第17話  残り香

白い壁に囲まれ、うすいピンクのベッドカバーが敷かれた可愛らしいデザインの部屋に、健太郎と奈緒は足を踏み入れた。


「柔らかそうなベッドだね。ふわふわ~!気持ちいい!」

奈緒はベッドに倒れこむと、柔らかい感触を楽しんでいた。


健太郎は、ベッドに腰かけ、正面にある大きなテレビのスイッチを押した。

海外ドラマを見ながら、これからどうしようか?と考え、胸がドキドキととめどなく高鳴っていた。

やがて、奈緒が健太郎の隣に腰かけた。

サマードレスの裾から、太ももが大きく露わになっていた。

奈緒は腕を上げ、髪を束ねると、ドレスから大きく露出した華奢な肩や背中が、まるで健太郎を誘っているかのように感じた。

健太郎は、高鳴る動悸が止まらず、思わず胸を手で押さえた。


「ど、どうしたの?健太郎くん。」

「胸の‥ドキドキが、止まらなくて。」


すると、奈緒は口を押えてクスクス笑い、健太郎にぴったりと寄り添った。

奈緒の体温が、じわっと伝わってきた。


「‥ドキドキ‥する?」


「うん、すげえドキドキする。」


「じゃあ、これは?」


奈緒は、露出した太ももを、健太郎の足の上に重ねてきた。

さらに、顔を近づけ、唇を健太郎の唇に重ね、舌を入れ、健太郎の舌に絡めてきた。


「奈緒‥大好きだ。」

「私も、健太郎くん、だーいすき。」

「俺、奈緒と一緒になりたい。」

「私も、一緒になりたい。」


すると、奈緒は唇を離し、立ち上がると、シャワールームの方向へ歩いていった。


「私、シャワー浴びてくるね。」


奈緒がシャワーを浴びている時、健太郎は歯磨きや櫛などのアメニティのおいてあるボックスに置いてある、コンドームを手に取った。

何せ、これが健太郎にとって、「初体験」である。

説明書を読み、外れないように試しに付けてみた。


「いいよ、健太郎くんもシャワー、どうぞ。」

「あ‥ははは、どうもありがとう。今行くよ。」


健太郎は、慌ててズボンを上げて、笑ってごまかしつつシャワールームへと向かった。

奈緒は、バスローブをまとい、濡れた髪をそのままにベッドに座り込んだ。

健太郎はシャワーを浴びた。

いよいよだ‥いよいよ‥俺たちは‥‥。

健太郎は、頭の中が真っ白になりそうだった。

健太郎も裸の上にバスローブを着込み、シャワー室を出て、ベッドに向かった。


「気持ち良かった?」

「うん。」


そういうと、奈緒は、しばらく何かを考えているかのような表情で、下を向いていたが、やがて、健太郎の方に顔を向け、ニコッと笑って、目を閉じ、唇を近づけてきた。

健太郎も目を閉じ、大きく深呼吸し、唇を重ね合わせた。

お互いの唇が重なり、舌が絡まり、呼吸が重なった。

奈緒は、バスローブを少しずつ脱ぎ始め、やがてバストとヒップが露わになった。


「奈緒‥俺‥自信‥‥無くて。俺にとっては初めてだから。」

「それは、私もそうだよ。だから、初めて同士、ぎこちなく、楽しみましょ。」


そう言うと、奈緒はウインクし、再び健太郎と唇を重ねた。

健太郎もバスローブを脱ぎ、やがて二人はベッドの上で体を重ね、腕をお互いの肩に絡めた。

部屋の中では、お互いの呼吸、お互いの名前を呼び合う声が、響き渡った。


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二つの体が一つに繋がったまま、枕の上、健太郎はぐったりした表情であおむけになった。

