宮中の陰謀
086 第五皇子と雲流先生の出会い・その1
荘英卓と雲流と名乗る学者が、宮砂村で出会った日よりさかのぼること三年前。
老師のあとを継ぐ形で、雲流は青陵国第五皇子の勉学の師に推挙された。
むろんその話があった時、自分の氏素性を明らかに出来ぬ身であることを理由に、彼はかたく辞退した。
しかし老師は言った。
「新しい氏素性など、役人に金を積めばいかようにも作れる。
それが、
しかしこの際だ。
その是と非を今は問わず、我々もおおいに利用させてもらおう。
雲流よ、おまえも安陽に住んで十五年となるであろう。
いつまで書斎にこもっているつもりだ。
その才を活かすことを考える時期ではないのか。
無念のうちに亡くなったおまえの父も、それを望んでいるに違いない」
老師の言葉に、雲流の心がふっと動いた。
この十五年で、安陽で手に入るといわれた書はすべて読んだ。
新しい書を求めるのであれば、他国に旅立たねばならない。
……その前に、乱れた政の中枢である宮中を、自分の目で見るのも一興ではないか。乱れた政を嘆いて、そのあげくに父は殺された……。
「老師がそうまで言われるのであれば、第五皇子に一度会ってみましょう。
そのうえで、皇子が凡庸であれば、この話はなかったことに」
不遜ともいえる雲流の返事に、老師は笑って言った。
「その心配は不要だ。
皇子が六歳となられた日より四年、常に身近にいて、将来の為政者として知るべきことを、このわしが教えてさしあげてきたのだ。
会えば、皇子の聡明さにおまえも気づくだろう。
老いて死が近い身でなければ、わしもその成長を見届けたいものを……」
青陵国の北の端に位置する安陽の、春の終わりから夏の始まりまでの二か月に渡る長い雨季が終わった日。
老師と雲流を乗せた馬車は、宮殿の正門に止まった。
二人はそこで馬車を降りた。
白い玉砂利を敷き詰めた謁見の大広場と、その正面に小山のようにそびえ立つ黄金色の瓦を戴いた正殿。
それを遠目に見ながら、案内役の宦官のあとについて長い長い回廊を歩く。
やっと通り過ぎた正殿の後ろには政務のための建物が、軒を連ねるように建ち並んでいる。黒い冠にお仕着せの浅黄色の着物をまとった役人たちや、灰色の着物を着ている宦官たちが行き交っていた。
前を行く宦官の背中だけを見つめて歩く。
やがて深い緑色の木々の枝が覗く漆喰でかためた高い塀に突き当たった。
第五皇子とその母の第七王妃の住む後宮の入り口だ。
人が一人しかくぐれぬその狭い門の前に立つころには、緊張のためか暑さのためかわからぬ汗で、雲流の新しい着物は濡れていた。
天子の妃といえども、北方の警備に追いやられている承家の娘で七番目の王妃ともなると、その住居は想像よりも狭く質素だった。
日当たりもよいとはいえない。
しかし隅々まで手入れされて住み心地よく工夫されている様子は、妻も持たず家も持たない雲流でもわかる。
忙しそうに立ち働いている女官・宮女・宦官の表情も明るい。
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