067 峰貴文、英卓に生い立ちの秘密を語る・その4
夏の初めに新調したものの、着る気になれないでいた着物だった。
今夜に期待して、青愁は初めて袖を通した。
衿元を着崩せば、彼女の大きな胸がより強調されるように仕立ててある。
「若さで男を惹きよせられないから。
青愁姐さんたら、あんな恥ずかしい着物で、何を勝負する気かしら」
若い妓女仲間の陰口が聞こえてきた。
「それがどうしたって?
あんた達だって、いつまでも若いままではいられないんだよ」
と、睨み返して毒づいてはみる。
しかし、あの若い男はこの着物をどう思うだろうかと、一抹の不安は消せない。
しかしいま彼女の横に座った片腕のない男は酒を飲みながら、その目は見えそうで見えない彼女の胸の大きな二つの膨らみを楽しんでいた。
供の堂鉄と徐平の横に侍っている女たちの若さと美しさに目が泳ぐこともない。
大枚はたいて新調した着物の活躍が嬉しいのか。
それとも謝征玄の屋敷で初めて会った時に感じた男ぶりのよさを、今回も感じたのが嬉しいのか。
ついつい蓮っ葉な物の言い方になってしまう。
それもまた男の耳は楽しんでいる。
堂鉄と蘇悦はともに酒を酌み交わすのは初めてだった。
先日の黒イタチ討伐のこと、そして三年前の冬の六鹿山で初めて出会った時のこと、そして腰に
男同士で語らうのがいい。
妓女の酌を待つのももどかしく、互いに酒の甕をもって底なしに注ぎ合っている。
手持ち無沙汰となった若い二人の妓女たちはこれを幸いと思った。
立ち上がると、徐平の横に座り直し彼を三人で取り囲む。
今回の黒イタチ討伐で、白麗と女たちが閉じ込められた本堂に一番先に飛び込んだのは、徐平だった。
宝成の振り上げていた刀を、彼は華麗な足蹴りで薙ぎ払った。
その後、女たちが押し込められた座敷牢の鍵を壊して彼女たちを解放したのも彼だ。
助けられた女たちがその活躍ぶりを口々に讃えた。
いまや徐平は安陽中の女たちのあこがれの的だ。
胡玉楼の美女といえどもそれは同じ。
彼女たちのもてなしぶりは、傍目から見ても過剰過ぎる。
「ええっ! 困るなあ……」
「そんなあ! いや、嬉しいけれど……」
そのたびに、徐平は素っ頓狂な声を上げた。
捉えどころない本心を隠した爽やかな笑顔を振りまく。
いや、彼の場合、隠そうにも本心というものはないのかも知れない。
今日も蒸し暑い一日だった。
それでも夜が更けるにつれて、涼風が胡玉楼の三階まで迷い込んできた。
そんな中を、酒の甕を手にした貴文は蝶のようにひらひらと舞いながら、戯言を飛ばしていく。
彼はいまは芝居小屋には出ていない。
長い興行となった芝居には、代役が立っている。
戯作者で役者の美しく女装した彼は、酒席を盛り上げるのに最適な人間だ。
しかし、座の真ん中に立った彼はついに言った。
「英卓さんたちは明日の朝早く、安陽をお立ちなのよ。
話もお酒も尽きないけれど、そろそろお開きにしましょうね」
その言葉に、それぞれの思惑と期待を心に秘めて皆が頷く。
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