第4話 揺さぶる心

 少女の顔が強張った。


「え?」


 体が震え出し、今にも泣き出しそうな顔になる。歪んだ表情。ネガティブな感情を想起している。


(あれは恐怖や怯えによるもの……?)


 不安では無さそうだ。

 後悔は違う。

 欠落感も違う。

 寂しさも違う。

 銀河に向けられた感情ではない。

 では一体何に……?


「もう一度だけ聞こう。君のその体、酷い状態だ。青痣がいっぱいあって、切り傷も。骨折だってしている。それは誰にやられたんだい?」

「そ、れは」


 恐怖や怯えだけではないもう一つの感情が垣間見れた。ポジティブなものには見えない。ネガティブで尚且つ他者に向けた感情。

 憎しみや嫉妬といったエネルギーとなるような類ではない。もっと冷ややかで諦観にも似た感情。


「うん、それは?」

「それは……」


 同情。同情が近い。同情と類似していて、もっと強い意味を持つ言葉は……憐憫。


 恐怖、怯え、そして憐憫。


 銀河が傷について質問をした後に見せた感情だ。

 この三つの感情を抱くという事は、好きで傷だらけになっているわけではないのが確定した。被虐趣味など同意の上での傷ならば、その話題に触れられた事による動揺や、その趣味を知られた場合を想像して羞恥の感情になると思うのだ。しかしそうはならなかった。


「君のその体の傷」


 少女が見せたのはネガティブな感情のみ。それも捉えようによってはポジティブになるなんて曖昧なものではなく、ハッキリとした負の感情だ。

 つまり――。


「君のその体にある傷。それを負わせたのは、君のお母さん、そうだろう?」

「……違う」

「本当に? よく思い出して。君の傷をつけたのは誰か思い出すんだ」

「…………ッ、違う! これは私が弱かったから!」


 即座に否定しない。否定出来なかった。否定するのを躊躇った。事実を言い当てられた。だけど母親に対する何かしらの感情によって、名誉を守らなければという思考が働いて否定しようとしたのだ

 感情による反射的な否定ではなく、理性を挟んだ論理的な否定。

 それは僕の推論の正確性が上がった事を意味する。


「母親が君を傷つけた! 暴力を振るったんだ! 家族である君に!」


 銀河は強く叫んだ。威圧的に。大きく。少女を動揺させる為に。


「そして命令をした! SCを取って来いと! まるで使い捨ての消耗品を見るような目で見つめながら! なんて酷い母親だ!」

「違う! 母さんは優しかった! 今はただ疲れているだけ!」


 否定するのは『酷い母親』の部分か……事実ではない濡れ衣ならばハッキリ違うと断言できる。そうしない、いや出来なかったという現実が僕の言葉が事実だったと裏付ける。

 少女にある全身の傷は母親によって与えられたものだ。


「君は虐待を受けている!」


 銀河は少女の感情を揺さぶるように言葉を叩きつける。


「殴られたんだろう、その痣は!」

「……ろ」

「骨が折れてしまうくらい強く!」

「……めろ」

「何度も、何度も何度も何度も!」

「やめろ」

「ゴミを見るような目つきで見下ろしながら!」

「やめろ!! 母さんを侮辱するな!」


 少女は絶叫しながら銀河に向かって切りかかってきた。

 高所から低所への急加速。重力と速度の乗った一太刀は反応できないほど早かった。銀色の刃が振り上げられて、斜めに走る。袈裟斬りをされてしまった。


「ぐっ」


 痛い。血が出ている。嘘だろう、バリアジャケットを貫通した。これは銀河の心の壁だ。それをいとも容易く破るとはなんて火力とパワーだ。このままでは殺されてしまう。動揺させて情報を得ようと思ったがやり過ぎたか。

 引き際を見誤った。


「シルヴァリオ・ストライク!!」


 銀の輝きが炸裂した。視界が銀色の染まる。同時に衝撃が巻き起こった。痛みが全身に迸り、あまりの衝撃に意識を失いかけてしまう。なんとか繋ぎ止めるものの、今どうなっているか分からない。見えるのは青色。青空だ。

