※ 第三章 ※
予期せぬ二つの出会い
112 幕は切って落とされた・その1
寒さ厳しい安陽の冬も終わろうとしていた。
今朝の安陽は、雪が積もったかと思うほどの大霜だった。
そのせいで大気は頬を刺すほどに冷たい。
しかし空は抜けるように青く冴えわたり、昇り始めた陽は黄金色に輝いている。
白麗と英卓たちが安陽で迎える二度目の春がすぐそこまで来ている。
この日の昼に、荘家の門の前に相次いで二台の馬車が止まった。
一台からは、薬種問屋〈健草店〉の隠居・沈明宥とその孫夫婦の如賢と梨佳が下りてきた。
十年前に妻も亡くし隠居もした後の明宥は、見た目も無残なほど急激に老けた。
そのうえに本当は呆けてしまって、孫の如賢を連れて青陵国内を徘徊していると、噂好きな安陽の雀たちに囁かれる始末。
それが二年前に旅先の慶央から帰って来てより、別人のように
そして、昨年の冬に荘家の英卓たちを安陽に迎えると、彼はますます若返った。
呆けたどころか、毎日のようにどこかへと出かけ、丸まっていた背筋もぴんと伸びた。
〈健草店〉の風来坊と噂されていた孫の如賢も、慶央で知り合ったという女を妻に迎えた途端に腰が落ち着いた。
相変わらず祖父のお守りをしながらも、空いた時間で家業の薬種問屋をまじめに手伝っているという。
そして彼の妻である聡明な顔つきをした梨佳は、産み月の近い大きな腹を隠しようもない。
その三人が荘家の屋敷内に消えたあと、遅れてやってきたもう一台の馬車から下りたのは、
彼も屋敷内へと吸い込まれるように消えていった。
「堂鉄兄、それって、またまた、新しい着物ですよね!」
徐平の素っ頓狂な大声に、魁堂鉄が珍しくうろたえた。
水牛というあだ名の通り、堂鉄の体は人並み外れて大きいが、日々に欠かさぬ鍛錬のせいで肌の色も浅黒い。
その黒い顔に血がのぼって赤らんだ。
目ざとい徐平がそれを見逃すわけがない。
「よく似合ってますよ。
さすが、萬姜さんの見立てだなあ」
嫌がる堂鉄を追いかけて、萬姜が彼の体を採寸し着物を縫うようになって、これで何枚目だろうか。
「新しい着物などいらぬ。
そのうちに古着屋で適当に探す」
何度断っても、世話焼き萬姜には通じない。
貧しい暮らしに堪えかねて生まれ育った村を捨ててより、生きる糧を得るためとはいえ堂鉄は多くの人の命を奪ってきた。
そのうちに自分もいつかは誰かに斬られて死ぬのだろう。
覚悟は出来ている。
萬姜の好意は嬉しいが、そんな自分が女の仕立てた着物に浮かれてよいものだろうか……。
「着物がどうしたこうしたと、女のように煩い奴だ。
少し痛めに合わないと、その口を閉じる気はないようだな」
堂鉄にすごまれて、「そんな、勘弁してくださいよ」と、徐平は叫んで一歩飛びずさった。
その時、後ろから声がした。
「あらあ、そこのお二人さん、いつも仲がいいわねえ。
まるでじゃれ合っている大きな犬と小さい犬みたいよ」
堂鉄と徐平は同時に振り返った。
そして立っている峰貴文を見る。
「なんと、峰さん……」
「峰さん、その姿は……」
二人ともその後の言葉を失った。
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