109 嬉児と峰新・その7




「もしかして、おまえはあの笛を吹く女の妹だとか?」


 峰新が畳みかけるように訊く。

 小生意気だが可愛らしくもある顔を傾げて、しばらく考えたのち嬉児は答えた。


「まあ、そう言われたら、そういうものかもね……」


 いやもしかしたら、あたしのほうがお姉ちゃんかも……と、嬉児は思う。

 母の萬姜からも、「嬉児、お嬢さまのことは、おまえがしっかりお守りするのですよ」と言われている。それで、言葉が不自由で物事を覚えるのが苦手な白麗を、この頃では、彼女が従えた形で遊んでいた。


「まあ、おまえが妹か妹でないかは、どうでもいい話なんだ。

 そんなことより、頼みがある。

 あの女が笛を吹く日や時間を前もって、おれに教えてくれないか。

 お願いだ」


 いまの嬉児にとって、白麗が姉であるか妹であるかは重大事だ。

 それで、一瞬、峰新の言いようにむっとした。

 しかし、「お願いだ」と懇願されて、気分を取り直す。


「お願いだと言われれば、考えてあげないこともないけれど……」

 嬉児はそう言うと、広げた掌を上に向けて差し出した。

「……、ただでは、引き受けられないわ」


「まさか、このおれから、銭をとろうっていうのか?」


 返事の代わりに、今度は、嬉児は空いた片方の手の指五本を全部広げて、峰新の鼻先に向かって突き出した。

 峰新の声が裏返った。


「それも、五割……。

 床几賃の半分をよこせって言うのか。

 なんとういう強突く張りな女なんだ、おまえは!」





 門の陰で、子どもたち二人の言い争いを見守っていた峰貴文が呟く。


「あらまあ、新ちゃん、情けないわ。

 嬉児ちゃん相手に、たじたじじゃないの。

 まあ、新ちゃんも遅まきながら、男だったってことね。

 あたしとしては、ちょっと、残念な気もするけれど」


「峰さん、それはないでしょう。喜ぶべきことですよ」

 如賢が笑って答えた。

「それにしても、嬉児に一目ぼれするとは、新ちゃんも隅に置けないなあ」


 大人の男たち二人には、少年の混乱の原因などお見通しだ。


 その時、頭を巡らしながら男二人の会話を聞いていた白麗が、するりと貴文の腕の中から抜けだした。そして、慌てて伸ばしてきた貴文の手をかいくぐると、屋敷のほうに向かって走り出す。


「あっ、白麗ちゃん、どこへ行こうっていうの?」


 少女の背中に向かって呼びかけた貴文に、如賢が答えた。


「お嬢ちゃんは、おれが追いかけますから。

 峰さん、あの二人のことを頼みます」


 如賢もまた走り出した。






 しばらくして、白麗が赤い笛を携えて戻って来た。

 その後ろに如賢が続き、少し遅れて、萬姜と膨らんだ腹をかばいながらゆっくりと歩く梨佳も姿を現す。


「峰さま、いったい何ごとが起きたというのでしょうか?」


 そう問う萬姜に、騒いではならないと貴文は目配せをした。

 そして低めた声で言った。


「萬姜さんとしては心配だろうけれど。

 いまは、小さい子たちが彼らなりに考えて、一生懸命に頑張っているところよ。

 あたしたちは見守ってやりましょうね」



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