少年少女の暴露大会②

 イコはここよりもう少し西の州で生まれた。


 気丈な女性だった母親クララは、夫が仕事で中々帰って来られない中でも子育てをしていたのだという。イコが物心ついた頃は月に一度帰ってくるかどうかという頻度だったが、両親のことが大好きだったとイコはポソリと付け加えた。




 ところがだ。


 十年ほど前、クララは故人となった。

 棺桶の蓋は一度も開けられないまま土の下に葬られた。交通事故だった。その死を機に父親の仕事はますます忙しくなり、イコはクララの姉アリカの養女となった。


 実の父親と顔を合わせぬまま二年の月日が過ぎ、学校に入学しようかという頃になった時、突如として父親がアリカとイコの前に現れた。


 本当に突然に、何の報せもなく。



「おかしいとは思ってたのよ。奥さんが亡くなって幼い子どもだって抱えてるってのに、仕事で忙しくさせるなんてさ。だから義兄さんが家の戸口に現れて、あの人の顔見た時に納得したよ。──義兄さんへの脅しのため、そのためだけに妹は殺されたんだってね」



 真夜中に現れた父親は挨拶もせず、何かをイコに押しつけるようにして渡した後、説明もそこそこにまた出て行ってしまった。

「誰にも渡してはいけない」、「たとえ父親である自分であろうと、他人の手に渡ってはいけない」という言葉だけ残して。



「それまでは普通科の初等部に入るつもりだったけどさ。渡されたコレを見て考えを変えたよ。コレが何か明らかにできるのは機材の豊富な理工科学校しかないなって」



 そう言いながらイコは、あの小物箱を開けて俺に見せた。

 そこにはコンピュータのデータを保存するメモリスティックと、ガラスのプレパラートのようなものが入っていた。メモリにはロックがかかっていて、パスコードを入力しないとデータが閲覧できないという。

 はじめイコは理科の実験で使う顕微鏡でプレパラートを覗いたが、倍率が足りず何があるのか見えなかった。


 さすがに初等部生では限度があったようだが、研究室の先生に頼み込んで

「すっごい高い高性能の顕微鏡」(イコ談)

でプレパラートを見ると、ようやく何かが映り込んだ。


 一つは恐らくメモリのパスコード。

 もう一つは英数字の羅列。


 後者は暗号だろうと解きにかかったが、ほどなくして顕微鏡を貸してくれた先生が行方不明になった。同時にその頃、イコとアリカは行く先々で視線を感じるようになった。

 二人とも同じことを思った、どれもこれも父親から渡された品が原因だと。



 このままの生活を送ることに危機感を覚え、二人は作戦を立てる。

 それまで住んでいた家にアリカが一人住み続け、品の隠し場所のフェイクとする。本命の隠し場所としてもう一つ借家を借り、そこを「荒れ切った家庭」として演出をすることで、イコの居場所もメモリの行方もカモフラージュできるよう仕向けた──






  □□□






「──っていうのが、ちょうど一年前ぐらいの話かな」


 アリカさんがオレンジジュースで喉を潤して締めくくった。

 室内は締め切られたカーテン越しに差す朝日で大分明るくなっていた。外では朝の活動を始めた人たちでどんどん賑わってきている。


 俺は話を聞いている間、もちろん内容はしっかり頭に入れたが、必死に暗算をしていた。

 15-10=5、5+2=7、イコが七歳なのは八年前。

 ……間違っていないよな。


「それで……その話を、何故なぜ俺に?」

「メモリの中身の話をまだしていなかったね。イコ、これくらい話せるでしょ」


 イコは伏せがちだった目を上げて、真っ直ぐ俺を見た。


「パスコードで開いたメモリスティックの中にはね、論文のデータが入ってたんだ」

「論文?」

「そう。お父ちゃん名義の。何か研究員ぽいことやってるってのは、お母さんから聞いてたんだけどさ。研究員ってさ、普通はちょっと調べりゃ研究内容とか成果とか、それこそ発表論文とか、どんなに小さなものでも出てくるはずなんだけど、お父ちゃんの名前をいくら調べても何にも出てこなくて……

 だからまあ、それが初めて見る『研究員のお父ちゃん』だったわけなんだけど」



 論文は学生時代のものだった。卒業論文だったようだ。

 そこには新物質と思われる物質の発見過程や研究が書かれていた。実体が掴みにくいものの、少量でもかなりの影響を周囲に与えるそれは、エネルギー資源として活用すれば現在実用化が進められている電波性物質「エステトン」よりも有用かもしれない、と締めくくられていたという。


「けどさあ、それを見たところで、っていうね。たぶんこれが原因でお父ちゃんは無理やり変な研究させられてんだろうなとか、お母さん殺して残ったわたしをダシに脅されてんだろうなとか、いろいろ合点はいったけどさ。ぶっちゃけ、この論文が何? って感じだったワケ」


 バチッ、と、俺とイコの目線の間で何かが弾けた。

 二人の口が揃った。


「──ナダに会うまでは」


 そういうことか。

 俺は天井を仰いで長い溜息をついた。つながった。イコが俺に能力や過去についてあれこれと訊いてきた時の表情はたしかに得意げなしたり顔だったが、目は妙に真に迫るものがあった。


