036 峰 貴文、女装の戯作者登場・5


 峰貴文が言った。

「では、あたしたちは、いったん引き上げるわね。

 あたしは、女を売って大金が入ると浮かれている男がいないか、妓楼を任されている兄たちに探りを入れてみるわ。

 それから、新ちゃんは、仲間たちと連絡をとって、梅鈴ちゃんの尾行の準備をしなくちゃね」


 続いて、蘇悦も言う。

「英卓、いろいろと驚かせたしまった。

 これもすべて、白麗お嬢さんの無事を願う想いからだと許してくれ。

 では、関景さん。明日にまた会おう」


 峰新を促して、蘇鉄が立ちあがり部屋を出る。

 英卓と魁堂鉄と徐平の三人も、彼らを見送るためにその後に続いて部屋を出た。


 「では、皆さま。明日に、またお会いしましょうね」


 最後に残った峰貴文が、妖艶な笑みを浮かべて言う。

 そして立ち上がると、その顔を関景にぐっと近づけた。

 彼は関景の耳元で囁いた。


「大丈夫よ、関景ちゃん。

 白麗ちゃんは無事に戻ってくるわ。

 白麗ちゃんって、慶央でもそういう子だったのでしょう? お屋敷を抜け出した時も、あの紅天楼の火事の時も……」


 気色ばんだ関景が押し殺した声で答える。

「いったいおまえは、お嬢ちゃんと荘家の何を知っている?」

 

 「うふふ、この話の続きは、白麗ちゃんが無事に戻ってからよ」

 女のような男は、もう一度、その耳元で囁いた。

 




 允陶は下働きのものたちに指図をするために、萬姜も女主人のいない部屋に、そして他のものたちもそれぞれの持ち場へと散っていった。


 一人腕を組み、胡坐も組み直した関景だけが残った。


 ……あの峰貴文の頭の切れようはただものでなく、蘇鉄の腕を借りれば、百人力だ。沈明宥も助力を出し惜しみすることないだろう。


 お嬢ちゃん奪還のための強者たちは、これで全員出揃ったという訳か。


 この半年、泣かず飛ばずであった荘新家が、やっと動き始めた。

 だが、そのことと、お嬢ちゃんの被る怖さと辛さとは別物だ。

 それを英卓にどう納得させるか。一番の難問だな……


 関景はむずむとしてきた鼻をこすった。

 困ったものだ、あの男の白粉の匂いはいつまでも鼻の奥に残る。





 沈明宥を送った時は、まだ黄昏は始まったばかりで、建物の影に闇はひっそりと潜んでいた。今は、通りのすべてを闇が覆っていた。

 馬車に乗り込もうとしている峰貴文の足元を、蘇鉄の持つ丸い提灯が照らす。


「蘇兄、よろしく頼む」


 評議の間で関景の横に座っていた時とは違い、英卓の声は、傭兵時代に彼を兄と慕ったころに戻っていた。

 その声は、彼はまだ二十歳を少しばかり過ぎた若者であることを思わせる。


「なあに、英卓。峰さんに任せておけは大丈夫だ。

 峰さんは、安陽の裏の世界を、自分の家の庭のようにご存じだからな」


 振り返った峰貴文が言った。


「あらあ、蘇鉄ちゃん。

 それは褒めすぎっていうものでしょう。

 あっ、そうだったわ。あたしとしたことが、青愁に頼まれた伝言を忘れるところだったわ……」




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