第46話 この戦いが終わったら、あの娘の手料理を食べるんだ

「ごめんね、ごめんね、ナオヤ。寝ぼけて噛みついちゃうなんて……」

「いや、いいんだよ。気にしないでくれ」

 アウロラが両手を合わせてペコペコと俺を拝み倒す。

 実はとても気持ち良かったので別に謝らなくてもいいよとか思っているが、もちろん口には出さない。

 場合によっては墓場まで持って行く秘密になるかもしれなかった。

「あっはっはっはっ!! 人間ってのは変な行動取るもんだなぁ。ナオヤが食い物に見えたのか?」

 その横でゼアルは他人事のようにひたすら爆笑しているのだが、その当人も寝ぼけて俺の腕を自らの服の中に突っ込んでいたのだからブーメランがぶっ刺さっているといえるだろう。

 こちらももちろん絶対に口外できない秘密なのだが。

 ところでぶっちゃけよう。どっちももっとやって欲しかった。

 俺も健全な男だ。あの瞬間ほど時間が止まってしまえばいいのにと思ったことはない。そのぐらいあの時の俺は幸福の絶頂だったと言っていいだろう。

「ナオヤ、なんでそんなに拳を握り締めてるの? もしかして痛いの我慢してる?」

「いや、何でもない。大丈夫だから」

 そう俺は誤魔化しつつ窓の外を見上げる。

 陽はかなり高く上がっており、感覚は11時程度だと告げていた。

 朝食というよりは昼食を確保しに行った方がいいだろう。

「ゼアル。昼食は食べるか?」

「あったりめーだ」

 当たり前と来たか。

 俺たちとこうやって食べ始める前は、全く食事なんかしなかったと言っていたのに、とんでもない変わりっぷりだった。

 よほど食事に味をしめたと見える。

 逆の見方をすれば、ゼアルはそれだけ人との繋がりに飢えていたのだろう。

 だからこうして俺たちとの触れ合いが楽しくて仕方がないのだ。

 本当に、可愛い守護天使様だ。

「了解。じゃあなんか貰ってくるよ」

「待ってナオヤ。今回は私が行くわ」

 アウロラは申し訳なさそうな表情でそう申し出て来る。

 彼女は他人を傷つけたりすることをあまり好まない性格であるため、今回の騒動を心から気にしているのだろう。

 ……俺としては役得でしかなかったのだが。

「じゃあ頼もうかな。アウロラの料理は美味しいし」

「マジか、そりゃあ楽しみだな」

 そんな風に言われて、アウロラの調子は少しだけ回復したのか、得意げに薄い胸を反らし始めた。

「……そ、そうね。自慢じゃないけどお料理はすっごく得意よ」

「マジか、どんだけ美味いんだ?」

「俺よりは料理が美味い」

「おぉ~」

 店で買った覚えのないキノコとか野草がたまに入っていることを除けばね。

「じゃあ、ゼアルとナオヤには特別腕を振るった美味しいお料理食べさせてあげるわ」

「おう、頼む」

「お願い」

 俺とゼアルの期待を背負ったアウロラは、嬉しそうに任せてっと言い残すと階段を下りて行った。

 恐らく王城には変な材料などないはずなので、100%期待の出来る料理が出て来るだろう。

「さて……」

 あとに残されたのは俺とゼアルの二人である。

 ならば二人でやれることをするべきで、ちょうどいいことに、この場には昨夜作ったばかりのオセロがあった。

 どちらかが勝負しようと言ったわけでもないのに、自然と二人は遊戯盤の方へと流れていく。

「うっしゃ、次こそコテンパンに打ち負かしてやんぜ」

 そう言うゼアルはまだ一度も俺に勝ったことはない。

 ただ、何千年も生きて来たことだけはあって、やるごとに強くなってきているのは確かだ。このままだとあと数戦もしない内に抜かされてしまうのではないかと危惧している。

 まあ、ゲームを楽しんでいるだけなので負けても構わないわけだが。

「お前な、そんなに遊んでていいのか? やる事とかあるんじゃないのか?」

「へっへー、何千年も結界を維持してきたオレ様を舐めるなよ。寝てても勝負してても結界ぐらい維持してやるよ」

 もはや呼吸よりも慣れ親しんだ魔法なのだろう。

 ただ気になる事がひとつ。

