11-6

「“リヴァイヴ”しろ、光輝こうき君」

「……リヴァイヴ?」


 光輝は極めて素直に令の言葉を返す。

 身体に入ってきたその言葉を、ただそのまま令に返していた。

 令は低い声で、光輝の頭にしっかりと届くように、続けた。


「能力の暴走は君の“脳”が原因だ。――なら、その身体から“離れれば”、暴走は止まる」


 光輝の意識に、その言葉の意味がしっかりと届く。

 もうひとつの可能性。“死”以外の道。

 令は、落ち着いた声で導く。


「魂を解放するんだ。ただ、解き放たれるイメージを持て!」


 その言葉を聞いた途端、光輝の心にまたぞわりと“恐怖”が顔を出す。

 覚悟していた心が引き戻される。周囲が、また

 光輝は震えた声で弱い気持ちを吐露する。


「……ムリです。僕には、そんなこと出来ません……っ!! 期待されたって、能力者である自覚すらない僕に、そんなことは出来ません……ッ!!」


 恐怖と不安が吹き荒れる。別の道を示されても、そんなところに自分は行けない。期待には応えられない。

 絶望が、また心を襲ってくる。――心に潜む、“化け物”が。


 光輝が再びパニックに襲われたその瞬間――令の左腕と左脚が、宙に舞っていた。

 座っていた姿勢からさらに崩れ落ちる令。さらに心を乱す光輝。

 最早光輝は声を発することも出来なかった。絶望が喉に詰まる。


 ――しかし、令はそんな事態にも全く動じてはいなかった。

 倒れ込んだ姿勢のまま、頬を地面につけながらじっと光輝の顔を見上げる。


「君は他人ひとの為に自分を犠牲に出来るくらい“強い”人間だ。――それは、SCCAの捜査官と同じくらい、“強い気持ち”なんだ。――君は、出来るんだよ、光輝」



 その言葉が、光輝の心の中の何かを打った。

 光輝は確かに、激しい衝撃と響く音を聴いた。


 光輝の表情が、だんだんと熱が冷めていくように落ち着いていく。

 令はそんな光輝の顔を見詰め続けた。次の一撃が来れば“器”は崩壊する。さらなる一撃が来れば、令の魂は消滅する。


 ――しかし、令の心に揺らぎなどなかった。

 そして、それが伝染したように、光輝の心にも。


 光輝は何処どこまでも伸ばすように大らかに両腕を広げ、眼を閉じる。

 令は少し、笑ってみせた。


「ああ……それでいいんだよ」



 光輝の肉体から、神々しく光を放ちながらひとつのかたまりが――“魂”が姿を現す。

 途端に令は叫んでいた。


「身体を求めろ! 魂を入れる“器”を創りだすんだッ!!」


 令の叫びに反応して、周辺の物質が光輝の魂を中心にして渦巻き始める。

 全ては細かい粒子に還元され、そしてそれはやがて、ひとつの“形”へと集約した。

 光輝の魂が、その現れた新たな身体へ――“器”へと入っていく。



 フルフェイスのヘルメットを被ったような人の形。その“器”は何処となく令の“器”に似ていた。

 光輝の“器”の腕が、ぴくりと動く。そしてその“器”は――いや光輝は、顔の高さまで上げて、腕を繁々しげしげと眺める。

 そうして光輝はぽつりとこぼした。


「僕、本当にリヴァイヴ能力者だったんだ……」


「……やったな」


 令がこてんと頭を地に落とす。ギリギリの攻防が、遂に終わった。

 少年が自らの心を守るために生み出した幻は、月夜の下に消えていった。

 周囲の物が傷付けられることは、もうない。


 一息吐いた令が、すかさずリヴァイヴする。倒れた電柱やらがほぼ消え去って、令の“器”が再構成される。

 そして令は“器”作りを終えると、それを見守っていた光輝に近づいていった。


「よくやった、光輝」


 光輝は少し照れくさそうに間を取った後、こくんと頷いた。

 令は道端に倒れる光輝の“肉体”に視線を移す。


「SCCAの関連病院には優秀な医師が揃ってる。多分、脳の損傷もなんとかしてくれるだろ」


 そう喋りかけた令だったが、光輝の返答はなかった。

 令は自分より背の低い光輝の顔を、背を丸めて下から覗き込む。そうしたところで表情は読めないのだが。

 光輝はうつむいていた。ちいさな声で、光輝は話し出す。


「霧矢さん……僕は、どうしたらいいでしょうか」


 そう切り出した光輝の声を、令は黙って聴いていた。


「僕はずっと思ってたんです……“なんで僕が生き残ったんだろう”って……。“どうして僕なんだろう”って……。きっと、僕なんかより生き残ったほうが良い人はいっぱい居たんです。でも生き残ったのは僕……。しかも僕は、自分の能力にも気付かず人を傷付けた……。……僕は、どうすればいいんでしょうか……?」


 その深刻な問いに、令はただ優しく問い返した。


「君はどうしたい?」


 光輝は短く考える。そして精一杯に答えた。


「僕は……、“罪滅ぼし”がしたいです……。そして出来れば……“許して”ほしい。僕がしてしまったこと……。そして……僕が生きることを。その為に、人の役に立つことがしたいです。そうすれば、いずれは許せる気がするんです。――僕が、僕自身を……」


 粛々しゅくしゅくと、令は光輝の話を聴いていた。だが突然、バシンと光輝の頭を引っ叩く。

 光輝は驚いて令の顔を見上げた。


「バーカ。お前は“罪”って言えるほどのことをしてねーよ。……ただ、まあ……自分を許せないんだな。その気持ちは分かる」


 見上げる光輝に対し、令はついと顔を上げると、両手を腰に当てる。


「お前に良いことを教えてやるよ。――俺たちリヴァイヴ能力者は、リヴァイヴする度に“生まれ変わっている”んだ」


 自慢するように言ってから、令は光輝の頭の上に手を置いた。子供を励ますように。

 そしてそれから、令は拳を作ってそれを光輝の胸に突き立てる。

 こんな言葉と共に。


「だからさ、何度だって生まれ変われるさ。――その“魂”さえ失くさなければな」


 光輝は一度俯いて、その言葉の意味を深く考えてから、顔を上げて小刻みに二回頷いた。


 全てが終わった月下で、二人は柔らかい月光に祝福されていた。




 『“ハッピージョージがやってくる”』End


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リヴァイヴ ―Revive― 明暮 宙 @akekure

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