第20話 

 その夜、寝る前に実言は机に向かって書き物をしていた。礼も近くで縫い物をしている。実言が南方の戦に行っていた間の束蕗原での生活は、礼にいろいろな生活力をつけてくれた。縫い物もその一つで、今、お腹のややが生まれた時に着せるための産着を縫っていた。

 礼は小さなくしゃみをした。

「礼。寒いのか?こっちにおいで」

 実言は書き物をしていた手を止めて、後ろに座っている礼を振り向いた。

「大丈夫よ」

「いいじゃないか。こっちにおいで」

 礼が縫い物を手に実言の傍に座った。

「私の背中にすがってごらん。私も暖かい」

 十二月の半ばで、雪がチラつく日もあり、今も火桶を傍に置いて部屋の中を暖めている。

「それじゃあ、今している仕事が捗らないでしょう」

「今は休憩中だよ」

 実言は筆をおいて、机の上に肘をついて頬杖をした。礼にはその横顔は、何か考えているような何も考えていないような顔に見えた。

 礼は縫い物をおいて実言の背中に回るとそっと抱きついた。背中に頬を寄せて、じっとする。

「ああ、礼、暖かいよ」

「実言」

「……ん?なんだい?」

「あなたの出征は春日王子がお決めになったこと。それは、あの日のせいなの?私の代わりにあなたは、その北方の戦に行くの?聞けば、とてもひどい戦場だといいます。行けば、皆、死んでしまうと聞いたわ。私のことを心配して、そんなことを面と向かっていうものはいないけど、人の口に戸は立てられない。戦場の悪い噂ばかりが聞こえてくる。もしかしたら、私が死してお詫びするところをあなたが身代わりになると言ったために、戦に行かなければならなくなったのではないかと、私は思えてならない。春日王子が薬で眠ってしまう直前に、どうなるか、わかっているのかと言われたわ。その結果があなたを戦場にやってしまうことになったとしたら、私は、私は、どうしたらいいか……」

「春日王子は、軍隊の長だ。私はその下に属している軍人なのだから、今回のようなことがないわけではない。私は南方の戦に行っているから、誰かがそれに目をとめて、推薦していただいたのかもしれない。それを大王もお認めになられたのだ。悪い風に思うものじゃないよ。どのような戦場でも行き、私は必ずや勝利してこなければならないのだ。これは大王から私がいただいたお役目だからね」

 実言は礼が後ろから腹に回した手に自分の手を重ねて言った。礼は実言の重ねた手を探って握り、より力を込めた。

「嘘は嫌よ」

 礼は言った。実言は礼の手をいったん放して、礼の方へ体ごと向けた。実言と礼は向かい合うと、礼は実言の目の中を覗いてくる。実言は、そんな礼の様子に苦笑いした。

 実言は礼に顔を近づけた。礼は実言に口づけられると思い、咄嗟に身を引いた。いつもなら、受けてくれる口づけも、礼は右を向いて、眼帯をした左目を見せて顔を反らすのだった。

「礼」

 礼は黙って、右を向いたままだ。実言は礼の身代わりになったのかとの問いに、そうだともそうではないともはっきり言わない。ごまかして終わらせようとするその態度に、礼は実言の口づけを拒んだ。

 実言は礼の眼帯をしている左目に唇を寄せてその上から押し付けた。実言は礼の右頬に手のひらを当て、自分の方に向かせた。

「礼、私は今もっと深くおまえに触れたい。抱かせておくれ」

 実言は礼を横抱きに抱き上げて、寝台の方へと向かった。

「まだ、あなたの仕事が」

 礼の北方へ行くことになった問いはうやむやにしたまま、実言の愛撫への抵抗もむなしく。

「今日はしまいだ」

 と言って、実言は有無を言わせず、礼を抱いて寝台に上がった。礼を横抱きのまま、実言はあぐらをかいた上に乗せた。

「礼。腕を私の首に回して。離れないように」

 礼は実言の言うように、両手を実言の背中に回して、首の後ろで自分の手を合わせた。今度は、実言の顔が近づいても礼は拒否することなく、実言と唇を重ねる。

「寒くないか?」

 礼は首を横に振った。寝台の上に敷かれた褥には温石を入れていて、ほどよく温かい。

 実言は礼の首筋から胸までの素肌に唇を這わせて、上着の中の単の襟を少しくつろげて、白い胸に口づけた。

「このところお前は気分がすぐれなかったから、こんなふうにできなかった」

 実言は礼の着ている上着の中に手を入れて、単の裾を手に取った。そっと裾をずらすと、礼の揃えられた膝頭が現れた。実言は礼の膝頭から太ももにかけて唇を寄せて、ゆっくりと口づけた。礼はくすぐったそうに、揃えていた足を崩して、実言の胸にすがりついた。実言は礼の顔に手をあてて上を向かせると、眼帯をとって強く口づけた。実言の舌が礼のそれと触れ合って、激しく吸った。

「苦しくないかい」

 実言は膝の上に乗せた礼に問いかける。礼は首を横に振った。

 身重の体を求めることへのためらいがあるが、実言は止めることができない。礼の体を横にすると、その腰を自分に引き寄せた。

 礼も実言に触れたいと思った。あと少しで新しい年を迎える。正月の宮廷の行事が一段落すれば、この男は戦場へ行ってしまう。

 二人は抱き合った。離れたくないといっている体を無理に離すことなく、夜更けを過ごすのだった。

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