第08魔装救助部隊〜ようこそ秀才、ハイスペックで狂人達の職場へ〜

クロウ・タイタス

第1話 命令違反

 火達磨になった男が、綺羅星きらぼし銀河ぎんがの腕を掴んでこう言った。


「娘が中に。助けてください」


 その言葉を聞いて彼は駆け出した。

 「止まれ」「早まるな」「まだテロリストがいるんだぞ」と静止を求める声を無視して、ガードジャケットに変身する。白いスーツ姿になった銀河は目の前には燃え盛る炎の中に突っ込んだ。


 彼には炎なんて事はどうでも良かった。炎の中に取り残された人の命しか頭に無かった。

 そもそもガードジャケットがある限り、炎は遮られ、魔法によって酸素を供給してくれるので問題はない。唯一気がかりなのは建物内のテロリストを排除しきれていない点だ。しかし取り残された一般市民がいる。

 火達磨になってまで助けを求められて、動かないわけにはいかなかった。


 生命反応を判別するエリアサーチングで反応を検知し、そこへ向かって一直線に走る。反応は二つ。炎がまだ届いていないようで、バイタルは安全グリーンだ。だがゆっくりしていては死亡レッドになってしまう。急がなければならない。


 「魔力ブレード」と叫ぶと腕から白い光の剣が生えてくる。邪魔な壁を切り飛ばし、飛行魔法で障害物を避けながら最短最速を目指して救助へ向かう。

 建物の内部は酷い有様だった。そこらじゅうに死体が散乱し、破壊と血痕が残されている。無情な炎は死体を食いつくし、個人の判別を不可能にさせていた。ガードジャケットによって遮断されているにも関わらず、人の焼ける臭いを感じた。


 彼の顔が歪む。凄惨な光景に強い怒りと悲しみを感じる。胸からせり上がってくる悲しみに涙が出そうになるが『救助隊である自分が、市民を助ける前に泣いて良いわけがない』とグッと堪えて、炎の中を突き進む。そしてようやく生体反応の場所まで到着する事ができた。

 壁を切り抜いて着地する。そこには少女と中年の男性がいた。


「魔装救助隊、綺羅星銀河です! もう大丈夫です! 安心してくだ――ぐぁ!?」


 銀河は体に強い衝撃を受け、耐えきれず後ろに引っくり返ってしまう。地面を転がりながら、体勢を立て直し、次の攻撃に備える。

 攻撃が飛んできた方向を見ると中年の男性が魔法陣を掲げていた。どうやらこの男性が銀河を攻撃してきたらしい。


「寄るんじゃねェ! このガキがどうなっても良いのか!?」


 男性はナイフを少女の首に突きつけ、叫ぶ。

 銀河は思わず息を飲む。どうしてこうなっているか分からなかったからだ。ここはもうすぐ焼け落ちる建物内部で、彼らは取り残された一般市民。自分は助けにきた魔装救助隊。敵対する理由が思いつかなかった。

 そこでふと、静止を求めてきた仲間の言葉を思い出す。

 『まだテロリストが中にいるんだぞ』――つまりこの中年の男性はテロリスト。少女は人質。

 単純な話だった。

 自分の言動一つで少女の命を左右する状況に、胸の鼓動が早くなっていく。ガードジャケットで遮られているにも関わらず、炎の熱を感じる。しかし熱を持つ胸とは反対に、手足は冷えていた。冷たく、重く、凍ってしまったかのようだった。

 銀河は大きく深呼吸をして自分に冷静さを取り戻そうとする。


「くそったれ! 計画は完璧な筈だったんだ! それがッ、どうしてこんな! オイぼさっとしてるんじゃねぇ! 速く警察から逃げる準備をしろ! このガキ殺すぞ!」

「ひっ、た、たすけ」


 テロリストは鬼の形相で、少女は縋るような目でこちらを見ている。

 銀河は冷静でいるように努めた。焦ってしまっては事を仕損じる。冷静に、確実に、生命を最優先に。

 穏やかに語りかける。まずはテロリストの信用を得るんだ。


「落ち着いて、話をしよう。僕の名前は綺羅星きらぼし銀河ぎんが。魔装救助部隊の新米隊員だ。貴方の名前は?」

「うるせぇ! うるせぇ! うるせぇ!」

「僕は貴方の事も助けたい!」

「嘘だ!」

「僕は魔装救助隊だ。誰であろうと助ける」

「嘘だ嘘だ嘘だ!」

「本当だ。僕は貴方を必ず助ける。だから少女のことを解放してくれないか?」

「できない! そしたら俺を見捨てて逃げる気だろう!? あ……あいつらっみたい!」


 あいつら……? 過去に見捨てられた経験? もしかして仲間のテロリストに見捨てられた?

