042 再び、白麗奪還に集まった強者たち・1



 昨夕、荘新家の屋敷に集まり行方知れずの白麗探索に知恵を出し合ったものたちが、今日の昼過ぎに再び集まった。


 居並ぶ魁 堂鉄を始めとする荘新家の猛者たちを、関景は見回した。

 安陽で荘新家を立ち上げるために、彼と荘興が熟慮して選んだ強者たちだ。


 誰もが、昨夜は一睡もしていないことだろう。

 白麗をかどわかされた悲嘆はあるが、襲いそしていたぶるべき得物を目の前にした猟犬のごとき興奮もまた覚えているにちがいない。


 ただ、まだ若い英卓にその覚悟があるかどうか。

 彼は、白麗を妹のように可愛がっている。


 しかしながら、英卓は、若宗主と呼ばれる立場になった。

 私情を捨てることを、彼の体に叩き込んで教えなければならない。

 それが老骨に鞭打って果たさねばならない関景の使命だ。

 三十年昔にも、いまの英卓と変わらぬ歳の荘興をそのようにして鍛えた。





 まずは、薬種問屋の隠居・沈 明宥が口火を切った。


 たった一晩で顔の皺が増え、目も鼻も口もその中に埋まってしまったように見える。ただ、昨夜ちらりと見せた悲しみと絶望は消えていた。

 怒りが、彼の背筋をしゃきりと伸ばしている。


「お嬢さんの着物を売り払った者がわかった。

 時々、拾ったとかなんとか言っては女の着物を売りに来るので、古着屋の主人とも顔なじみだとか。

 しかしながら、わしがお嬢さんのために誂えさせた着物は、さすがに拾ったという言い訳を、古着屋も鵜呑みには出来なかったようだ。

 それで、呉服商の雅風堂の主人に相談があった。


 お嬢さんの着物を売ったのは、黒鼬という盗賊集団の手下だ。


 黒鼬とは、安陽の東の山裾に建つ荒れ寺に巣食う、盗賊集団の頭の名前。

 五年ほど前に、そこに住む僧侶たちを皆殺しにして、住み着いたという話。

 いまやその手下は百人に近いという。


 黒鼬は、悪という悪には手を染めている。

 そして、女をかどわかしては他国の女衒に売っている。

 どうやら、その女たちが身につけていた着物を剥いでは、手下が小遣い稼ぎに売っているようだ」


 ここまで一気に語った沈老人は、言葉を切ると大きく嘆息した。


「安陽では長年、天子が病弱であられる。

 それをよいことに、妃の実家の逞家が、権力を一手に握って久しい。


 そして嘆かわしいことに、宮中のものたちの関心ごとは、いかに逞家に取り入り私腹を肥やすかということばかりになってしまっている。


 今や、政の乱れは宮中内だけにとどまっていない。

 それは、安陽市中に悪臭のごとく広まっている。

 黒鼬などと名乗る小賢しい悪党が現れ、女をかどわかして売り払う。

 それを、役人が見て見ぬふりをするなどとは、その最たるもの。


 ……。

 ああ、このような時に、すまぬことを聞かせてしまった

 隠居した年寄りの義憤だと、聞き流して欲しい……」


 そこで、沈老人はひどく咳込んだ。


「爺さま、歳を考えて、無理は禁物だ」

 付き添っていた孫の如賢が、慌てて祖父の背中をさする。


「なんのなんの、これしきのこと。

 年寄り扱いをするでない」


 背中に回された如賢の手を、明宥は振り払った。 

 落ちくぼんだ小さな目が、秘めた決意に黒く底光りする。

 

  



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