047 英卓、黒イタチより白麗を奪還する・1
男たちの賑やかに酒盛りをしている声が、女たちが押し込められている座敷牢のある本堂まで聞こえてくる。酌婦たちの嬌声も、時おり甲高く響く。
明日の売買に備えて、梅鈴と婆さんは順番に女たちを風呂に入れた。
そして古着屋で仕入れた着物に着替えさせた。
しかし、女たちの世話をしながらも、酒好きな婆さんの心はここにあらずだ。
はやく酒盛りをしている男たちのところに行きたい。
かっと喉を焼く酒を、胃の腑に流し込みたくてたまらない。
それで白麗の足の傷を見た婆さんは、懐から出した塗り薬の入った小瓶を出すと、梅鈴に押しつけて言ったのだ。
「せっかくの大事な売り物のきれいな肌に、傷がついているじゃないか。
こんなことで、明日、値切られたらたまったもんじゃない。
たっぷりと薬を塗っておくんだよ」
そう言いながら、唾をつけた掌で、白髪混じりのぼさぼさ頭を撫でつける。
婆さんは酒も好きだが、年甲斐もなくまだまだ男も好きだった。
いそいそとした足取りで、暗闇へとその姿を消した。
先ほどまですすり泣く声が座敷牢から聞こえていた。
しかし今はもう静かだ。
久しぶりに風呂に入れられて念入りに洗うことを命じられたうえに、着物まで着換えさせられた。
明日から先に待ち受ける自分の運命を、女たちは知った。
だが、泣いたところで、どうにかなることでもない。
涙が枯れ果てるのに、それほど長い時間は必要ではなかった。
傷薬を塗られるのだと知って、少女は足を引っ込めようとした。
その様子を見て、梅鈴はかすかに笑って言った。
「お嬢さま、これは永先生の傷薬ではありません。
永先生の薬は滲みて痛いですよね。
でも、よく効くんですけどね」
小瓶の蓋を開けて中身を指の先に取りながら、彼女は言葉の不自由な少女に喋り続ける。
「動いたらだめですよ、お嬢さま。ああ、こんなに血が滲んで。
萬姜さんが見たら大騒ぎですね、きっと……。
英卓さまも心配されていることでしょうね。
口では酷いことばかり言うけれど、英卓さまは、本当はお嬢さまのことを一番心にかけておられます。
毎日、お傍で見ていたらわかりますとも」
薬は傷に滲みなかったようだ。
少女は枷のはまった自分の足を見つめたまま大人しくしている。
「お屋敷にいた時は疎ましいとばかり思っていた人たちが、こんなにも懐かしい。
ああ、嬉児ちゃんにもう一度逢いたい。
逢って、いままでの意地悪を謝ることが出来たら、どんなにいいだろうに」
俯いていた梅鈴の目から涙が溢れる。
それは、少女の足の上にぽたぽたと落ちた。
「お嬢さま、あたしも、明日、売られるんですよ。
宝成さんと婆さんの話を、偶然、立ち聞きしてまったんです。
いいえ、あたしは売られようが殺されようが、自分のことはどうでもいいんです。
それだけのことをしてしまったから……」
女の手から薬の小瓶がぽろりと落ちて、中身が床にこぼれた。
「お嬢さま、本当にごめんなさい。
あたし、お嬢さまが他国に売られるなんて、知らなかったんです。
英卓さまから身代金を戴いたら、ちゃんとお屋敷に返すっていう言葉を信じていたんです。ほんと、あたしってなんていう馬鹿だったんでしょう……」
抑えきれない嗚咽に、梅鈴の肩が大きく震え始めた。
少女の白い腕が伸びてきて、震える女の肩を優しく抱き引き寄せた。
「ああ、許してください……。許してください……」
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