第31話 敗北の味
「さて、お別れの準備は出来た?」
魔族が地面からせり上がって来ながら、意地悪くそう問いかけて来る。
自分に勝利の目が見えて来たとでも思っているのだろう。
確かに、俺たちだけが戦うのであれば、スタミナの差で振り切られてしまったかもしれない。
だが――。
「そうだな、これが終わったら何しようかって今話し合ってたところなんだ。何か良い案ないかな?」
「あ、お金はあんまりないからね。装備を整えるのに報酬前借りしちゃって……」
前借りというよりは、銀級の魔石を納入した際の報酬がまだ払われておらず、それが入ったら払うと約束を取り付けているだけだ。
とはいえ、結構な額を支払う事になったので、もしかしたら借金を背負う事になってしまうかもしれない。
この魔族を倒しても、たぶん一銭も報酬は入らないし。
「君たち、ずいぶんと余裕なんだね。状況が見えてないのかい?」
「私達が悲嘆にくれて泣き叫んでたらいいの?」
気丈に立ち向かい、面と向かって皮肉すら言ってのける。魔族よりも弱い、魔獣の名前を聞いただけでコソコソと退散していくような冒険者とは大違いだ。
……考えてみればそれが普通なのだから、元々アウロラはずいぶんといい性格をしているのかもしれない。
「状況なら見えているさ。お前が負けて終わる。だから俺たちは帰って……帰って何すんの?」
「それを今決めてるところじゃない? 多分クエストをこなさなきゃなんないってことは確かだけど」
「……働きたくないでござる」
まあ、魔術を使うの楽しいからいいんだけどね。
今も働いてるって気はしないし。
じゃあ何かと言われれば、生きるための闘争って感じだ。
「もう、ナオヤはダメね。やっぱりお姉ちゃんがきちんと面倒見てあげなきゃいけないわ」
「冗談だってば、お姉ちゃん」
なんて軽口を叩き合っていたら――カツンと固い足音が、俺たちの遮る様に響き渡った。
「体力の回復を狙っているんだろうけど、時間稼ぎはそこまでにしたら?」
「残念、魔力の回復を狙ってたのよ」
「いや、自分から暴露してどうするんだよ」
それ気付かれちゃいけない弱点だからね? しかも結構致命的な。
「いいよ、どうでも。君たちが危険な状況に変わりないからね」
言い切ると同時に、空気が変わる。
戦い始めてだいぶ時間も経っているため、いい加減決着を付けたいだろう。
「これほどまで長く戦えた人間なんて、ボクは知らない。その事だけは称賛してあげるよ」
「お前が弱いからなんてオチかもよ」
「黙れっ!」
さすがに逆鱗に触れてしまったかもしれない。
ゴミと思っていた人間がここまで抵抗し、しかも倒す気でいるのだ。プライドがあるとしたら、今頃ぐちゃぐちゃになっているだろう。
……いいぞ、もっと怒れ。怒って自分を見失え!
≪リペル・パレット≫
俺とアウロラは機先を制するため、同時に魔術を撃ち放つ。狙いは魔族の左肩。
バランスを崩した魔族は、突進などの行動は取りにくいはずだ。
俺とアウロラは互いに視線を合わせて――。
「じゃあなっ」
体を180度回転させると、脱兎のごとくその場を逃げ出した。
もはや扉の意味を為していない板を蹴り飛ばし、部屋を横切って、魔族の住処から飛び出すと――。
「待てっ! 逃げられると思うなっ!」
当然のごとく魔族は俺たちを追いかけ、突進してくる。
周囲は岩場。先ほどの戦闘によって破壊しつくされてしまった場所よりはマシとはいえ、かなり足場は悪い。
残されたわずかな体力で、この魔族の攻撃を避け続けるのは厳しいだろう。
ならどうするか……。
「ここで決着をつけてやるよ!」
俺は洞窟から姿を現した後、一直線でこちらへと向かってくる魔族に対してスマホを掲げ――。
≪グラビティ・ジェイル≫
魔族に重力の槌を叩きつける。
「またそれか、甘いんだよ!」
この魔術を受ければ魔族は地下深くへと追いやられてしまう。そうすれば、俺たちは逃げる時間を稼ぐことが出来る――などと考えて居るはずだ。
だから魔族は、あえて透過の魔法を解除して、頭上から落ちる重力の槌を敢えて体で受け止めた。
「ボクは君たちよりもよほど力が強い。耐えられないとでも思ったか!」
グラビティ・ジェイル。その名の通り、本来は巨大な魔獣の動きを止めるために開発された魔術だ。
数倍に増幅された重力は、全身に異常な荷重を加えて動きを止める。
単純に上から押さえつけられるのとはわけが違うのだ。関節、内臓など、鍛えようのない位置にも均等に圧がかかる。
