第16話 雨の日のデート

お盆最後の日。健太郎は朝早くから髪を整え、身なりを整え、奈緒とのデートに出発した。

今年、奈緒に会えるのはこれが最後になる。

健太郎は、幸次郎から借りた車高の低いスカイラインのエンジンをかけた。

その瞬間、耳をつんざくような大爆音が響き、車体が震え上がり、何とも生きた心地がしない。

おまけに、幸次郎から貸してもらったアロハシャツは、黒地に龍のイラストが施されており、はた目から見たら柄が悪いとしか言いようがない。

去年借りたアロハシャツも派手だったが、今回はそれに輪をかけて柄が悪い。

会った瞬間から奈緒にドン引きされそうで怖いが、奈緒とデートできるのはこの日が最後となるので、格好を気にして後に引くわけにもいかない。


車は、二人がいつも待ち合わせするコンビニの前に停車した。

すると、店の陰から、ぴょんと飛び出すように奈緒が姿を現した。

奈緒は、つばの広い麦藁帽子をかぶり、白地に色とりどりの花柄をあしらったサマードレス姿だった。肩紐を首の後ろで結ぶデザインで、華奢な背中を半分近くまで露出し、おまけに丈が短いので、すこしかがむと、下着が見えてしまいそうだった。


「奈緒‥今日の洋服、刺激強くねえか?」


健太郎は、赤面して真正面から奈緒を見れなかった。


「フフフ‥今日は最後のデートだもん。だから私、お気に入りの「勝負服」で来たの。いつもよりちょっと刺激強いかもね?」


奈緒は満面の笑みでスカイラインの助手席に座った。

椅子に座ると奈緒の太ももが半分以上見えてしまい、運転に集中できないので、健太郎は真正面を見据えながらハンドルを握った。


「健太郎くんも、カッコいいアロハ着てるじゃん。今日は健太郎くんも、勝負服で来たんだ?」


「勝負服?まさか、こんなの俺の趣味じゃないよ。この車もな。全部弟の持ち物だからね、あらかじめ言っておくけど。」


「何で隠そうとしてるの?似合ってるのになあ。さ、出発しんこーう!」

奈緒は片手を突き上げると、健太郎はエンジンをかけ、マフラーの大爆音が車内に響き渡った。


「わあ~‥怖い!カッコいいけど、私にはちょっと怖いかも。去年も同じ車だったよね、この音は何とかならないの?」


奈緒は、耳を押さえながら健太郎をちょっと睨みつけた。


「悪い‥とりあえず、今日は我慢して。今度、ちゃんと自分の車を買うから。」

健太郎は、決まりの悪い顔でアクセルを踏み、ハンドルを回した。


出発した時は真っ青な夏空が広がっていたものの、車を美根浜へ向かって走らせているうちに、次第に黒い雲が空を覆いつくしてきた。

そして、海が眼下に見えてきた時には、ポツポツと雨が降りだしてきた。


「え~ん‥この天気じゃ、泳げないよ。折角水着用意してきたのに。」


奈緒は、ガッカリした顔で窓の外を見つめていた。

海辺にいた海水浴客も、徐々に車に戻り、帰る支度を始めていた。


「奈緒、泳げないのは残念だけど、せっかく来たんだし、永遠の鐘まで歩いていこ

うか。」

「うん。」


車を駐車場に停めると、二人は車を降り、雨に濡れながらも砂浜を歩き、名所である「永遠の鐘」にたどり着いた。

県内外からカップルが押し寄せる場所であり、去年来た時には、何分も並んでやっと鳴らすことが出来た。

しかし、この日は待つこともなく、そして後ろに待つ人を気にすることもなく、心行くまで鳴らすことが出来た。

二人で一緒に、鐘に繋がる紐を引くと、カランカラン‥と、鐘の音が雨雲の広がる海に響き渡った。


「また、二人でこの鐘を鳴らすことができたね。」

「うん‥‥そうだね。」


健太郎がそう言うと、奈緒はニコッと笑ったが、気のせいか、どこか浮かない顔をしていた。

紐を引く奈緒の表情に、去年見せてくれたような満面の笑みがなかった。


