013 宝成と梅鈴、白麗をかどわかす・8
池を見下ろす築山に建てられた小さな
八歳の嬉児が年上の白麗に、絵草子を読んでやっているのだった。
娘・嬉児の勉学のために、そして女主人・白麗が少しでも言葉を覚えてくれたらと、萬姜が二人に買い与えている子ども向けの絵草子だ。
話すのは、一言二言、短く言えるだけ。
易しい言葉でゆっくりと話しかければ、相手の顔色と身振り手振りを合わせ見て、その内容をなんとか理解できる。だが、読み書きとなるとまったく出来ない白麗だ。
しかし、絵草子に描かれた絵と、嬉児のたどたどしくもことさらに感情を込めた声色に、物語りの楽しさはわかるのだろう。
絵と嬉児の口元に交互に視線を移しながら、白麗は楽しそうに頷いている。
植えられたばかりの若い藤が、四阿の柱に蔓を絡ませて、小さな薄紫の花房を垂らしていた。蜜を求めて飛び交う虫たちの羽音が忙しない。
まだ造作されたばかりの庭だが、新しく植えられた木も元から植わっていた木も新芽は出揃って、吹き渡る初夏の風は爽やかな緑色に染まっていた。
「嬉児……」
利発な黒い目と透き通るような薄茶色の目が同時に、突然に現れた梅鈴を見上げた。嬉児の丸く黒い目は輝き、白麗のガラス玉のような目には梅鈴が映っている。
「嬉児……。
お昼は、お弁当仕立てにしてここで食べるって言っていたよね。
さきほど厨房に寄ったら、準備が出来たから、嬉児に取りに来て欲しいと言っていたよ。
今日は萬姜さんが留守ということもあって、人手が足りていないのだって」
弁当仕立ての昼ご飯のことなど、言ってもいないし、聞いてもいない。
嬉児は抗議の声を上げようとしたが、腰に手をやり威丈高に見下ろしてくる梅鈴に怖い顔で睨まれた。
嬉児のほうが白麗に仕えて長いが、年齢は梅鈴のほうが十歳近く年上だ。
逆らうのは難しい。
「あとは私に任せて、さあ、はやく行きな!」
そして嬉児の手から読みかけの絵草子を取り上げて、視線を嬉児から白麗に移した梅鈴は言葉を続けた。
「お嬢さま、私が、続きを読んで差し上げます」
厨房へと駆けていく嬉児の後ろ姿が、木々の中に隠れる。
梅鈴は手にしていた絵草子に目を落とした。
なんのお話が描かれているのかわからないが、着物を着た狐や兎が優雅にお茶を愉しんでいる絵が、薄く彩色されて描かれている。
彼女は自分を奮い立たせるために、手荒くそれを閉じた。
そして言った。
「お嬢さま。
私の知り合いが、お嬢さまに猫の子をお見せしたいと、塀の外で待っております。
毛は真っ白で目は青いという、それは可愛らしい子猫だそうですよ」
「ネ・コ!」
「ええ、そうですとも。可愛い子猫です。
ご案内しますので、さあ、参りましょう」
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