4-6

 青草が、海の底を踏む。


「これでオレは――どこにも触れられてネエ……!!」


 頭部の一部を“欠損”した青草が、ゆっくりと令を見上げる。

 その迫力には、令を震え上がらせるものがあった。


「くそ――っ! 水中な分、身体からだを動かす余裕があったか……!!」


 令は悔しさを噛み締めるように呟くと、即座に進行方向を海面に向ける。


ってやる……必ずってやる……!!」


 令は体重を軽くして一気に上昇していくが、青草もそれに負けないほどの速度で上昇していった。

 ミサイルが煙を吹いて飛び上がるように、青草はジェットの泡を上げながら真っ直ぐ上昇していく。

 今の令に、迎え撃つ、または沈もうとする様子は見られなかった。


 敵が見上げる前で、一足早く、令は水上へと消えていった。

 そのわずか後、青草もその勢いのまま水上へと飛び出す。

 まるでイルカが跳ねるように――いやそれよりも高く、青草は飛沫しぶきを上げながら空中に飛び出した。


 青草は空中から令の姿を補足する。

 両足を失っている令は、瓦礫がれきの上に一種観念したように両腕を広げて仰向けで横たわっていた。

 令の視線と青草の視線が、真っ向から交錯する――。



「これで終わりだアアアアアア!!!」



 空中で青草が両手を構える。両手の間に生まれるスパーク。

 電撃が青空の下、非情な輝きを放つ。


 ――令は、慌てることもなく、その光景をただ見上げていた。

 そして呟く。



「ああ、終わりだ」



 言葉と共に、令はその場から横に転がった。

 敵は一瞬ピクリと反応して、すぐに両手の方向を令へ向けようとした――


 令が先ほどまで乗っていた瓦礫――もとい、倉庫の“屋根”の残骸が、青草に向かって上昇する。

 空気より軽くなった屋根は、空へ還ろうとする風船のように、急速なスピードで青草を襲いゆく。


 しかし。


「無駄無駄アア!!!」


 無情にも、屋根は青草の電撃によって砕かれてしまった。

 砕かれた破片たちは、一部は元の重さに戻り落ち、一部は青草に当たりながらより上方に通り過ぎていく。

 残った一番大きな破片も青草の肩にぶつかっただけで、目標もなく空に向かっていく。



 青草は、その時ハッキリと勝利を確信していた。

 キーパー不在のサッカーゴールに迫るフォワードが如く、独走するアメフトのランニングバックが如く、青草はしっかりとした手応えをその手中に感じていた。

 フィニッシュを決めるべく、青草は再び電撃の方向を令へと向ける。


 ――しかし、その時青草が目にしたものは、

 令は――その身体に自信をみなぎらせて、青草を指差していた。


 いや、さらに――。



「それを待っていた。――おまえが“そいつ”を破壊してくれるのを!!!」

「――なっ」


 理解が追いつく前に、青草はちいさな叫び声を漏らしていた。

 何故なぜかといえば――突然“背中”を“なにか”に押されたからだ。



 青草は顔を横にしてその正体を確かめようとする。

 そして横目で捉えることが出来たのは――今さっき破壊したばかりの、だった。


 青草を通り過ぎたはずの大きな破片が、今はびったりと青草の背に張りつき、青草を押していた。――


「ナアアアニィィイイイイ?!!」


 屋根の欠片は、青草をはりつけにしたように逃がさない。

 令の能力によって――屋根の欠片は風船のような軽さから、のような凄まじい重さに変貌を遂げていたのだ。


 青草はスカイダイビングをするように両手を上げたまま、体勢を変えることすら出来ない。

 令は、敵に言ってのける。


「言ったろ? “縦”に強い――って」



「アアアアアアアアアアアアア」



 絶叫する青草は、やがてなす術もなく、地面へ盛大にキスをした。

 その熱烈な口づけは、青草の“器”を完膚なきまでにバラッバラに破壊した。地球からの熱い愛に、青草は応えられなかったようだ。ボスからの期待に、応えられなかったように――。



 派手に舞った粉塵を浴びながら、令は青草の残骸に向けて式札を差し出す。

 間もなく屋根の下から溢れてきた魂が、式札に吸い込まれる。


 上半身を無理に起こしていた令は、回収が済むとバッタリと倒れ込んだ。

 両足のない姿で、空を仰ぎ見る。



「ああ……えらい目に遭った……」



 人の疲労など知らずに、空は憎らしいほど爽やかだった。



 ◇ ◇ ◇



「なんだかとっても疲れたおかおしてるよ? 令くん?」

「それはね、むちゃくちゃ疲れてるからだよ、なごみ……」


 疲労困憊ひろうこんぱいでなんとか街まで帰ってきた令は、ファミレスのソファー席にぐったりともたれていた。

 そんな中、令のスマホが鳴る。連続して鳴り続ける電話のコール音。

 画面に表示された名前は、“秋津佐”だった。


「はい……」


 令は生気のない声で電話に出る。


「あっ! 霧矢ー? 無事解決したんだってね。おめでとー!」

「はあ……。どうも……」


 元気のコントラストが激しい二人の会話。


「大変だったわねぇー。今日はゆっくり休んで、明日お金届けに来てね!」

「いや、そっちまで結構移動しなきゃならないから、明日は休んで明後日にでも――」

「あ・し・た、来れるもんね?」


 令が束の間沈黙する。秋津佐の声は至って明るい。


「いやだから……」

「あ・し・た、来れるもんね?」


 令の沈黙。秋津佐も沈黙。

 令の頬に大粒の涙がこぼれたのは、言うまでもない。



 『コンビニ強盗と大砲ビッグキャノン』End


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