9-4

 あとほんの少しでその裏側が明らかになる――その刹那、死霊は突如振り向くと、その大鎌で“何か”を受け止める。

 路地裏に鋭い金属音が走る。死霊は両手で鎌を押さえ、鎌を押しているその“何か”を眼のない顔で見た――。


 それは、“十文字槍”だった。古代の遺物。戦国最強の槍。

 そしてその槍を手にしているのは――岩石のような無骨で屈強な男――“幹公木かんこうぎ”であった。

 死霊は槍を弾いて滑るように後退する。そして壁に背を付けた。

 そこからは、ちょうど室外機の裏が見えるが――そこには、


「貴様が路地裏の通り魔だな。まさかこんなナリをしているとはな――。獲物を驚かせる為か」


 死霊は幹公木の言葉に反応したのか、初めて「フロロロロロ」と声を発する。

 それは興奮の雄叫びのようであり、怒号のようであった。


「貴様の欲望が抑えきれないことはわかっていた。ゆえにこの一角の警備を甘くすれば此処ここに現れると確信していた」


 幹公木は十文字槍を突き付けながら言う。

 死霊は相変わらず鳴きながら、臨戦態勢で槍を構える幹公木と同じように、引き締めて大鎌を持ち、構えをとる。

 が、突然死霊は鎌を反転させ逆手に持つと、室外機の上の段ボールに刃を添わせ、ホッケーのように段ボール箱をシュートする。その段ボール箱が向かう先は、幹公木だ――。


 しかし幹公木は一瞬の躊躇ためらいも見せずに、それを叩き斬る。だが叩き斬ったことにより段ボール箱の中身が飛び出し、ほうれん草が一瞬幹公木の視界を奪う。

 ほうれん草や段ボール箱がアスファルトに落ちた時、先ほどまで死霊が浮かんでいた場所には、姿


 だが幹公木は一瞬の動揺も見せずに、即座に上に視線を向ける。

 そこには、こちらに背を向ける死霊の姿があった。死霊は、飛んで逃げ去ろうとしていた。


 幹公木はただちに袋小路から脱し、走り出す。そして裏路地を走りながら、雑居ビルの側面に備えつけられた外階段を見つけると、走った勢いのままジャンプして手すりを掴み、その巨体をいとも簡単に手すりの向こうへ跳び越えさせた。

 階段につけられた鍵のついた扉など意に介さない幹公木は、そのまま猛烈な勢いで折り返し階段を駆け上がっていく。

 そして階段の頂上まで辿り着くと、屋上に繋がる扉を容易たやすく蹴破る。

 鍵などかかっていなかったように扉が弾け開いて、幹公木は屋上に躍り出た。


 屋上に出た幹公木は素早く欄干のところまで駆けていくと、身を乗り出して死霊を探す。

 その鋭く研ぎ澄まされた眼光で、夜の街を眼下にした瞬間、幹公木の意識に止まったのはそのいくつもの明かりではなく――此方こちら、“室外機”の姿だった。


 一拍の間も置かずに、幹公木は手にした十文字槍を振るっていた。

 とても予測の外のことが起こった瞬間の反応速度とは思えなかったが、室外機は幹公木を捉えることなく真っ二つに両断される。

 幹公木は即座に室外機が飛んできた先をめつける――自らの背後に、


 次の瞬間――死霊の鎌の先端が、幹公木の胸を貫いた。


 幹公木の巨躯きょくが、死霊の鎌によってわずかに空中に持ち上がる。

 死霊の表情は変わらないが、その顔はその手応えをたのしんでいるように見えた――その胸を、


 死霊の口が苦悶に開かれる。死霊の背後には――“幹公木”が立っていた。

 明らかな動揺を見せる死霊の目の前で、その得物に突き刺さっていた幹公木の肉体が、“消え失せる”。

 まるで霧に変わってしまったように、それまであった幹公木の肉体は霧散した。

 死霊が「ギギギギ」と声にならない音を立てる。その感情を爆発させるように。

 死霊の胸からは、槍の穂先が顔を出している。幹公木がさらなるダメージを与えるようにギュルリと槍をじる。それに伴い死霊の腕はだらりと下がった。


 ――次の瞬間、路地裏に置いてあったポリバケツや鉢植えやらが、死霊の身体を避けるようにして幹公木に飛び込んでくる。


 幹公木は瞬時に槍を死霊から引き抜き後退すると、鋭い何度もの突きでそれを迎撃する。

 ポリバケツやらは粉砕され、粉々になって宙に飛び散る。

 幹公木が次に死霊に目を向けた時には、そこに死霊の姿はなくなっていた。

 幹公木は欄干に駆け寄って辺りを見回すが、霧雨の降る夜の街にあの異様な死霊の姿を見つけることは出来なかった。


 幹公木は、スーツ袖口のマイクで付近を警備している警察官たちへと命令を出す。


「敵の姿を確認した者はすぐに報告しろ。敵は死霊のような姿をして、飛行している」


 幹公木は目撃の報告を待ったが、その期待が叶うことはなかった。

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