 倒れている? だけど背中に地面を感じない。


「おごがっ、ががぎ」


 背中から衝撃があった。今だ。今地面に落ちてきたのだ。さっきまでは空中を飛んでいたんだ。何度かバウンドしながら転がって、顔面をコンクリートに強打する。

 二酸化炭素と共に血を吐いた。そして酸素と共に血を飲み込んでむせ返る。血を吐いて、血が絡んで咳き込んでを何度か繰り返してようやく落ち着いた。

 虚脱感に苛まれながらも立ち上がり、辺りを確認する。

 少女を中心に巨大なクレーターが出来上がっていた。


「はぁ……はぁ……貴方に、貴方に母さんの何がわかる」


 鋭い視線で睨みつけられる。それに銀河は同じく強い視線を返した。


「何も、何も知らない。だから教えて欲しい。君の事を。そして君のお母さんの事を」


 少女は返事をする事なかった。


「話がしたい! 僕は! 君と! みんなが納得する妥協案を探そう!」


 少女はふわりと浮き上がる。傷跡から血が滲み出てるのが見えた。悔しくなる。目の前で子供が困っているのに何もできない事が。

 少女はどこかへ消えていった。代わりに近づいてくる人影があった。恐らく少女が去るのを見計らっていたのだろう。そう疑ってしまうくらいタイミングの良さだった。

 彼女は冷たい笑みを浮かべてこちらを見ている。


「随分と酷い有様ですが、大丈夫ですか?」


 ふわり、と花宮藍華が隣に降り立った。彼女の方は汚れ一つない綺麗な姿で、あの爆発に巻き込まれていなかった事がわかる。

 僕は力なく答えた。


「ええ、全身にダメージがありますが、行動に支障はありません。救助活動の方はどうでしたか?」

「リザルトスコアは24点。死者は……確認できただけで4名です。最小の犠牲で最高の救助ができたのでとても気分が良いです。銀河さんはどうでしたか?」

「気分が良い……ですか」


 銀河は溜息交じりの声を漏らす。

 犠牲者が出てる時点で素直に喜べなかった。


「残念な結果です。『暴走体』は支援して拘束できたものの、SCはアグレッサーに奪われ、少しでも情報を得ようと対話した結果相手を激昂させて大きなダメージを受けました。実力が足りませんでしたね」

「なッ……ええ、はい」


 ハッキリとモノを言う彼女に怒りを抱くが、すぐに冷静さを取り戻し顔を逸らす。オブラートに包むという言葉を藍華はしなかった。反感を覚える言葉に、しかし彼女の言葉は正当なものなだけに言い返す事が出来ない。


「ですが人間は失敗を糧として成長する生物です。これから努力すると良いでしょう。人間誰しも過ちを犯すものです。肝心なのはタイミングと規模、そして対策ができるかどうかです。今日の失敗は運が良かったですね。自分以外誰も損していないのですから」


 その言葉に嘘の感情は含まれていなかった。本心から彼女は言っている。もしかしたら慰めているつもりなのかもしれない。だけどあまりに正しすぎる言葉は、失敗を重ねる僕に深く突き刺さった。


「撤収しましょう。もう日が落ちます。夜風は傷に障りますよ」


 銀河は力なく同意した。

 見れば真っ赤夕焼けが沈むところだった。赤い光が砕けたガラスに反射してキラキラと輝いている。それはまるで血溜まりのようだった。それは一体誰のものだろう。

 銀河自身か、死亡者か、それとも……。

 母親に虐待され、それでも庇おうとする少女の顔が頭から離れなかった。



 『第08魔装救助部隊待機室』で反省会と情報の共有化と整理が行われた。

 反省会は主に僕の判断ミスについて。アグレッサーの少女を動揺させて激昂させた事についてだった。だがそれは数分で終わって重要だったのは情報の共有化と整理だった。

 ホワイトボードに今まで行った結論が纏められる。


【目的】

・一般市民の救助←重要!

・SCに人間が取り込まれて『暴走体』になっていた場合は、SC封印弾による取り込まれた人間の救助←そこそこ重要!

・アグレッサーの少女の保護←できれば!


