第4話  盆踊りの夜

15日、健太郎は、朝から弟の幸次郎とともに、町の中央にある町民グラウンドに向かい、町の夏祭りの準備をしていた。

朝早くから、建設業者がグラウンドの中央部に櫓を建てていた。

沢山の提灯を付けた電線を、櫓からグラウンドの四隅にまでつなげる作業や、物販ブースや本部のテントを立てるのは、町の青年たちの役割である。

青年‥といっても、この町も他の田舎町と同様、20代から30代の若者は都会に流出し、町に残った若者はごくわずかであり、40代から、50代の前半位までも「青年」に位置付けられ、青年会や消防団などを担っているのが現実である。

だからこそ、盆休みにきちんと毎年帰省する健太郎は、町の一大イベントである夏祭りの貴重な労働力になっていた。


「暑い‥し、死にそうだ。」

普段はめったに運動も肉体労働もしない健太郎は、炎天下での長時間の作業で心身ともに限界であった。


「しょうがないよ兄貴、若いやつらはほとんどこの町に居ないし、居ても都合をつtけて出てこなかったりするし。俺たちが涙をのんでやるしかないんだよ。」

幸次郎は、汗をぬぐいながら、仕方ないだろう?と言いたげな表情で話した。


「しょうがないといえ、何でこの町に住んでいない俺に?もうこんなことが続くなら、盆に帰ってこねえぞ。」

健太郎は、ぶぜんとした表情で作業の手を動かしていた。


「まあまあ、そういわずにさ。このイベントを楽しみに帰ってくる人達はいっぱいいるんだから。誰かが喜んでいると思えば、苦にならないと思うよ。まあ、これでも飲んで、一息ついたらまたがんばろうぜ。」

幸次郎は、ポケットからミニサイズのペットボトルを取り出すと、健太郎に投げて渡した。


「はあ‥‥生き返る。しかし、盆踊り、俺自身はそんなに楽しいとは思えないけどなあ。」

健太郎は、ペットボトルのスポーツドリンクを一気に飲み干すと、イマイチ納得いかないと思いつつも、何も言わず、作業を再開した。


夕方、準備が完了し、いよいよ夏祭りがスタート。

町長の挨拶が終わると、お囃子の人達が櫓の上に登り、笛と太鼓でリズミカルな音頭を演奏し始めた。

最初はパラパラと来ていた客は、徐々に櫓の周りに集まり始め、いつのまにか、大きな踊りの輪が出来上がっていた。


祭りの最中、健太郎は場内の見回りと、駐車場の整理を担当していた。

来場する客は、ほとんどがずっとこの町に住んでいる人達であるが、健太郎のように久しぶり帰省してきた人達の顔もあった。


「よう、おまえ、健太郎か?高校以来だなあ。元気か?」

笑顔で気軽に声をかけてくれる元同級生もいた。


そんな中、人ごみにまぎれて、黒地にアジサイの絵が入った浴衣をまとった長身の女性が、一人ぽつんと会場の入り口辺りに立ちすくんでいるのを見かけた。

髪をアップにしているが、その表情や体型は、奈緒に違いなかった。


「あれ、奈緒さん?」


「あ‥健太郎さん!?」

奈緒は、目を大きく見開くと、軽く手を振って、健太郎の元へと駆け寄ってきた。


「健太郎さんが盆踊りのお手伝いをしてるって聞いたから、気になって来てみたの。最初、場所がわかんなくて、みんなが歩いていく方向についてきたら、何とかたどり着いたの。」