その隣で、奈緒が自分の顔を健太郎の肩のあたりにちょこんと乗せた。


「疲れた‥‥でも、気持ち良かった。」

「私もだよ。お互い初めてで、ぎこちなかったけど、気持ち良かった。」

「奈緒‥ごめんな、痛かったんじゃないか?」

「ううん。痛かったけど、全然。だって、大好きな人と一緒になれたんだもん。」


そういうと、奈緒は健太郎の体に覆いかぶさった。


「健太郎くんの体‥温かいね。」

「奈緒の体も、ね。」


奈緒はクスっと笑うと、健太郎の手に自分の手を絡め、もう片方の手で健太郎の手をゆっくりと撫で上げた。


「そろそろ、日付が変わりそうかな?奈緒、帰ろうか。」

「うん。あと3時間だもんね。」


奈緒は、布団をめくり、立ち上がると


「ねえ、健太郎くん。一緒にシャワー浴びようか?」

「え?一緒に、シャワー?」


奈緒は健太郎の手を引くと、健太郎は大きな体を起こし、二人並んでベッドからシャワールームへと向かった。

蛇口をひねると、少し生温かい水が滝のように二人に降り注いだ。

二人はお互いの体を洗い、流し終わると、やがて抱きしめあい、ずぶぬれになりながらキスを交わした。

奈緒の髪が水の重さで顔にかかると、健太郎は手でそっと髪をかき上げた。


「奈緒‥嬉しそうな顔してるな?」

「健太郎くんも‥目がニヤけてるよ。」


そう言うと、二人とも大声で笑い合った。

タオルでお互いの体を拭き合うと、二人は手を繋いで、シャワールームの外へ出た。


着替えが終わると、奈緒は長い髪をポニーテールにし、ニコッと笑い、結んだリボンと結い上げた髪をバサッと振り乱した。


「奈緒‥ポニーテールも可愛いな。」

「ありがと。ポニーテール、小さい頃から好きで、時々こんな感じで結んでるんだ。」


奈緒と健太郎は、手をつなぎ、精算を済ませ、ホテルの外へと出た。

あれほど降っていた雨が上がり、夜空には星が沢山輝いていた。


「何だよ、今頃晴れるだなんて。今日、海で泳ぎたかったなあ・・」

健太郎は、悔しそうな表情で近くにあった石を蹴った。


「でもさ、カラオケ出来たし、こうして一緒になることができたから・・私は満足してるよ。」

奈緒は、笑顔で夜空を見上げながら、つぶやいた。


車に乗ると、時計は既に10時になろうとしていた。

いよいよ、奈緒と一緒に過ごせるのは、残り2時間弱である。

しかし、あまりにもギリギリまで引き延ばすと、奈緒が衰弱して来るので、のんびりとはしていられない。

やがて、中川町の中心部が近づき、いつも二人が出会うコンビニも見えてきた。

店の外では、店長の金子が送り火を焚いていた。

暗闇の中燃え盛る送り火は、幻想的にゆらめいていた。

しかし、この火が消え去るころには、奈緒もこの世からいなくなってしまう。


「ねえ、ここで一度、降ろして。」

奈緒はそういうと、健太郎はハンドルを回し、コンビニの駐車場に停車した。

奈緒は、駆け足でコンビニ前で送り火を焚く金子の方へと走っていった。


「おじさん!こんばんは。」


「奈緒‥どうしたんだ?こんな夜中に。」


「お別れを言いに来たの。おじさんにはすごくお世話になったから。」


「‥そうか、お盆も終わりだし、元の世界に戻っていくのか?」


「うん。」


「じゃあな。元気でな。」

金子は奈緒の背中を軽く抱きしめると、奈緒はちょっと涙ぐみ、手を振って健太郎の元へと戻ってきた。


車は、県道から逸れて、暗い田舎道を進んだ。

あちこちの家で送り火が焚かれ、その灯りはまるで行先への目印であるかのように、行き先を照らしていた。

そして、車は墓場へと通じる小径の所に停まった。


「奈緒、今年もありがとう。俺、また会えるのを楽しみにしてるよ。俺‥今年で33だけど、奈緒と、いつか結ばれると思って、ここでずっと待ってるからね。」


すると奈緒は、しばらく黙り込んだ後、軽く首を振り、笑顔で健太郎の方を向いた。

「健太郎くん、ごめんね。私‥もう、この世には帰ってこないつもりなんだ。」