【アグレッサーの少女について】

・母親からの命令でSCを回収←確定。

・高い戦闘能力←バリアジャケットを貫通する火力、綺羅星銀河隊員の反応速度を上回る速度。魔法については未測定。

・全身傷だらけ。裂傷や切り傷。痣。骨折←母親からの虐待?

・精神が不安定←体がボロボロ&戦闘&母親からの虐待が原因?


【方針】

・花宮藍華隊員が一般市民を救助。

・綺羅星銀河隊員が『暴走体』の足止め。

・ウェル・シェパード隊長が下部組織に指示して狙撃支援しつつ、SC封印弾で『暴走体』とSCを分離。

・アグレッサーの少女については情報を集めつつ、対話を試みる。戦闘状態に移行した場合は殺害。


「と、いう感じで! 今日はこれで終わり! 解散!」

「お疲れ様でした」

「んんっ、やっと家に帰れますね。今日はスコア24点ゲットする事が出来ましたし、大満足です」

「藍華ちゃんは何点ゲットすればボーナスなんだっけ?」

「あと12点です」

「おお! あと12人か。もう少しだね。ボーナスは何を貰うか決めているのかい?」

「それが迷ってしまっているんです……」


 救助した人数で盛り上がる二人をよそに、銀河は挨拶をして帰路についた。

 魔装救助部隊本部を出ると、空はどっぷりと暗くなっていた。夜風が肌をなでる。傷の方は治療してもらったので問題なくなっていた。配属初日に命令無視をやらかし左遷され、次は判断ミスで傷を負う。

 良いところなしだった。

 思わずため息が出てしまう。


「あ! 助けてくれたお兄ちゃんだ!」

「……?」


 声がした方向を向くと一人の少女がいた。走って僕の方へ近づいてくる。その顔には見覚えがあった。『ターミナル区役所テロ事件』で救出した少女だ。

 金髪金目の美しい少女。


「ちょっと、かずは。走らないで。はぐれたら大変なんだから」


 その後ろから駆け足でやってけるのは助けた少女を数年成長させたかの女性だ。容姿は瓜二つで、赤い瞳をしている。長い金髪をポニーテールにしている。

 年齢は自分と同い年くらいだろうか? 18前後。少なくとも成人ではないだろう、と銀河は推測する。


「このお兄さん! 私を助けてくれたの!」

「え、そうなの? 良かったわね、待っていて。じゃあホラ、お兄さんに」

「うん」


 助けられた少女は僕の前にくると頭を下げた。


「百合園かずはです! 助けてくれてありがとうごさいました!」


 続けて付添いの少女も頭を下げる。


「百合園百合香です。妹を助けてくれてありがとうごさいました」

「ああやはり姉妹でしたか。顔が似ている筈だ」


 それならばならこの二人は母親か父親、またはどっちも失っている事になる。これこら生きていくのは大変だろう。

 彼女達の未来には苦難が多く待ち受けていて同情してしまう。


「妹が、助けてくれたのにお礼を言えなかったってずっと気にしていて。だから私の学校が終わってからここで待っていたんです」

「面倒をかけてしまい申し訳ありせまん。何時間くらい待たれましたか?」

「ええ、と。だいたい三時間くらいです」

「三時間!? その間ずっと僕が帰るまで待っていたんですか!?」

「はい。妹を一人にするわけにはいきませんから。それに命の恩人にお礼を言えないのは問題なので」


 銀河は申し訳なくなった。家族が死んで心の整理もついていないであろう二人にそんな苦労かけてしまって胸が痛い。少しでもお詫びがしたかった。


「お二人のお礼、頂きました。良い時間ですし、近くのお店でご飯を食べていきませんか? 勿論お代はこちらで持ちますし」

「えっ!? いいですよ! お礼に来ただけですし!」

「気にしないで下さい。何時間も待たせてしまった。お詫びです。それに金銭面でも厳しいでしょう?」


 そう言うと図星だったのか、申し訳なさそうに首に手をやって、それから頷いた。


「何から何まですみません。ありがとうございます」

「いえ、僕が好きでやっている事です。気にしない事をお勧めします」

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