 銀河はテロリストの言葉の切れ端から、彼の置かれた状況や心情を推測していく。

 同時にゆっくりと、ゆっくりと足を前へ進めた。


「怒っているんだろう? 貴方は仲間から見捨てられた。炎の中に取り残された。仲間だった筈なのに他の人は貴方を見捨てて逃げた」

「違う! 俺は見捨てられてなんかいない! 見捨てられてなんかっ!」


 テロリストは錯乱している。言っている事が支離滅裂だ。

 見捨てられた事実を認めたくないと駄々をこねているのだ。認めしまっては自分があまりにも哀れな存在になってしまうから、それにプライドが耐えられず、現実を認めようとしない。

 室内の温度が上昇している。時間も少ない。


「俺はっ! 痛い目にあわせてやりたかったんだ! やつらに! ああっ!? お前の武器は!?」


 武器と呼ばれるもの中に魔法を含めるなら、彼に武器はいくつもあった。だが、彼は嘘をつくことにした。少しでも相手を安心・油断させる為にだ。


「丸腰だ」

「嘘だ! その魔力ブレードはなんだ!?」


 テロリストは銀河の腕から伸びている魔力ブレードに向けて叫ぶ。銀河は焦る。忘れていた。魔力ブレードを消すのを忘れていた。武器をチラつかせて安心させようなんて到底無理だというのに。

 銀河は動揺していた。まさか初仕事でこんなテロリストと交渉するとは夢にも思わなかったからだ。


(冷静に、落ち着くんだ。温厚に、敵意を見せず、優しく)


 この状況では上官に指示を仰ぐ事も出来ない。そもそも停止命令を無視して飛び出して泣きつくなんてみっともない話だ。だがやってしまった以上、やり切るしかない。人命が最優先だ。プライドを守る為に人命を犠牲にするなんて考えは銀河に無かった。もし可能なら経験豊富な人にアドバイを頂きたいと強く思う。


「これは障害物を取り除くための魔力ブレードだ。非殺傷になっている。僕達、魔装救助隊は法律で殺傷武器を持つことが禁じられている。だから本当に武器は持っていない。信じてくれ」

「……嘘だッ!」

「本当だ。本当に僕は丸腰だ」


 魔力ブレードを消滅させ、両手を広げる。武器を隠していないことをアピールを行い、安心させる。

 ゆっくりと、足を進める。


「貴方は仲間だと思ってたテロリストに見捨てられてショックを受けた、そうなんだろう?」

「家族だと思ってた……大切な仲間だと思ってたんだ! でも俺はただの捨て駒! 火をつけたのだって俺じゃない! 俺がやったと罪をなすりつける気なんだ!」

「そうだ。君はこの建物に火をつけていない。そう証言する必要がある。このままだと貴方に罪を着せようとする人に良いようにされているだけだ。一緒に見返そう。僕も貴方のことを擁護する」

「……ッ!」

「貴方は何も悪くない! 君の感じている感情は正しいものなんだ。ちゃんと話せばみんなも納得する筈さ」

「こんな……筈じゃ……俺はこんな事がしたいんじゃない。俺の所為じゃない!」

「そうだ、貴方のせいじゃない。悪いのは貴方に罪を着せようとしたやつらだ」

「裏切られた! 愛してたのに! 仲間だと思ってたのに捨てられた!!」


 男は感情のままナイフを少女の首に押し付けた。血が流れ始める。赤い血を見て、銀河の凍る。


(言葉を誤ったか……!)


 テロリストを刺激してしまった。

 少女の目に涙が浮かぶ。

 ゆっくりと足を進める。


「ああああああ!! こ、のああ熱い!! 頭がおかしくなりそうだ!! 誰か俺を助けてくれ!!」


 涙を流し、少女にナイフを押しつけながら絶叫するテロリスト。

 助けを求めた。それはつまり、目の前の銀河なら助けてくれるかもしれないと思い始めている証左であった。


(ここまで信頼を得られるように頑張ってきたんだ。最後まで理性的に)


 ゆっくりと足を進める。


「僕を信じて。少女を解放すれば貴方を傷つけようとしない。この炎の中から君を救い出す。だから」

「早く炎を消せ! そして逃げる為の車を用意しろ! 追ってこなかった解放してやる!」


 炎を消すのは不可能だ。車も不可能だ。

 それは無理だ。無理。

 ――……武器を使おう。この距離ならば制圧が可能だ。

 脅す? 捕縛? 殺害?

 魔装救助隊が、殺害しては駄目だろう。脅すのも今この状況で通じるとは思えない。

 捕縛する――今ここで!!