うまくいけば、血管は破損して内出血を起こし、内臓は潰れて絶命に至るだろう。
とはいえ弱点もある。それは……。
「後、3歩」
射程距離が短い。
魔族はズリズリと足を引きずりながら、ゆっくりとこちらに歩いてくる。
それに対し、魔術を行使している俺は動くことが出来ない。
ただ必死に魔力をスマホに注ぎ込むしかやる事はないのだ。
もし魔術を途切れさせたら、水を得た魚よりも元気になってこちらへ突っ込んでくるだろう。
「後、2歩」
ずんっ、と地面を揺るがしながら魔族が歩を進める。
言葉の通り、あと2歩進めば、俺に腕が届くだろう。
仮面が無くなり、子どもが作った様な造形の顔が露出している魔族が嫌らしい笑みを浮かべている。
輪ゴムが太くなったの様な口が吊り上がり、汚泥を丸めた眼球が細くなる。
長かった戦いに終止符を打てると確信しているのだろう。
「選択肢を間違えたな。この魔術だと、援護も出来ないだろう?」
重力は上から下にかかる。当然、横に居るアウロラが魔術を撃ったところで地面に叩き落されてしまう。
「終わりだ」
――横から撃ったのなら。
≪モーション・オペレート≫
アウロラが、今日始めて使う魔術名を叫ぶ。
効果は、物体操作。
操るのは、アウロラが上空に投げた鉄槍。
「やぁぁぁっ」
アウロラの操作に合わせ、鉄槍は穂先を下に向け、上空から襲い掛かった。
それは俺の重力魔術により更に加速し、透過の魔術を解いている魔族を――。
「ガァァッ!」
貫いた!
鉄槍は自身を砕きながらもしつこく魔族の体に喰らいつき、その重量でヒビをこじ開け突き進む。
背中から侵入した鉄槍は、そのまま魔族の体を砕きながら胸元から顔を出し、地面に突き立った。
「次!」
アウロラが岩場に
素早くそれに手をかざし、
≪モーション・オペレート≫
次弾を装填する。
「お前が終わりだ!」
俺は最後の魔力を振り絞り、重力の魔術をかけ続ける。
魔族の体がギシギシと悲鳴を上げ、ヒビが割れて破片が地面に零れていく。
次弾に果たして耐えられるか。耐えられなくとも、槍はまだある。更なる追撃を加えられれば、いかな魔族と言えど――。
「くそっ!」
ヤバい。そう判断した魔族は、透過の魔法を起動させ――。
「今だ! シュナイドさんっ!」
この時こそ最高の瞬間。
この魔族が最も頼みにしている魔法の、最大の弱点を突ける唯一のタイミング。
俺の声が聞こえたのだろう。地面に魔力のラインが
長い時間をかけて構成された繊細かつ綿密な魔術が、セイラムのギルド一の熟練者であるシュナイドによって編みあげられていき……。
完成する。
恐らくシュナイドの持つ全ての魔力が注ぎ込まれたのではないかと思うほど膨大魔力が渦巻き、魔族へと殺到していく。
薄桃色に見える魔力は魔族のどす黒い魔力とぶつかり合って互いに喰らい合い、消滅する。
その効果は――魔法の消去。
ただし、効果の対象は透過の魔法ではない。
「地の底まで落ちていけ、クソッたれ!」
透過。つまり魔族は魔法を使っている間、足で地面を踏みしめる事が出来ない。ならば一体どうやって移動をしているのか。
答えは一つ。
――飛行魔法。
シュナイドの魔術は、その飛行魔法を消去したのだ。
とはいえ、通常ならば飛行魔法を張り直せばいいだけだが――それすらシュナイドの魔術は禁じている。
「あ……」
そのことを――自分の敗北を自覚したのだろうか。
魔族が呆然とした顔で声を発し……それが最後の言葉となった。
ガチンっと、何もない地面に鉄槍が突き刺さる。
魔族の体は俺のかけた重力魔術によって加速し、猛スピードで地球の中心へと落ちていった。
途中で透過の魔法を解除しようものなら、数万トンの土で握りつぶされてしまうだろうし、しなくとも5,000度を超えるマントルの輻射熱を耐えきることができるとは思えない。
例えそれに耐えきったとしても、今度はこの星の裏側に突き抜けて行ってしまう。下手をすれば、そのまま宇宙に放逐されるはずだ。
つまり、これで――。
「勝ったぁぁぁぁーーっ!!」
アウロラがぴょんぴょん飛び跳ねながらこちらへ近づいてきて……。
「やったやったよ、ナオヤ! 勝ったよ!」
俺の胸に飛び込んでくる。
勝利の報酬は、とても、温かかった。
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