「あはは‥ごめんね、昨日、場所をちゃんと教えなかったね。でも、わざわざここまで来てくれてありがとう。あれ、ご家族は?友人とかと一緒に来なかったの?」


「一人で来ちゃ、ダメなの?」


「ち、ちがう。でも、この祭りに来る人たちって、みんな家族とか親戚とか、友達連れで来てるからさ。」


奈緒は健太郎の言葉を聞くと、ちょっとうつむき、悲しそうな表情になった。


「じゃあ、一緒に見て歩こうか?ただし、祭りの見回りとかの仕事しながら、だから、ずっと一緒というわけにはいかないけど、良いかな?」


「うん!」

奈緒は突然、ニコッと笑って、先日のコンビニからの帰り道と同じように、健太郎の手が触れる位の距離で並び、一緒に歩いた。


「なんか照れるな。」


「どうして?」奈緒は、不思議そうに、健太郎の顔を見つめた。


「だってさ‥俺たち出会ってまだ2日しかたってないじゃん。なのに、こんな至近距離で。周りに誤解されそうで‥。」


「どういう、誤解?」奈緒はますます訝しがった。


「ほら、何ていうのかな。彼氏と‥彼女の間柄っていうのかな。」

健太郎は、奈緒から目を逸らし、咳ばらいをしながら答えた。


「ダメなの?どうして?私たち、彼氏と彼女じゃ、ダメ?」


健太郎は、不意を討たれたかのような奈緒の言葉に、思わず体がビクッとした。


「だってさ、昨日の夜、ちょっと一緒に、コンビニから家まで歩いただけじゃん?」


「それだけじゃダメなの?私は、そんなの関係ねえ!と思ってるよ。」

そういうと奈緒は、かつて流行したギャグの振り付けを真似て、何度も地面に向かって拳を下ろし、最後に体を右に傾けながら


「はい、オッパッピー。」


と言って、ニコッと微笑んだ。

健太郎は苦笑いしつつ、


「は‥ははは…ギャグはともかく、気持ちはすごく、嬉しいよ。」


その言葉を聞いて、奈緒は満面の笑みを浮かべ


「嬉しい!健太郎さん。私もその言葉、すごく嬉しいよ。」


そう言って、健太郎の腕に自分の腕を絡ませた。


「え‥ええ?」


奈緒の突拍子もない行動に、健太郎は驚き、しばらく体が固まってしまった。

盆踊りのお囃子のリズムに身を任せ、踊っていた人達からも、二人に対し視線が注がれた。


「あれ?兄貴‥彼女なんて、居たんだっけ?」

ちょうど備品の運搬のため通りすがった幸次郎が、奈緒と腕を絡めて呆然と立ち尽くす健太郎の姿を見かけ、驚いた。


「ち、違うんだよ幸次郎、これは、何というか‥その。」

我に返った健太郎が、幸次郎の視線を感じ、慌てて首を振って否定した。


「良かったじゃん。おふくろ、凄く喜ぶよ。これでもうお見合いもしなくて済むし、一件落着じゃない?」

そういうと、幸次郎は親指を立ててニコっと笑った。


「あ、あのなあ‥ちょっと‥これは‥何かの間違いだと思うんだ。」


「え?間違い?何よそれ‥」

奈緒からの冷たい視線が健太郎に注がれた。


「な、何でもないよ。」


「そう、ならば良かった。」


そう言うと、奈緒は再び笑顔を取り戻し、腕を絡めたまま歩き出した。

えくぼが可愛いキュートな笑顔、甘く漂うコロンの香り‥‥健太郎の気持ちは、どんどん奈緒に引き寄せられていくように感じた。


「おい、健太郎、そろそろ盆踊りが終わる時間だぞ。片づけ始まるから手伝えよ。」

役員から声がかかると、健太郎は奈緒から手を離し、いそいそと櫓の方へ足を進めた。


「え?行っちゃうの?せっかくいい雰囲気だったのに。」

奈緒は、ちょっぴり悲しい顔を見せた。


「ま、待っててくれよ。俺、今日は手伝い要員でここにいるんだからさ。」


「じゃあ。隅っこの方で待ってるね。終わったらまた戻ってきてね。」

奈緒はふくれっ面で、ブツブツ言いながらも、木陰の方へとスタスタ歩いていった。


健太郎が櫓を片付けている最中、奈緒はずーっと携帯電話を見ていた。

昔の携帯電話だから、iモードでインターネットを見ているのだろうか?

