第2話 芽生えた想い

 彼女と初めて話してから数週間経った。

 その数週間、僕が得た彼女についての情報は、誕生日が近いこと。年齢が同じこと。美人であること。家が近いこと。不思議な暮らしをしていることの五つ。

 不思議な暮らしをしているとは、僕の勝手な思い込みだが、それほどの彼女の生活はよく分からなかった。

「家に帰ったら何をしているんですか?」

 僕は尋ねた。ある日の講義終わり、彼女と遅めの昼食を食べた時のことだ。

「本を読んでいます。あとは講義の復習ですね。」

 そう答えた彼女は店員を呼ぶと、ナポリタンを注文した。慌てて僕も注文をしようとする。生憎と僕にはメニューが用意されていなかった。

「……同じものを。」

 彼女はくすくすと笑う。彼女はよくこの笑い方をする。口に手を当てて小さな声で笑うのだ。その素振りはいちいち僕を惹き付けて止まない。

 そんな彼女の笑みを見ていると、自然と僕も笑っていた。そして穏やかな気持ちになる。

 周囲には惚気と言われるかもしれなかったが、この時、僕と彼女にそういう感情が芽生えてはいなかった。

「ナポリタンは好きですか?」

 今度は彼女の質問だった。

「普通です。嫌いでもないですか、好きでもないですね。」

 本当のことだ。僕たちはイタリアンレストランに入ってはいるが、別に好きだからという理由ではない。ただ単に大学の近くに立地しているからだ。もしここが中華料理店だったとしても、僕はこの店に入っているだろう。

「私は……いえ、私も同じかもしれません。」

 少し考えるようにして出した答えは僕と同じだった。


 ◆◆◆


 しばらくしてナポリタンが二皿、テーブルへと届けられる。

 僕達の会話は続いていた。多くの事は話していないが、少し話して無言になる。また、少して話して無言になる。これを繰り返していた。

「ごちそうさまでした。」

 ナポリタンを堪能した僕は手を合わせる。それから彼女をチラリと見る。

 彼女は顔に掛かる髪を耳に掛けた。その仕草に気を取られていた僕は目を逸らすのを忘れていた。

「どうしましたか?」

 目が合うと、気まずくなる。気付いたのか、気付いていないのか、彼女は微笑を浮かべる。彼女は最後のパスタを口に入れる。

「ごちそうさまでした。」

 彼女も手を合わせると、そう言った。

 僕はとてもゆっくりと時間が過ぎているように感じた。この時間は僕にとってかけがえのないものになることは間違いないだろう。少なくとも僕はそう思っていた。彼女はどうかは分からないが。

「美味しかったです。」

 彼女は笑みを浮かべる。口にあったようでなによりだ。

「それは良かったです。出ましょうか。」

「そうですね。」

 レジへと向かう。彼女が財布を出して、精算をしようとするのを止めた。

「僕が払いますよ。」

「いいんですか?」

「これぐらいなんてことありません。」

 料金は僕が払った。彼女は苦笑しながらも承諾してくれた。

「ありがとうございましたー!」

 店員の明るい声が僕たちを追うように店を出る。空は雲一つない晴天だった。

 その日は気持ちの良い午後だった。


 ◆◆◆


 講義に出て、昼食を食べる。それはいつの間にか僕たちの習慣になっていた。

 彼女も僕に合わせてくれていたのかもしれない。彼女がそれを断ることは無かった。

 僕もそれに甘えていたのだと思う。彼女の優しさに。それを知っていて、それなりの関係を僕たちは続けていた。

 それからどれほどの月日が経っただろうか。正確な事は覚えていない。

 今思えば、僕は彼女に恋をしていた。

 その小さな恋慕は出会ったその日から、着実に僕の心の中で大きくなっていた。

 けれど、鈍感な僕は最後まで気付くことは無かった。


 彼女を失うその日までは。

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いつも隣にいたキミに 夜月 朔 @yoduki_saku

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