「ねえ、もう行こうよ、さっきより雨が強くなってきたよ。車に戻りましょ。」

奈緒に急かされると、健太郎は一歩ずつ歩き始めた。

雨で服が濡れていたが、健太郎に腕を絡めて、寄り添ってくる奈緒の体温が服を通して伝わってきて、それほど寒さを感じなかった。

奈緒の吐息、奈緒のぬくもり、奈緒の顔・・健太郎には、すべてがいとおしく感じた。


やがて二人は車に乗り込むと、奈緒はタオルで自分の髪や服を拭い、その後、そのタオルを健太郎に渡した。


「健太郎くん、全身ずぶぬれだよ。ちゃんと拭かないと風邪ひいちゃう。」

「ああ‥す、すまねえ。」


健太郎はタオルで髪や服を拭い、最後に顔を拭いた。


「ごめんな。はい、タオル‥。」

「ありがと。でも、なんかつまんないね。折角ここまで来たのに。」


奈緒は寂しそうな表情で、窓の外を眺めていた。

その時、何か気になるものを見つけたようで、健太郎の肩を叩きながら指さした。


「ねえ、あそこに『カラオケボックス「うなぎいぬ」』って看板がある!健太郎くん、カラオケしない?」

「カラオケ?いいけど‥俺、歌うの久しぶりだな。めったにカラオケ行かないし。」

「そんなの私も一緒だよ。さ、行こ行こ!」


健太郎はカラオケボックスの前に車を停めた。

この日は、健太郎たちと同じように、海水浴を諦めたであろうグループやカップルが沢山押し寄せたようで、中に入ると順番待ちを言い渡された。

10分程度待つと、呼び出しがかかり、奥の4~5人入れる程度の小さな部屋に案内された。


「小さい部屋だね。でも、俺たちからすれば、この広さで充分かな?。」

「そうだね。さ、何を歌おかな~。」


奈緒は、早速選曲ブックをめくり、機械に番号を打ち込んでいた。


「は‥早くねえか?もう決まったのか?」


モニターの画面には、yuiの『CHE,R,RY』という表示が現れた。

奈緒は立ち上がり、ドレスを揺らしながらマイクを両手で持ち、にこやかに唄いだした。


『恋しちゃったんだ~たぶん~気づいてないでしょう~♪』


今も時々耳にするが、もう12年も前の曲であり、若い子がこの歌をカラオケで唄うのはあまり見かけない。

奈緒にとっては、最新のヒット曲なのかもしれないけど。

ただ、この曲のポップな曲調が、奈緒の高音でキュートな声色に見事にマッチしていた。


「はあ~唄い終わった~‥‥さあ、次は健太郎くんだよ。何唄うのかなあ~楽しみだなあ。」


健太郎は、お気に入りの星野源の『恋』を選曲した。

合コンで若い女の子にもウケるよう、振り付けもしっかりマスターしているつもりである。

早速、奈緒の前で振り付けを入れながらこの歌を熱唱したが、奈緒はしらけ切った顔でじっと聞いていた。


「あれ?つまらなかった?」

「うん。というか、誰の曲?これ。」

「星野源さんの曲だよ。この振り付けも凄く流行ったんだよ。」

「星野・・ゲン?どこのゲンさん?」


奈緒の知る世界が10年前でストップしていることは承知しているといえ、自分の十八番をしらけた表情で終始見られるのは、正直寂しいものがあった。

それならば‥‥と、健太郎は、10年前、学生時代に良く唄っていた『羞恥心』を熱唱した。

すると、奈緒は隣で手拍子しながら大いに盛り上がり。サビの部分は一緒に合唱していた。

そして、奈緒はかねてから自分の大好きな曲だと公言していた、アンジェラ・アキの『手紙~拝啓・15の君へ』を唄い始めた。


『拝啓、この手紙を読んでるあなたは~どこでなにをしているのだろう~』


普段は高めのトーンの声の奈緒だが、この曲は少し低めのトーンでゆったりと歌い上げた。


『いま、負けそうで、泣きそうで、消えてしまいそうなぼくは~ 誰の言葉を信じあるけばいいの~ ああ 負けないで 泣かないで 消えてしまいそうなときは 自分の声を信じ歩けばいいの』


