第52話 死の塔がそびえ立つ

「ナオヤ、奴を熱くすればいいんだったな」

 障壁から飛び降りて灼熱の大地に降り立ち、体を燃やして力を溜め始めたイフリータを睨みながら、ゼアルが呟く。

「ああ。出来るのか?」

「出来る……が、奴はああして熱や火を自らの力に変える。熱くするだけなら奴を利するだけだぞ」

 イフリータは火の魔族だ。

 火は体であり、熱は力。普通に考えれば確かにゼアルの言う通りなのだ。

 だが、と俺は思う。それには限界などないのだろうか。

 人の形をしている存在が、どの程度までその力を維持できるのだろうか。

 恐らく、限度はあるはずだ。とはいえそれはとんでもない高みにあるのだろうが。

「分かってる。とにかくやってくれ」

「分からんが、分かった」

 ゼアルはニヤリと不敵に笑い、俺を抱えているのとは逆の手を天高く伸ばす。

 その光に虹の輝きが集まり、周囲を虹色に染め上げていく。今までで最も大きな力が彼女の手元に集まりつつあった。

 ――発動する。

聖楯せいじゅんアイギス――展開!」

 虹の輝きを放つ、八面体の光壁がいくつも展開され、俺たちの周囲を乱舞する。

 一瞬、戦いを忘れてしまいそうなほど幻想的な輝きを放つ聖楯は、隙間なく完全に俺たちを覆った。

「イフリータ! お前との戦いでこれを使うのは久しぶりだな!」

「何の役にも立たないからだろう」

「だがお前は突破することが出来ない、違うか!?」

 自信たっぷりにゼアルは言い切ると、聖楯を展開したまま――。

「はぁぁぁっ!」

 突っ込んだ。

 風よりも、音よりもはやく。雷よりも苛烈に。

 一条の光となったゼアルは、体当たりでイフリータの上半身を吹き飛ばす。

「効くかぁっ!!」

 だが瞬時に再生したイフリータは、お返しとばかりにいくつもの火球を放ってくる。

 その火球を、ゼアルは避ける事をせず、むしろ自分から動いて当たりに行った。

 聖楯の表面に火球が触れた瞬間、キュインッと音が響き、映像を逆再生したかの如く、火球がイフリータへと戻っていく。

 火球たちはゼアルに傷ひとつ付けず、逆に己が主へとその牙を剥いた。

「聖楯アイギス。如何なる攻撃をも通さず、相手に弾き返す無敵の楯だ」

 守護天使ゼアルの持つ最高の守り。聖楯アイギス。

 これがあれば、ゼアル自身は何者からも傷つけられることはないだろう。だが、そんな最硬の力にも弱点はある。

 例えば、今対峙している様な、反射された炎を喰らって更なる力を得る相手――。

 爆炎が晴れ、その中から無傷のイフリータが姿を現す。

 いや、火球を受けて、より力を蓄えた様だった。

「ははっ、ゼアルぅ。こうなる事は分かっていただろう? それとも以前の様な愚行を犯すつもりか?」

「そうは……ならねえとさ!」

 ゼアルはまたも高速で突っ込んでいく。

 急制動により、俺の体を急激なGが襲うが、そんな事で弱音など吐いていられない。俺の事を信じてくれているゼアルの為にも歯を食いしばって耐える。

「限界まで私に攻撃を跳ね返し、結局は街ひとつが私に滅ぼされたのだったなぁ」

「うっせぇぇぇっ!!」

 ゼアルによってイフリータの体は幾度となく吹き消される。だがその度にイフリータの体は、より強く、熱く再生していく。

「はははっ、良いぞ。乗ってやる。魔王様のいらっしゃる所へ達するためにはちょうど火力が足らなかったのだ。これで汚らしい土の中から出して差し上げられる!」

 イフリータは笑いながら攻撃を繰り返し、返って来た攻撃を喰らい、どんどん力を増していく。

 彼女の足元に広がる大地は灼熱の溶岩と化しており、あまりの高熱により土の一部が蒸発を始めていた。

「ゼアル、いくぞ!」

 頃合だ。場は十分に温まった・・・・

 そろそろ決着をつけるべきだろう。

「ようやくか!」

 その言葉を待ち望んでいたゼアルは歓喜の混じった声を上げる。そして、その言葉を待っていたのは、ゼアルだけではない。

「待ちくたびれたぞ、人間。威勢のいいことを言っておきながらこのまま金魚の糞のようにぶら下がっているだけかと思ったぞ」

「アンタみたいに生き急いでねえだけだよ――上だっ」

「あいよっ」

 俺の言葉に従い、ゼアルは急上昇をかける。

 瞬く間にイフリータの姿は豆粒のようになってしまった。

 上空に来ても彼女の発する熱気によって生じた上昇気流が吹きつけてくる。環境すら変えうるほどの力は本当にすさまじい。

 だからこそ、それを利用できればより強い矛になる。

「その聖楯を――」

「委細承知っ!」

 ゼアルは聖楯に俺の命令を伝え、聖楯は俺たちから離れて流星のようにイフリータ――の周囲に次々と降り注ぎ、虹の尖塔を作り上げていく。

 ただし、その尖塔は中空になっており、その先端は砲口の様に開いていた。

 そこへ目掛けてゼアルと共に急降下を掛ける。

「ははっ、愚かな。一か八かの突貫か? それが貴様の策か、人間んんっ!」

 まるで牢獄の様な塔の真ん中で、魔神が嗤う。

 聖楯も無しに向かってくる俺たちを見て、己の勝利を確信したのか、それとも愚かだと嘲ったのか。

 いずれにせよ――。

「バカはそっちだ、間抜け」

 俺は待たせ続けた牙を、取り出す。

 選んだ属性は風。

≪アトモス……≫

 魔術の効果は――。

≪プレッシャー!!≫

 圧縮。

「魂ごと燃え尽きろっ。獄輪――」

 イフリータの手に炎が集い、灼熱を越え、白く輝き始める。

 もはや炎というよりは、光の塊。

 炎の魔族は、太陽すら作り出してみせたのだ。

「――クワルナフ」

 己の力に絶対の自信を持っているであろうイフリータは、光の塊を俺たちに叩きつける為か、弓を引き絞る様な構えを取る。

 そんなイフリータへ向けて、大気の壁を盾にして俺たちは突っ込んでいった。

「私の勝ちだ」

 勝利を確信したイフリータが、思わず破顔する。

 聖楯を、最硬の守りを捨てた俺たちに、イフリータの獄輪を防ぐ術はない。そして、俺の放った風の魔術如きでは、イフリータを倒せない。

 確かにそうだ。――魔術で倒すのならば。

 その現象は、俺たちが尖塔に達した時から起こり始めた。

 イフリータの周囲の温度が少し上がる。

 イフリータにとって、別段気にすることもない現象。むしろ自身に利する現象である。

 だから、捨て置いた。

 そして、それが最大にして――最期のミスとなる。

 俺たちが尖塔を突き進むにつれ、どんどん尖塔内の温度が上昇していく。獄輪に熱せられた大気が更なる熱を持ち、やがては獄輪よりも熱くなっていく。

 次第に大気そのものが光を放ち始め、全てが白一色に塗りつぶされてしまう。

 そうなっても温度の上昇は止まらない。

 5000度、6000度。太陽の温度すら生ぬるい。それを越え、万になっても更に上がり続ける。その熱は、もはやイフリータが飲み干せる温度を遥かに上回っていた。

「あ……」

 イフリータが最期に発した言葉は後悔だったのか、それとも何故、という疑問だったのか。

 全ては光に塗りつぶされて消えてしまった。

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