「それってクッソフラグ臭いんだが……」

「フラグ? なんで旗なんかが関係あるんだよ」

「あ~……何でだろうな。合図を送るのに旗を振るから?」

 ごめん、よく知らない。

 いつの間にか定着してる言葉ってあるよな。

 そんな事をだべりながら、俺らは座って対戦の準備を整える。

 今日は一日こんな風にしてゆっくりと時間が過ぎていくのではないかと思っていたら――。

「つっ!」

 急にゼアルが左側頭部を押さえて顔をしかめる。

 タイミングがタイミングなために、ゼアルがふざけただけかと思ったのだが……彼女の真剣な瞳を見て、事態が深刻であることを悟った。

「何が起こった? まさか本当に結界が破られたとかじゃ……」

 ゼアルは大陸一の国土面積を誇るこの国及び周辺諸国に存在する全ての都市に、魔族の侵入を防ぐ結界を張っている。

 人間たちが穏やかに生活していけるのは、彼女によるところが大きい。

「いや、結界は破られてない。ただ……」

「ただ?」

「結界の傍で大規模な魔法の行使があったみてえだ。その余波で結界が軋んだんだよ」

 魔法。それは魔術と違い、魔術式も呪文も要らず、この世界に自身の力を以って直接語り掛ける事で発動する技術の事だ。

 これが出来るのは、魔族と天使だけ。

 つまり、必然的に魔族の仕業という事になる。

「そこまで強い相手って事か?」

 基本的に魔術で出来る事は魔法で全て出来ると思っていい。

 威力、展開速度、柔軟性と、全てにおいて魔術を上回るのが魔法なのだ。

 ただ、ゼアルが言うには本人の資質が魔法には影響しやすく、例えば強力な炎を操れる個体は、冷気を操るのを苦手としている等があるらしい。

 ゼアルの場合は守備に大きく傾いているため、攻撃が苦手なのだという。その分、守備に関してはこの世界で一番だと自慢していたのだが。

「わりぃ、ちょっとセイラムに行ってくる」

「セイラム!?」

 それはアウロラと俺が暮らしている街の名前だ。

 そこに行くという事は、セイラムが襲撃された事になる。

 セイラムと魔族。偶然にしては出来過ぎた2つの要素が重なり、俺は激しい胸騒ぎに襲われた。

 俺は最近、セイラム付近で魔族を一体見逃したばかりなのだ。

「ゼアル。俺が着いて行くことは出来るか?」

 ゼアルの険しい顔を見れば、それが厳しい事は理解している。

 だが否定されなかったという事は……。

「出来るけどな、相当辛いぞ」

「覚悟の上だ」

 俺は正面からゼアルの瞳を見て、俺が真剣である事を伝える。

「……魔族との戦いに人間は役に立たねえよ」

「それは魔族を倒した俺に言ってるのか?」

「…………」

 彼女たちの、否、この世界の常識からすればそうなのだろう。

 しかし俺はそれを覆したことがある。その括りには縛られないはずだ。

「頼む。俺が関係あるかもしれないんだ」

「……何か知ってるのか?」

「連れていってくれたら話す」

 置いて行かれる場合でも話す予定だけど。

 俺は俺のせいで友達が傷つくなんて絶対に嫌だからな。

「……分かった。時間がない」

 そう言うと、ゼアルは俺に向かって手をかざす。

 すると俺の体に光のヴェールの様な物が幾重にも巻き付いていき、やがてその光は収まった。

 見た目には何も変わっていないように見えるが……。

「それで俺の守りがお前にかかった。それじゃあ俺に抱きつけ」

「……いいのか?」

 ゼアルは非常に露出度の高い服装をしている。しかもかなり美しい顔立ちをしているとくれば、抱き着くのはなかなかハードルが高い。

 だがそんな事を言っている暇はなさそうだった。

 まだ結界は破られていないが、それはまだというだけに過ぎない。

 いずれ破られる可能性は大いにあるのだ。

 俺は頭を振って煩悩を自分から追い出すと、

「頼む」

 短く言ってゼアルに抱き着いた。

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