093 杖刑王妃と斬首宰相・その3


(前回、正妃の祥陽と宰相の開元は姉と弟の関係と書きましたが、これからのストーリー展開変更のために、兄と妹に設定を変更します。申し訳ありません)





「二十九……、三十……、三十一……」


 杖刑も三十回を超えると、宦官の口からはうめき声も漏れなくなった。

 しかし大きく振りかぶった板は、容赦なく彼の尻に打ち下ろされる。


 その横では、新しく据えられた杖刑台の上に、気を失っている宮女が乗せられた。


「一…、二…」

 叩かれた痛さに宮女の意識が戻ったのだろう。

 薄絹を裂くような悲鳴が上がる。

「三…、四……」


 その時、杖刑が行われている庭で、穏やかだがよく通る女の声がした。


「まあまあ、これはいったい何ごとですか?」


 その声に、杖刑を執行していた宦官たちの手が止まる。

 彼らは声のするほうに振り返ると同時に板を放り出すと、玉砂利であることも厭わず膝をついて平伏した。

 そして口々に女の名前を言う。


「亜月さま!」

「亜月さま!」


 亜月と呼ばれた女は、にこやかな笑いを浮かべた顔の前で手を振った。


「まあまあ、なんと仰々しいことを。

 いつも言っているでしょう。

 わたしは、ただの老婆ですよ。

 そのようなかしこまった礼は必要ありません」


 自らを老婆という女は、半白髪の髪を頭の上で小さな髷に結い上げて、飾り気のない銀の簪を一つ挿していた。


 化粧をしていない顔の眉は抜けて落ちて、その下の目は、にこやかに微笑むと糸のように細く顔に埋まる。

 目尻によった無数の皺が、彼女の年齢を語っていた。


 宮女たちと同じ上衣に裳をまとっていたが、その色は宦官の官服の鼠色よりも黒に近い。しかし宦官たちと違って、上質の絹で作られていることはその光沢でわかる。


 額から流れ出る血と涙で汚れた顔をあげて、杖刑台に寝かされていた宮女が叫ぶ。


「亜月さま、亜月さま。

 どうかどうか、お助け下さい」


「おやおや、おまえは、最近、正妃さま付きとなった新入りの宮女ではありませんか。そしてこの宦官は……」


 官服の背中から太ももあたりまでを血で濡らしているさまを怖がることもなく、老女は近づくと宦官の顔を覗き込んだ。


「どこかで見たことのある顔だと思えば、宰相さまのところのものですね。

 まあまあ、二人して、いったい何をしでかしたのです?

 お優しい正妃さまを怒らせるとは、困ったことです」


「亜月さま、どうかお助けを……」

 息も絶え絶えに宮女は叫ぶ。


「はいはい、わかっておりますよ。

 正妃さまには、あとで私からとりなしておきましょう。

 杖刑は終わりです。

 誰か、この二人を自室に運んで、傷の手当てをしてやりなさい。

 あとから、よく効く傷薬を届けさせましょう」






 老女が部屋の中に入ると、床に這いつくばっていた宮女たちが、ずるずると這って彼女のための通り道を作った。

 ほっとした口調で宮女たちは老女の名を呼ぶ。


「亜月さま…、亜月さま…。

 お帰りなさいませ。お待ち申し上げておりました。

 正妃さまがお怒りでございます。

 わたくしたちにはお慰めすることが出来ません」


 老女は笑みを浮かべたままで言う。


「はいはい、そのようですね。

 あとはわたしに任せて、おまえたちは下がってよろしい。

 そうそう、正妃さまに新しい茉莉花ジャスミン茶を。

 そして、どうやら、新しい履物もいるようですね」




 

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