った。

 孫の宇項が若くして将軍となったが、二度あることは三度あるという。

 朝夕に神仏に手を合わせて祈る日々だが、不吉な夢に目覚めることが多い。


 そのような中で、孫娘の一人が天子さまの妃となり皇子を授かったのは、喜ばしいことでだ。

 しかし、後宮に多くいる妃や皇子の中の一人でしかない彼らを守ってやるには、名家であるとはいえ承家はあまりに非力だった。皇子が成長しその賢さが噂になるほどに、次期皇太子冊封をめぐっての袁家の魔の手が心配だ。


 長年の心労は彼女の体を蝕んだ。

 枯れ枝のようにやせ細った手足が変形して久しい。

 時にひどく痛み、日常の所作にも不自由する。

 何よりも女としての見栄えのよさを失った。


 それでも彼女は弱音を吐くことはなかった。

 刑場の露と消える運命の自分を、逆賊の汚名を覚悟で引き取った承家への恩返しがまだ叶なっていない。そして、季節の変わり目になると高価な薬草を届けてくれる沈明宥という老人にも、まだ会って礼を述べていない。


 沈家から届けられる薬草は、承家の病人を治すのに役に立った。

 そしてそれはまた、換金も出来たのだ。

 そうやって手に入れた金子や銀子は、相談すべき男たちのいない手元不如意に、どれほど心強かったことか。









 宇項と副妃を先頭に、皆でぞろぞろと入った部屋は、柱や壁から漂う清々しい木の香りに満ちていた。


 承宇項は留守宅を守ってくれた祖母のために、屋敷の改築にあたって、彼女の住む建物に一番に初めに手をつけた。


 染み一つない真っ白な絹が張られている格子窓から漏れこぼれる陽射しが、柔らかく明るい。重く垂れさがった間仕切りの緞子も、床に敷き詰められた絨毯も真新しい。

 だが、そこかしこに置かれ飾られた調度品は、この部屋の主人同様に、長く使い込まれた古めかしいものばかりだった。


 ここもまた据えられた火鉢の中で赤々と炭は燃えていて、部屋の中は汗ばむほどに暖かい。老いた女主人は正面に据えられた大きな椅子で、肩からかけた毛皮に埋まるようにして座っていた。


 その横では着飾ったたくさんの女たちが、なにくれとなく冬花の世話を焼いていた。

 宇項の叔母たちや彼の妻たち、そして未婚の妹たちだ。

 彼女たちの着物に焚き染められたよい香りと衣擦れの音。

 一足早く春の花々が咲き乱れているかのようだ。


「冬花おばあさま、遅くなりました。

 兄上さまと皆さまをお連れしました」


 副妃が楽しそうないたずらっぽい声で言う。

 冬花の前では、彼女は後宮の妃ではなく孫娘の一人となる。


「おお、待ちかねていましたよ。

 年寄りを待たせるとは、なんと揃いも揃って意地の悪い孫たちなのでしょう」


 体は病んでいるが、冬花の声は少女のそれのように若々しい。

 副妃の鈴を振ったような美しい声は、祖母に似たのだろう。


「宇項、何をもったいぶっているのです。

 さあ、早く、皆さまをあたしに紹介するのですよ」






(冬花のキャラ設定が、『白麗シリーズ』①と少し違ってきています。

 ストーリー展開には支障はありませんが、そのうちに①のほうを直します。

 申し訳ございません)






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