第29話 へいへいへいビビってる!?

 当たるわけが無いとでも言いたげな余裕をもって魔族は一切その場を動かず浮かんだままだった。自分の力が持つ防御能力に、絶対の自信を持っているのだろう。

 その顔面に向けて俺の放った不可視の弾丸――リペル・バレット――が吸い込まれていき――。

「がふっ」

 俺の読み通り、ボクサーが本気で繰り出すストレート並の衝撃を、魔族の顔面に叩きつけた。

 何の防御行動も取っていなかった魔族は、予想外の衝撃に仰け反ったまま2メートルほど吹き飛ばされてしまう。

「当たった!」

 俺の隣でアウロラが歓声を上げる。

 信じていなかった、という訳ではないだろうが、俺ほど確信を得ていたわけではないのだろう。

 とはいえ俺たちは手に入れたのだ。触れる事すら出来ないと思っていた相手に打撃を与える方法を。

「アウロラ、畳みかけるぞ!」

「うん!」

 俺とアウロラは魔術を連射しながら魔族へと詰め寄っていく。

 魔族の体は魔術の連打に晒され、衝撃で右に左に揺さぶられながら、じりじりと後方に押しやられていった。

「このっ……」

 魔族が腕を上げ、初めて防御の姿勢を取る。

「いい気になるなぁっ! この程度、痛くもかゆくもないんだよぉっ!!」

 剛腕一閃。魔族にとっては単に力を籠めて腕を振るっただけなのだろう。

 だがその腕は大気を押し流し、大きな手で殴りつけられたのかと錯覚するほどの衝撃波を生む。

「確かにお前たちはボクを攻撃出来たかもしれないけどな、こんなのダメージの内に入らないんだよ」

 確かにそうだ。この魔術は透過している魔族に対して痛痒を与えられるが、同時にファイアー・バレットなどと比べれば、だいぶ威力が低い。

 ブラスト・レイすら容易に耐える魔族に対し、殴りつけた程度の衝撃では、あまりにも貧弱すぎた。

「大体、こんなのすぐに対応して――」

「ああ、それは止めた方がいいぞ。やった瞬間に俺たちの勝ちが決まる」

 リペル・バレット。その属性は斥力。

 反発力の弾丸をぶつけるため、不可視で避けにくいものの、威力と射程はファイアー・バレットなどに比べて圧倒的に劣っている。

 だが、斥力こそが魔族を捉えられる力なのだ。

「お前は確かにどんな物質でもすり抜けてしまう。でも、無意識にすり抜けていないものがいくつかあるんだ」

 そのうちの一つは光。物体に当たって反射した光が目の中に入る事で見る事ができる。つまり、見えるという事は透過していないという事でもあるのだ。

 更に、慣性や重力といった力も透過していない。

 だから斥力の弾丸は魔族を捕らえられるのだ。

 そして、そこに最大の弱点があった。

「お前がもし、重力に対しても透過してしまえば、その瞬間、お前はこの星そのものに置いて行かれてしまうんだよ」

 この星は自転しているし、更には恒星の周りをぐるぐると回っていて、その恒星も銀河の中を回転している。

 つまり俺たちは、慣性や重力の影響を受ける事で、自分たちの周りの空間ごと高速で移動し続けているのだ。

 だというのに自分の体を繋ぎとめている重力を断ち切ればどうなるか。

 重力という糸でこの星につなぎ留められていた魔族は、一瞬で置いて行かれてしまうだろう。

 そうやって放り出されてしまえば、この星に戻る事が出来るのは、何千年か、何億年か。いずれにせよ、そんな長い間何もできなくなるのであれば死と同義である。

「くっ、そんな事……」

「信じられないならやってみろよ。天秤の片方に乗っかってるのはお前の命だけどな」

 魔族の顔に緊張が浮かぶ。

 絶対的な力に守られたこの魔族は、命の危機という事など考えたことも無かったのではないだろうか。そんな魔族が、自分の命をベットするなど……出来るわけが無かった。

≪力よ・貫け 力よ・穿て リペル・ボルト!≫

 俺と魔族が会話している間に回り込んでいたアウロラが、その背中に斥力の矢をぶちかます。

「くぁぁぁっ!!」

 渾身の魔力が籠められた2重ツーサークルの魔術は、1重の魔術とは比にならないほどの破壊力を持っている。1重がボクサーのパンチだとすれば、2重はハンマーの一撃ほどはあるだろう。

「このガキィッ!!」

 たまらずアウロラを振り返って――俺に無防備な背中を晒す。

「お前は相手が二人いるってこと理解しろよ」

 俺はスマホの画面を切り替え……破城槌として利用される魔術を呼び出す。

 威力は――7重セブンサークル

 シュナイドの魔改造で、通常よりも威力アップしている代物だ。

≪デストラクション・ブロウ!≫

 魔術名を叫んだ瞬間、俺の拳に斥力場が形成される。

 それを魔族の背中に思いきり叩きつけた!

「ガァァッ!!」

 巨人が振るう拳とも錯覚してしまうほど巨大な荷重が俺の拳に集中し、魔族の体を叩き潰しただけではとどまらず、そのまま床のレンガに大きな丸い衝撃痕を作る。

 欠けたレンガの破片が飛び散って俺の体にバチバチと当たった。

 悲鳴を上げながら吹き飛んだ魔族の体は床の中へと沈み、消え去ってしまう。

 逃げた――わけではない。吹き飛ばされた結果、床を透過していっただけだ。

「任せて!」

 アウロラは即座に床に伏せると、地面にぴとっと耳を付ける。

 俺には決して真似のできない、アウロラだけの力。超常とも思えるほど研ぎ澄まされた聴覚は、隠れた魔族と言えど逃しはしない。

「11時方向に5歩、下に12歩!」

≪リペル・バレット!≫

 俺は即座にスマホの写真を切り替え、言われた通りの場所へ斥力の弾丸を叩き込む。斥力は指向性を持った力場だ。床だろうが地面だろうが、突き抜けて対象の物体へ影響を与えられる。例え魔族が地面に逃れたところで射程内であればダメージを与えられるはずだ。

 とはいえ当たったかどうか、俺には認識できないが。

「12時方向に6歩、下に13歩!」

 その後もアウロラの指示通りに打ち込んでいく。

 都合20発ほど撃ち込んだら――。

「ナオヤッ!」

 アウロラが両手両足を使って素早くその場から跳び退いた。

 その意味は――。

「邪魔なんだよっ、さっきからぁ!」

 サメ映画よろしく魔族が地面から急襲してくるも――すでにその場所にアウロラは居ない。

 入れ替わる様に俺は魔族目掛けて突っ込み――。

≪デストラクション・ブロウ!≫

 顔面目掛けて鋼鉄の門すら叩き割る斥力の拳で殴りつける。

 再び拳に打ち返された魔族は地面に沈み、姿を消す。

 しっかりと顔面を捕らえたはずだが、悲鳴は聞こえない。

「ナイス、アウロラ!」

「静かに!」

 サムズアップで称えたのに怒られてしまった。

 でも確かにここは俺が悪いので心の中で謝罪をしておく。

「向こうっ」

 耳を澄ませていたアウロラが指さしたのは、中央扉。

 そこは以前、大量の魔獣の巣と共に女性たちが何らかの処置を施されて利用されていた部屋だ。

 今は焼き払っているはずだが……。

「行こう」

 選択肢は一つしかない。

 それに狭い部屋よりも、テニスコートほどの面積を持つ部屋の方が戦いやすいはずだ。

 俺はアウロラと共に扉を押し開け――。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る