そして、時折、作業を続ける健太郎に目配せし、その様子をしばらく見つめていた。


時計の針が10時を指した時、やっと作業が終わった。


健太郎は、あくびをしながら、奈緒の所へと駆け寄った。


「ふぁ~‥やっと終わったよ、奈緒さん。さ、遅い時間だし、そろそろ帰ろうか。近くまで送っていくよ‥‥あれ?」


奈緒は、木陰でしゃがみこみ、目を閉じてしばらく居眠りをしていたようだった。


「奈緒さん‥寝てたの?」


健太郎の言葉で、奈緒はやっと目を覚ました。


「あ。私、寝ちゃったのかな?」


「そういう‥ことかな。」


「あはは‥ごめんね。私だけ寝ちゃって。」


「いいんだよ。作業が予定より時間がかかっちゃったのが悪い。さ、今日はもう帰ろう。」

健太郎の言葉に、奈緒はニコッと笑って頷いた。


わずか目先の建物でさえ見えなくなるほどの暗い闇の中、古い街灯が照らす細い道を、集落へ向かって歩く二人。

響き渡るのは、奈緒の下駄の音と、二人の笑い声。

健太郎の手が触れそうな場所に、奈緒の手があった。

そして、奈緒の手は、いつの間にか、健太郎の手に触れ、指をそっと握りしめていた。


「奈緒‥さん?」


健太郎は、奈緒の手のぬくもりが自分の手に伝わると、胸が段々高鳴り始めた。

健太郎の胸の高鳴りが、つないだ手を伝わって奈緒にも伝わったのか、奈緒はクスクスと笑って


「健太郎さんって、ウブね。私の手を握って、ドキドキしてるなんて。」


「ウブ‥?俺が?まさか。何言ってんだよ。」


「だって、手を握って、ドキドキしてるんでしょ?分かるよ、あなたの手から、胸が高鳴る音が伝わってくるもの。」


「ドキドキしちゃ、ダメなのか?」


健太郎は、照れ隠しに、奈緒から目を逸らし、夜空を見上げながらつぶやいた。


「ううん。ダメじゃないよ。というか、素直でいいと思うよ。」


奈緒は、にこやかに答えた。


「‥‥俺、恥ずかしい話だけどさ。今年で32歳になったんだけど、まだ結婚してないし、それどころか、彼女らしい彼女も出来たことないんだ。」


健太郎のつぶやきに、奈緒は驚きの表情を見せた。


「や‥やっぱり、おかしいよ、な。奈緒さんも、そう思うよな。」


「ううん。そんなことないよ。」

奈緒は、健太郎の言葉に驚きつつも、にこやかな表情で答えた。


「じゃあさ‥私で、良かったら、お付き合い、してくれる?」


奈緒の言葉に、健太郎の全身に電撃が走った。


「い、いいのか?こんな‥イケメンでもない、ブツブツ顔の、モジャモジャ頭の、話もそんなに面白くない、しがないサラリーマンでも。」


「私は全然、気にならないよ。私は健太郎さんのありのままが、好きだもん。」

奈緒は、さらりと答えた。


「ありがとう‥何というか、嬉しいというか。」

健太郎は、奈緒の言葉を信じ、32年生きてきて、ついに、彼女と呼べる存在に出会えたことに、ただ感動していた。


「ただ‥」


「え?」

奈緒から発せられた、突然の思い留まるような言葉に、健太郎は一瞬耳を疑った。


「明日までのお付き合いに‥なっちゃうけどね。」

奈緒は、そういうとニコッと笑って、健太郎の額を指さした。


「はあ?あ‥あした?」

健太郎は、「明日」という一言に、それまでの高揚感が一気にそぎ落とされた。


「あ、今日はもう遅い時間だし、帰るね。明日の朝、昨日私たちが出会ったコンビニに、来てくれる?」


「うん。いいけど‥明日までって、どういうこと?」

健太郎には、『明日まで』という言葉が、どうしても引っかかってしょうがなかった。


「それは聞かないで。あまり聞かない方がいいと思うし‥その理由は話したくないから。」


奈緒は、それだけ言うと、黙りこくってしまったが、しばらくして、健太郎の方を振り向き、何事も無かったかのように語りかけた。


「とりあえず、明日までなんだ。だからさ‥明日は2人で一緒にお出かけしようよ。私、ドライブに行きたいな。海とか行きたいかも。」


「海?ドライブ?」

奈緒は、健太郎の疑問には答えず、明日のお出かけをどうするか?位のことしか語らなかった。


「じゃあね。バイバイ!」


奈緒は、昨日二人が最後に別れた、石垣に囲まれた暗い小径へと走り去っていった。

下駄のカラコロ音を響かせながら‥。

健太郎は、下駄の音を聞きながら、あまりにも急な展開に何をすることもできず、ただその場でボーっと立ち尽くしていた。

しかし、しばらくすると、徐々に現実に引き戻されてきたようで、明日、奈緒とドライブデートするにあたって、色々な物が無いことに気づいた。

健太郎は慌ててスマートフォンをポケットから取り出し、幸次郎に電話した。


「もしもし幸次郎?俺だよ、健太郎だよ。あのさ‥明日、お前の車、貸してくれ。それから、デートに着ていくカッコいい服が無いから、それも貸してくれ。あ、それから、水着もだ!大至急だぞ、頼むよ~!」

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