「おいッ! 早く――!」


 銀河はゼロ速度から一気に加速した。そしてテロリストのナイフを掴み、少女の首から引きはがす。ナイフが銀河の手のひらを裂いた。血が溢れる。ナイフを握り締める事が傷が酷くなり、焼きつくような痛みが発生するが、それを気にしていられない。背腰からスタンブレードを取り出し、テロリストの顔面に叩きつける。鼻を潰した。テロリストが大きく仰け反った。

 その隙に少女を奪って、距離を取る。炎で少女が死んでしまわないように魔法で防護し、自分の僕の後ろに立たせた。


「嘘をついたな……! 嘘をついたなあああああ!! 俺に!!」


 テロリストが叫ぶ。憎悪が篭った瞳が銀河を刺し貫いた。


「早く逃げよう!」


 少女が言う。


「彼も助けます。動かないで。じっとしていて」

「え? でもあのおじさんはテロリストだよ!? みんな殺して! 私も殺そうとしたのに!」

「関係ありません。テロリストだとしても、人命は救わなくては」


 命の選別を行わない。それが綺羅星銀河の誇りであり、信念だった。


「死ねぇええええええええ!!」


 怒りによって膨れ上がったテロリストが襲いくる。通常のものより分厚く、そして鋭い魔力ブレードが建物を切り裂きながら振り抜かれる。いくら銀河がガードジャケットを纏っているからといって無傷では済まないだろう。だが避ける事も出来ない。後ろに助けたばかりの少女がいるからだ。

 迫りくる凶刃に、銀河は真っ向から立ち向かった。

 左手を盾にして、軌道を逸らす。ガチンと火花を散らしてテロリストの魔力ブレードは、狙いを大きく外れた地面を抉った。耐え凌いだ。しかし代償は大きかった。左手はバリアジャケットごと切断され、アジの開きのようにぱっくりと割れていた。

 魔力ブレードを振り抜き、体勢を崩したテロリストの溝尾にスタンブレードを突き立てた。


「ああああああ!!!!」


 テロリストは白目を剥いて倒れた。素早く防護布を巻いて、右手で抱える。

 次、少女の元へ走り、首に手を回すように求める。左手が切り裂かれてしまって使えないのだ。


「かなり辛いと思うけど、お願いできるかな?」


 テロリストを助けた事が納得できないのか、無言で首に手を回してきた。僕も殺された人達、そして目の前で殺人を目撃した少女のことを思うと何も言えなかった。

 現場から帰還すると、歓声が沸いた。

 ニュースの中継レポーターが「奇跡の救出です」と言っている。野次馬達も拍手していた。しかし同僚である魔装救出部隊の面々の顔は険しい。

 当然だ。僕は命令違反を行った。上官の命令を待たず、独自の判断で行動した。今回は運が良かったものの、もし状況が違えば大惨事になる恐れがある。認められるべきではない行動だった。


「……良くて除隊、悪くて刑務所入りですね」


 少女を医療部隊に受け渡し、テロリストを護送車両へ入れる。そして自分も、腕の治療をしてもらうために医療部隊に合流した。

 そこには第01救命救助部隊の隊長である金剛征四郎もいた。治療を受けている僕の隣に、金剛征四郎隊長は腰を下ろす。


「命令違反だ」

「はい」

「独断専行は時に重大な危機と破滅をもたらす。理解しているな?」

「はい」

「それも候補生から上がりたての新米がやっていい行いではない」

「はい」

「世間からはもてはやされるだろう、少女を救った勇気ある救助隊員として」

「はい」

「だが我々はそうは思わない。お前は自分の判断で周りを危険に晒した糞野郎だ」

「はい」

「貴様が独断専行しなくても、他の部隊と協力して解決できた」

「はい」

「故に罰を与える」

「はい」

綺羅星きらぼし銀河ぎんがを第01救命救助部隊から除名する」

「はい」


 受け入れていた。

 想定していた筈の結果だった。

 しかし実際に言われるととても悲しい。子供の頃から救命救助部隊に入る事が夢で、その中でも優秀な者しか入れない第01部隊に配属されたのに、配属初日に除名になるなんて思ってもみなかった。命令を待てば良かったと後悔はある。だが、それでも少女とテロリストのおじさんが助ける事が出来たのだ。

 それだけで、僕は救命救助部隊になれて良かったと思う。


「そして、第08救命救助部隊に編入とする」

「……?」


 えっ……?


「返事は!」

「はい!」

「以上、命令終わり。ここからは個人的な話だ」

「はい」


 金剛こんごう征四郎せいしろう隊長は、僕の方に手を置いて言った


「よくやった」




『ターミナル区役所テロ事件』

 死者:57名

 生存者:2名(うち一人はテロメンバー)

 

 概要:魔装テロ組織『パイオニア』による爆破テロ。不自然なほど苛烈に炎上した為、予め区役所が延焼しやすいように細工されていた可能性あり。炎上する区役所に『パイオニア』の下部組織のメンバーが取り残されており、生存者の一人であるテロリストメンバーは『見捨てられた』と証言している。

 もう一人の生存者である少女からは情報は得られなかった。

 生存者が期待できないほど炎上した区役所とテロリストの存在から救助部隊は様子見を指示されていたが、配属初日の隊員が独断専行で突入、テロリスト一名と少女を救出した。

 のち、独断専行した隊員は第08救助部隊に配属された。

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