4-4

 一瞬、視界も真っ白になったが頭の中も真っ白になった。


 令の両脚は、男の――そう、恐らく“青草”という名前の男の――両手の間に出来た閃光によって、吹き飛ばされたのだ。

 敵の両手の間には、未だに閃光が光を放っている。


 それは――その正体は、明らかに“放電”だった。


 激しいスパークが、間隔を空けた男の両手の間で起こっているのだ。


 令は、両脚の太ももから先を失って、倉庫の床に転がった姿で、肩で息をする興奮状態の敵を見上げていた。

 特に、その手の中の輝きを。


(アレは……“アーク放電”!! 街であいつを捕まえかけた時の“あの光”は、アーク放電による光だったんだ……!!)


 令は、まだ動こうとしない青草に対して、青草の方を向きながら、腕の力でじりじりと後退してなんとか距離を取ろうとする。


(間違いだった……! こいつこそ真っ先に倒すべき相手だったんだ……ッ!!)


 今や両足を失い、先の敵との戦いで右腕と腹部にはヒビが入り、満身創痍の令の“器”。

 ここから戦うのには、誰が見ても分かるほど余りにも不利な状況だった。


 令の目の前で、青草の“電撃”が、暴れ狂う蛇のように床を叩く。

 電撃を浴びたコンクリート製の床は、いとも簡単に砕け散る。


(なんて出力だよ……ッ!! 近付いたら終わりだ……一瞬で“器”をぶっ壊される……ッ!!)


 令はまるでホラー映画の殺人鬼から逃げるヒロインのように、動かない身体で必死に逃げるしかない。

 しかし腕での歩みは悲しいまでに遅い。

 それこそ青草もまるでホラー映画の殺人鬼のように、ゆっくりと、ジリジリと令に歩み寄る。

 その目は、ひび割れたガラスのように赤く血走っていた。


「ヤってやる……ってやる……ッ!!!」


(さっきまで臆病なコソ泥だったんじゃあないのかよ……ッ!)


 心の中で毒吐くが、そうしている間にも青草は迫りくる。


(空気を重くしてし潰すにしても、距離が問題だ……!! こっちの間合いに入っても、恐らくあいつの電撃の方が速い……ッ!!)


 電撃をたずさえながら、敵はもう、自らの間合いに入ろうとしている。

 令はといえば――今や壁のふちまで追い詰められていた。


 電撃が、激しい音を鳴らしながら令の目の前を鋭く横切る。

 あと数十センチで、敵の間合いに入ってしまう――。

 青草は、迫りくる。



「もうこれしかない……ッ!!」



 壁際まで追い詰められた令が、倉庫の“壁”に触れる。

 その途端、触れられたことに嫌悪したように、倉庫全体が悲鳴を上げ始めた。


 青草も驚いて周囲を見回す。

 そして倉庫の屋根がぐしゃりとひしゃげたのを見た瞬間に、青草も令の狙いに気付いたが、時すでに遅し。

 倉庫が令によって変えられた“重さ”に耐えかねて、一瞬のうちに


 さもスフレがしぼんでしまうように、自重によって内側に倉庫は崩れ落ち、何もかもを巻き込んで破滅する。


 ――令は、体重を軽くして、精一杯の腕の力を使い、すんでのところで倉庫の出入り口まで跳んでいた。

 倉庫が内側にあったものを全て下敷きにする間際に、令は間一髪倉庫から抜け出すことに成功した。


 跳んできた勢いで地面に転がってから、粉塵を巻き上げて最早 瓦礫がれきの山と化した倉庫を見詰める。


「命までは取りたくなかったが……ここで死ぬ訳にはいかないんだよ……っ」


 令がひっそりと呟く。

 と、その途端瓦礫の中で何か音がした。

 二次崩落が起きたのかと令が見詰めていると、突如激しい音と共に瓦礫の山の一角が



「とられる前に……トルッッ!!!」



 そこには――ついさっきコンビニの前で見た――細身の“器”があった。

 否、“器”に乗り換えた“青草”が、瓦礫を吹き飛ばして這い出してきていた。

 令も思わず呟く。


「マジかよ……」


 青草が、瓦礫の山を踏みつけながらやって来る。

 その動きに迷いなど一分もない。本気で令を殺しにやってきている。


 ――しかし、そんな殺人マシーンのような敵を見ても、令はまだ冷静だった。


「だが、本当の狙いはこっちだ」


 そう言って、令は地面をバシンと両手で叩いて後ろに跳躍する。


 そこにあるのは――“海”だ。


 令が、飛沫を上げながら海に落ちる。



 敵は最早ぎょっともしないで、迷わず令を追いかける。


「逃がすかアアア!!!」


 岸のふちまでやって来ると、敵はやたらめったらに海に電撃を喰らわした。

 だが、その電撃の激しさにも関わらず、辺りはしんと静まり返っていた。

 穏やかな海が、目の前に広がる。



 令は、そんな様子を水中から見上げていた。

 それは令の思惑通りの結果だった。


「いくら強力な電撃だとしても、水中なら放散して威力はせる!! 感電も“器”ならば関係ないッ!!」


 令が高らかに叫ぶ。酸素を必要としない“器”は、たとえ媒体が空気だろうが液体だろうが振動によって音を発せられる。

 令が形勢を逆転して気勢を上げる中、間もなく海の中に――“青草”も飛び込んでくる。


「逃がさねえって言ってんだろォ……!?」


 最早別人格と言っていいほどその人格を変貌させた青草のその迫力を――令は少し、鼻で笑ってみせた。

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