唄っている時の奈緒は、いつものほんわかした笑顔でなく、真剣なまなざしで、何かに対し自分の気持ちをぶつけているように感じた。


『拝啓 このてがみを~読んでるきみが~しあわせなことをいのります~』


唄い終わると、奈緒は安堵した表情で笑みを浮かべると、機械に備え付けられているもう1本のマイクを引き抜き、健太郎に渡した。


「ねえ、最後に‥1曲デュエットしようか?」

奈緒は、選曲ブックをめくると、健太郎の知らぬ間に予約を完了させてしまった。


「私たちの合唱部の十八番といえば、この曲だったよね。」


奈緒がそう言うと、モニターには、赤い鳥の『翼をください』の文字が浮かび上がった。


「わあ~、な、懐かしい!あの頃、よく練習したなこの曲。」


「合唱部の時のパートで歌おうよ。健太郎くんはテナーやって。私はソプラノで、高音の部分歌うから。」


合唱部で練習した時のように、二人でそれぞれのパートを別々に歌いあげた。


『いま~わたしの~ねが~いごとが~かなうならば~つばさ~がほしい~』


奈緒は、透き通った声で、トーンを上げながら歌いだしの部分を唄った。


『こど~も~のとき~ゆめ~みたこと~いまもお~おなじ~ゆめ~にみ~てい~る~…』

健太郎は次の部分を、トーンを下げ、ゆっくり、そして重々しく唄った。


『このおおぞらに~つばさを広げ~飛んでいきたいよ~‥悲しみのない~自由な空へ、翼はためかせ~行きたい~。』


最後のサビの部分は、二人で声を重ねて高音と低音のハーモニーを奏でながら唄った。

その時、健太郎は10数年前の合唱部の練習風景が目の前に蘇った。

普段は、パートに別れて練習するものの、週2回程度、ソプラノとテナーが合同で音合わせを行った。

奈緒と健太郎は違うバートなので、顔を合わす時間は短かったが、音合わせの時間帯、二人は、同じ練習室の中にいた。


無事歌い終えると、奈緒は感極まったの表情を見せた。


「この曲を、また一緒に歌える時が来るなんて、夢にも思わなかった。合唱部の素敵な思い出がよみがえって、すごく嬉しかった。」


奈緒はハンカチで目頭を押さえ、しばらく静寂が室内を包んだ。


「私の夢を叶えてくれてありがとう。」


奈緒は一言そういうと、健太郎の手をとった。


「ねえ、健太郎くん‥今日、もう1か所だけ、一緒に行ってほしい場所があるんだ。」


「え‥どこ?」


「ここに来るまでの間、見た限りだと、確か中川への帰り道の途中にあったと思う。その場所が近くなったら、教えるから。」


「??」


健太郎は精算を済ませると、奈緒と共に車に乗り込んだ。

バケツをひっくり返したかのような大雨が、フロントガラスを叩きつけるように降り続く中、健太郎は中川へと続く県道をひた走った。

峠を越え、『中川町』の標識が見えると、坂の真下に塀で囲まれた建物が姿を現した。


「あ、ここだよ、健太郎くん。ここで‥‥停まってくれる?」

「奈緒‥お前、ここって‥‥」


奈緒が指さしたのは、『ホテル アンタッチャブル』という名前の、西洋風の城壁に囲まれた大きなモーテルだった。

町で唯一のモーテルであり、長距離トラックの運転手が休むため利用することもあるが、利用者のほとんどが、地元のカップルである。


「‥一緒に、行ってくれる?健太郎くん。」


「‥本当に、いいのか?」


「うん。さ、早く。」


健太郎は、入り口まで車で乗り付けると、奈緒は車から降り、雨の中そそくさと受付棟に歩き去っていった。

健太郎は、緊張した表情で奈緒の後を追っていった。

生まれてから32年間、ずっと彼女が居なかった健太郎。

そんな健太郎にも、ようやく、お盆の「期間限定」ではあるものの、奈緒という彼女ができた。

そして、二人が本当の意味で結ばれる瞬間がついに訪れた。

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