「はあ?ど、どういうこと?」

健太郎は、後ろから殴られたかのような衝撃の一言に、思わず声を上げて驚いた。


「今までは、この世に色々未練とか、心残りなことがあって、この時期になると迎え火を目指してこの世に下りてきた。でも、もう、今の私には思い残すことが無いからね。」

そう言うと、奈緒は、バッグから一通の手紙を取り出すと、健太郎に手渡した。


「私から、健太郎くんへの『ラブレター』。どうぞ受け取って。」

「俺に?」

「そうだよ。時間がなくて慌てて書いたから、字が汚いかもね。読みづらかったらごめんね。後で帰ってから読んでね。」


可愛らしい動物のイラスト柄の便箋に入れられた一通の手紙を、奈緒は健太郎の手の上にポンと渡した。


「奈緒、ありがとう。ラブレター、凄く嬉しいよ。でもさ、俺はまだ諦めきれないよ。というか、ついさっき結ばれたばかりじゃないか?頼む!また来年、ここに戻ってきて!な!?」


健太郎は、両手を伸ばし、奈緒の背中を思い切り抱きしめた。

奈緒は、しばらく無言だったが、少し安堵した表情で、腕を健太郎の背中に回した。


「健太郎くんの気持ち、凄く嬉しい。ずっと忘れないよ。去年の夏、今年の夏、そして、健太郎くんのことを。健太郎くんは、私にとっては、最初で最後の、ただ1人の彼氏なんだから。」


奈緒の言葉を聞くと、健太郎は肩を落とし、涙を流し嗚咽し始めた。


「奈緒と‥また一緒に釣りしたかった。海に泳ぎに行きたかった。カラオケに行きたかった。ウソだろ?もう戻らないなんて。信じろと言われても、信じられないよ!」


泣き崩れる健太郎を見て、奈緒はしばらく背中をさすり、なだめようとしたが、何か思いついたのか、健太郎からそっと腕を離すと、バッグからコスメ用のポーチを出し、その中から真っ赤な口紅を取り出した。

ポーチに入っていた鏡を覗き込みながら何度も何度も塗りたくると、ニコッと笑って、健太郎の頬にブチュッと音を立て、キスした。


「奈緒‥。」その瞬間、健太郎の頬には、口紅の香りとねっとりした感触が残った。


「あははは。すごく大きなキスマーク付けちゃった。」


奈緒は、健太郎のもう片方の頬にもキスした。その後おでこ、鼻、あご、首筋にもキスし、最後に、唇を覆いつくすように口づけした。


「奈緒‥‥ん‥ん‥。」


息もできないほどの強烈な口づけ・・奈緒はありったけの力を込めて、健太郎に口づけした。


「あははは‥口の周り、オバケのQ太郎みたいになっちゃったね。」


健太郎は、奈緒の鏡に映った自分の顔を見ると、真っ赤な口紅が顔中に付き、口の周りがまるでナポリタンを食べた後のように、真っ赤に染まっていたことに驚いた。


「奈緒‥凄く嬉しいけど、俺、これじゃ、恥ずかしくて家に帰れないじゃん。」


健太郎が恥ずかしそうに顔を押さえながら叫ぶと、奈緒は大笑いし、


「最後に健太郎くんに笑顔になってもらいたくて、いっぱいキスマーク付けちゃった。ごめんね。これ、返さなくていいから。顔を洗うのに使ってね。」


奈緒は、ハンカチを取り出し、健太郎に渡すと、


「この世に下りてきて、私、すごく楽しかった。そして幸せだった。全部、健太郎くんのお蔭だよ。ありがとう。」


と言い残し、笑顔で手を振り、少しずつ健太郎の元から離れて行った。

そして、小径の入り口に差し掛かったところで


「健太郎くん、大好き。心から大好き!全部ぜーんぶ大好き!」


と大声で叫び、投げキッスをすると、足早に小径を走り去っていった。

その姿は、去年、フラフラになって涙ながらに去っていったのとは違い、終始笑顔で、足取りもしっかりしていた。

やがて、奈緒の影は、闇にまぎれて全く見えなくなってしまった。


ひとり取り残された健太郎の顔中には、無数に残された奈緒の口紅の跡と化粧の香り、そして奈緒のコロンの香りが体中を包み込んでいた。

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