 そうなのか。イコの父親がとは、世間は狭い。嫌になるくらい。


「“暴露大会”、なんだっけ」

「そうだよ」

「じゃあ、今までボカしてきたことも全部……擦り合わせのためにも、もう一度全部」

「うん」


 もう一度長い溜息をついた。閉じた瞼が震える。ゆっくり目を開けると、そっくりな顔をした二人が俺を見ていた。

 迷いながら口を開いた。話すしかない。この二人は知る権利があって、俺には二人に話す義務がある。決して間違っていない。


 間違いなんかじゃないはずだ。






  ■■■






 先に簡単な歴史の話から入ろうと思う。



 大昔、ここ北大陸と南大陸の間では戦争が起こっていた。

 理由は今更どうでもいい。人権か、領土か、はたまた食糧か、利権か、宗教か。人間が戦争をする理由のほとんどはこれらだし、戦争は長引くほど大義名分が失われていくものだ。


 そんな時代なので、北大陸では武器不足やエネルギー不足は慢性的な問題だった。しかも資源が搾取され続けたことへの不満が大陸の各地で高まっていて、内部から崩壊して敗戦……という末路が見え出した。




 すると見つかったのだ。新しいエネルギー資源になり得る物質が。

 すぐに分析がなされた。ところが実体や作用がなかなか解明できない。


 単独での存在はせず、地下水や雨水から検出されたと思えば、空気中の塵からも、岩や草木からも、何なら動物の体内にも、量に差はあれど含まれている。何の拍子にどんな作用が起こるのかも分からない。


 ただ「自然現象を生む一端」という仮説は確かな説得力と魅力を持ち、当時の上層部の心を揺り動かしたようだ。武器の動力源や効率的な生産法への活用を模索することになり、とある山奥の「マルヴェル」という村で研究と実験が推し進められた。



 ──が、失敗に終わった。

 研究の為に集められた大量のその物質「ベルゲニウム」が漏れ出し、村人から研究員に至るまでの全員が汚染されたのだ。


「大量に人体に取り込まれると有毒」という結果のみが上層部に伝えられ、村は隔離のために閉鎖された。

 捨てられたのだ、極秘研究の跡と負の遺産に蓋をするように。




「捨てた方はその後忘れたのかどうか、その辺は知らん。でも捨てられた方は別に死んだわけじゃなかった」



 もちろん死んだ者も大勢いたというが、残された研究員たちと村人たちは手を組み、万が一もう一度同じことが起こった時の戒めとして、自分たちの末路を記録し続けていくことにした──「ベルゲニウムを体内に取り込むとどうなるのか」。



 まず見られたのは、全身の色素が失われていくことだった。白化はくかと呼ばれる目に見えやすい変化だ。人によっては体の一部が徐々に不随になったり、壊死していったりした。寿命もかなり縮まってしまった。


 それから村で火事が多発した。突然目の前で火が出た、という証言が相次いだ。「何か作業しようとすると火の手が上がる」のは、まるで自分の手から炎が生み出されているようだったと、記録にある。

 炎の他にも水だったり風だったり、園芸植物が手元で急激に生長したり、砂遊びをしていたら地面を割ってしまったという子供もいたそうだ。



 原理はまったく理解できないが、自然現象を操る力を手にしてしまったと結論づけられた。そう考えるしかなかった。数多の物理法則を無視しても説明がつかない状況に、当時の研究員たちはさぞ頭を抱えたことだろう。






  ■■■






 そんな状況になりながらも何とか命を繋ぎ、世代を重ねるうち、寿命も少しずつ延び力に不安定さが見られなくなった。

 するとどこで誰が嗅ぎつけたのか、ある日数人が何者かに攫われてしまったのだった。



「……お察しの通り、その攫われたうちの一人が俺なんだけどさ。あー喉渇いた、俺にもオレンジジュースちょうだい」


 コップにオレンジ色の飲み物が注がれ手渡される。美味い。

 外はさっきよりも落ち着いて、住宅街特有の静けさが満ちている。


 それまで思案顔だったイコが頷いた。


「“キース族”っていうんでしょ。その辺とか力のこととかは聞いてたけど、そんな根深い歴史があったのか」

「まさか三百年以上前の南北戦争時代の名残とは思わんだろ。とにかく、敵の狙いが俺たちの力なのだとして、目的とか敵の詳細とかは全く分かってないんだ」


(まあ、かなりの高確率で中央府が絡んでるんだろうがな)


 心の中だけで呟いて、続ける。


「攫われてどこかの施設に閉じ込められたのが、ちょうど八年前、俺がとおになったばかりの頃だ。俺の暗算が間違ってなければ、イコの父さんがお前の前に現れたのと同じ時期だ」

「うん……」


 イコは何だか微妙な顔をしている。

 俺は構わず続けた。話し続けていないと何かに呑まれそうだった。


「で、さっきチラッと“新物質”の特徴を聞いた限り、どうもベルゲニウムっぽい感じがする。見つけたのは偶然なんだろうが、不運だったな。発表さえしなければ巻き込まれることもなかったんだろうに」

「あのさナダ。こんな時に言うのも何だけど」


 何、と目を細めてイコを見ると、再びオレンジジュースの入ったコップを差し出してきてこう言った。


「もうそろそろ休もうか。口調、またじいさんになってるぜ」


 口を押えてテーブルに額をつけた。自覚しない疲労は恐ろしい。

 イコがやけに俺を見ていると思ったら、そういうことだったのか……。

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