022 英卓と萬姜、白麗不明の知らせに驚く・3



 美しい女は肌が透けて見える薄い着物を身にまとっていた。

 豊満な乳房の形はもちろんのこと、その先にある二つの尖ったものの形も色も見える。当然ながら、汗ばむような夏の始まりだからという理由ではない。


 英卓は大きな胸の女が好みだ。そしてどちらかというと、ある程度、歳を食っている女のほうがよい。彼の口の悪さに拗ねたり泣いたりする女を、機嫌をとってまで抱くのはめんどうだ。


 口は美酒を、目は美女の透けて見える胸を愉しんだ。

 退屈極まりない宴だ。

 このくらいの楽しみで罰があたることはないだろう。


「荘さまとお会いするのが、今日が初めてとは思えません。

 以前からの深い馴染のような気がします」


 英卓が呑み干した盃に再び酒を満たした女が、体を寄せて囁いてくる。

 謝征玄が言った。


「これはこれは、荘殿は胡玉楼の青愁にいたく気にいられた様子。

 このまま、胡玉楼に繰り出すのも一興ですな」


「まあ、謝さま、そのお言葉は本当でございますか。なんと嬉しい……」

 そう言って、女は英卓にますますしなだれかかってきた。押しつけられた柔らかな乳房の感触に、英卓の相好が崩れる。


 謝征玄の口元に微かな笑みが浮かぶ。


……女が吐き出す蜘蛛の糸になんなく巻き取られるとは、なんとたわいない男であることよ。このような男に会えとは、沈明宥も老いて人を見る目が曇ったか……




「英卓!」


 真後ろから、関景のしわがれた声がした。

 いつの間にそこにいる?……と驚く。

 その歳で気配を感じさせないとは、達者な爺さまではないか。

 

「なんだ、突然。驚いたではないか。

 そうだ、爺さまも、このまま妓楼に繰り出すというのはどうだ? 

 若返るぞ」


 女がくすくすと笑った。

 しかし、英卓の戯言は、関景の耳には入っていなかった。彼は乱暴に女を押しやると、押し殺した声で言った。


「留守居の允陶から急ぎの知らせがあった。

 お嬢ちゃんが、屋敷より姿を消したとのことだ。あの允陶が慌てて言ってよこすとは、悪いことが起きたと覚悟をしたほうがよいだろう」


 白麗不明を知って允陶は持っていた筆を落としたが、この時、英卓はなみなみと酒の満ちた盃を落としそうになった。しかし、彼は強固な意思の力でそれをゆっくりと膳の上に戻す。


 ざざあっと音を立てて、頭と体から酔いが抜けた。


「荘殿、いかがなされた?」

 謝征玄が問うてくる。


「麗が、いや妹の白麗が急な病で倒れたとの知らせがございました。たいしたことではない様子ながら、普段はいたって元気なものゆえに、屋敷のものがうろたえています。急ぎ帰って様子を見てみたく思います」


 そういえばこの男にはそういう名の妹がいたはず。

 まあ、そろそろこの酒宴も潮時というもの。


「おお、それは、それは。心配なことでございますな。私どもになんの遠慮のいることか。すぐに帰ってさしあげるとよろしい」


 立ち上がった若い男の顔からは、先ほどまでの酔って緩んだ表情は消えていた。

 彼は一礼すると、老獪な関景と巨体でありながら隙なく敏捷に動く魁堂鉄を従えて、部屋を出て行った。

 

 一瞬だが、荘英卓の後ろ姿が座を威圧した。

 その気配に謝征玄は息を飲んだ。


 ……これが、この男の本性だったのか。

   なるほど、沈明宥。なかなかの男を安陽に引き入れたではないか……







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