第18話 アウロラは狩人?

 アウロラの作ってくれたシチューはとても美味しく、十二分に満足のいくものであった。――買った覚えのないキノコが入っていたのだが、体に害が無かったので良しとしよう。

 というか聞いたらきっと泣いちゃうから聞けないって……。

 ただ、シュナイドはその日帰ってこず、朝起きてからも彼の姿は見えなかった。

 不思議に思いつつもシチューの残りを平らげた俺たちは、様子を伺うついでにクエストを貰おうとギルドへとやってきていた。

「……行方不明?」

「そうなんです。しばらく前からとあるパーティーとの連絡が取れなくなってしまったのですよ」

 説明してくれているのはセレナとは別の受付嬢で名前をラディと言い、金色の髪を短く揃え、頬にそばかすの残る、ややボーイッシュな感じのする女性だった。

「それでその……どんな人……たちなんですか?」

 パーティーという事を思い出し、後から達を付け加える。

「真面目な女性4人パーティーです。戦闘に関しては平均的ですが、しっかりと依頼をこなす信頼の厚い方たちなのです。それだけに連絡をしないという事は考えられなくてですね……」

「なるほど……」

 より詳しく話を聞けば、最初は商人が積み荷を残して姿を消した事が始まりで、 荒らされた形跡もなく、争った様子も見られなかった。

 そのため、商人が何らかの事故にあったという線で探索が始められたのだが、そのパーティーすら姿を消してしまい、何ともきな臭い状況になってしまったというわけだ。

「クエストの失敗はギルドの信用に関わりますからね。今多くのギルド員を導入して調べて回っています。なので……」

「俺たちにもして欲しいという訳ですね、分かりました」

 いいよな、とアウロラに視線だけで尋ねると、もちろん、とでも言いたげな表情でアウロラが強く頷き返す。

 こういうクエストをお人好しなアウロラが拒絶するはずなかった。

「ただこれは正式なクエストというわけではないのでですね。申し訳ないのですが報酬はありません。代わりといっては何ですが、今後、割のいいクエストを優先的に回すという形で相応の利益はお約束させていただきます」

 ボランティアか……。その分ギルドへの印象が良くなるって感じかな。

 懐事情は少し厳しいけれど、それがこのギルドの為になるならやる価値はある。

「分かりました。あ、消耗品をある程度融通してもらえるとかありませんか?」

「それくらいならば可能です。食料と水はこちらでご用意致しますね」

「助かります」

 貰えるのは黒パンとチーズくらいだけど、少しでも貰えるなら貰っておきたい。

 ……なんか主夫してる感覚になってきたぞ。

 アウロラにここら辺任せると、森の中の食べられる草やキノコや葉っぱとか持ってきそうなんだよなぁ。

 食べられるのかもしれないけどさ……現代っ子の俺としてはまだ抵抗が大きいよ。

「それからもっと詳しい情報とか貰えますか?」

「はい、えっとですね……」

 説明された地名などはアウロラもよく知る場所であったようで、任せてよといいつつ薄い胸板をどんっと叩いていた。

 それから探すべき対象の人相や名前などを頭に叩き込んでいく。

「それでは事故以外の何かがあったとしてもなるべく様子を確認するだけに留めて置いて、荒事は避ける様にお願いします」

「分かりました」

「銀クラスの魔獣を倒せるあなた方ならあまり心配はしておりませんが」

 そう言ってラディはニコリとほほ笑んでくれるのだが……どうやら思いきりプロのギルド員と誤解されている様な気がしてならない。

「まっかせて! 絶対その人たちを連れ帰って来るわ!」

「はい、期待しております」

 ちょっとだけ、ラディの笑顔が痛かった。




 アウロラと共にやって来たのは商人の積み荷が残されていたという街道であった。

 周囲には何もない平野が広がっており、何か事故に合う様なものや原因は全く見当たらない。

 魔物や盗賊に襲撃されたという可能性もあるだろうが、こんな見通しのいい場所でそんなものが襲って来ようものなら、それらがたどり着く前に全速力で逃げ出せるだろう。

 考えれば考えるほど謎に満ちた事件だった。

「アウロラはどう思う?」

「う~ん」

 しかつめらしい顔をしたアウロラは、しばらく悩んだ後、指先を横に向ける。

「あっちに川があるから、水を汲みに行ったとか?」

「ここから見えない位遠くの川に? 荷物を置いて?」

 積み荷には取引に使う貨幣も積んであったらしい。泥棒でなくともそんなご馳走が落ちていればムラッ気を出してしまうかもしれないのに、そんな危ない事をするだろうか。

「じゃ、じゃあ、急に甘い物が欲しくなってあの山にハチミツを取りに行ったとか」

 それはアウロラだけでしょ、と突っ込みそうになるのをぐっとこらえる。

 というか甘い物欲しくなる度にそんな事してたのか?

 ……ヤバい、不憫過ぎて涙出てきそうなんだけど。

 あ、でも聴覚だけで距離を正確にいい当てたり、鋭い空間把握能力はそうやって鍛えられたのかも。

 魔術師ってより狩人って感じの能力だもんな、アウロラの能力って。

「ねえねえ、どうかな、ナオヤ」

「あ、うん」

 俺は咳ばらいをして、逸れて変な方向に爆走してしまった思考を正す。

「甘いものが欲しかったら、街まで行ってお菓子を買えばいいと思うよ。ちょうど街まで行くんだし」

「そっかー……そうだよね。ハチさんに刺されると痛いもんね」

 そうじゃない。そうじゃないけど突っ込まないからな。

「とにかく、いきなり忽然と消えたみたいってのは確かなんだよ」

「むむぅ……」

 その後も足跡を探してみたり争った形跡などが無いか周辺を探してみたのだが、全くと言っていいほど何も見当たらなかった。

「な~んにもないねぇ」

「ないなぁ……」

 俺たちは道の真ん中で額を突き合わせて途方に暮れてしまう。

 本当に、何もないのだ。それこそどこかに消えてしまったとしか言いようがないほど忽然と。俺みたいに異世界転移でもしたか? と疑ってみたが、そんなにポンポン異世界に行っていたら今頃この世界の住人は全て消えてしまっているだろう。

「ホントに消えちゃったのかなぁ」

「こんなに何もないと……」

 いや……消える、消える。消える以外に別の可能性があるかもしれない。

 痕跡が残っていないのは、必死に地面を探しているからだ。歩いたら足跡が出来るし、戦って怪我をすれば血が落ちる。

 でも、痕跡が残らない場所に連れ出されたとしたら?

 例えば……。

 俺はそう考えながら雲一つない空を見上げたのだった。

 

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