第4話  盆踊りの夜

 八月十五日、健太郎は、朝から弟の幸次郎とともに、町の中央にある町民グラウンドに向かい、町の夏祭りの準備をしていた。

 朝早くから、建設業者がグラウンドの中央部に櫓を建てていた。

沢山の提灯を付けた電線を、櫓からグラウンドの四隅にまでつなげる作業や、物販ブースや本部のテントを立てるのは、町の青年たちの役割である。

 青年といっても、二十代から三十代の若者は都会に流出して町に残った若者はごくわずかであり、四十代から五十代の前半位までも「青年」に位置付けられ、青年会や消防団などを担っているのが現実である。

 だからこそ、盆休みにきちんと毎年帰省する健太郎は、町の一大イベントである夏祭りの貴重な労働力になっていた。


「暑い……し、死にそうだ」


 普段はめったに運動も肉体労働もしない健太郎は、炎天下での長時間の作業で心身ともに限界であった。


「しょうがないよ兄貴、若いやつらはほとんどこの町に居ないし、居ても都合をつけて出てこなかったりするし。俺たちが涙をのんでやるしかないんだよ」


 幸次郎は、汗をぬぐいながら、仕方ないだろう?と言いたげな表情で話した。


「しょうがないといえ、何でこの町に住んでいない俺に?もうこんなことが続くなら、盆に帰ってこねえぞ」


 健太郎は、ぶぜんとした表情で作業の手を動かしていた。


「まあまあ、そういわずにさ。このイベントを楽しみに帰ってくる人達はいっぱいいるんだから。誰かが喜んでいると思えば、苦にならないと思うよ」


 健太郎は、イマイチ納得いかないと思いつつも、何も言わず、作業を再開した。


 夕方、準備が完了し、いよいよ夏祭りがスタートした。町長の挨拶が終わると、お囃子の人達が櫓の上に登り、笛と太鼓でリズミカルな音頭を演奏し始めた。最初はパラパラと来ていた客は、徐々に櫓の周りに集まり始め、いつのまにか、大きな踊りの輪が出来上がっていた。

 祭りの最中、健太郎は場内の見回りと、駐車場の整理を担当していた。

 来場する客は、ほとんどがずっとこの町に住んでいる人達であるが、健太郎のように久しぶり帰省してきた人達の顔もあった。


「よう、健太郎か?高校以来だなあ。元気か?」

 

 笑顔で気軽に声をかけてくれる元同級生もいた。

 そんな中、人ごみにまぎれて、黒地にアジサイの絵が入った浴衣をまとった長身の女性が、一人ぽつんと会場の入り口辺りに立ちすくんでいるのを見かけた。

 髪をアップにしているが、その表情や体型は、奈緒に違いなかった。


「あれ、奈緒さん?」

「健太郎さん!?」

 

 奈緒は、目を大きく見開くと、軽く手を振って、健太郎の元へと駆け寄ってきた。


「健太郎さんが盆踊りのお手伝いをしてるって聞いたから、気になって来てみたの。最初、場所がわかんなくて、みんなが歩いていく方向についてきたら、何とかたどり着いたの」

「ごめんね、昨日、場所をちゃんと教えなかったね。でも、わざわざここまで来てくれてありがとう。あれ、ご家族は?友人とかと一緒に来なかったの?」

「一人で来ちゃ、ダメなの?」

「ち、ちがう。この祭りに来る人たちって、みんな家族とか親戚とか友達連れで来てるからさ」


 奈緒は健太郎の言葉を聞くと、ちょっとうつむき、悲しそうな表情になった。


「じゃあ、一緒に見て歩こうか?ただし、祭りの見回りとかの仕事しながらだから、ずっと一緒というわけにはいかないけど、良いかな?」

「うん!」


 奈緒は突然、ニコッと笑って、先日のコンビニからの帰り道と同じように、健太郎の手が触れる位の距離で並び、一緒に歩いた。


「なんだか照れるな」

「どうして?」

 

 奈緒は、不思議そうに、健太郎の顔を見つめた。


「だってさ、俺たち出会ってまだ二日しかたってないじゃん。なのに、こんな至近距離で。周りに誤解されそうだよ」

「どういう誤解?」

 

 奈緒はますます訝しがった。


「ほら、何ていうのかな。彼氏と彼女の間柄、っていうのかな」

 

 健太郎は奈緒から目を逸らし、咳ばらいをしながら答えた。


「ダメなの?どうして?私たち、彼氏と彼女じゃ、ダメ?」

 

 健太郎は、不意を討たれたかのような奈緒の言葉に、思わず体がビクッとした。


「だってさ、昨日の夜、ちょっと一緒に、コンビニから家まで歩いただけじゃん?」

「それだけじゃダメなの?私は『そんなの関係ねえ!』と思ってるよ!」

 

 そういうと奈緒は、かつて流行したギャグの振り付けを真似て、何度も地面に向かって拳を下ろし、最後に体を右に傾けながら「はい、オッパッピー」と言って、ニコッと微笑んだ。


「ははは……ギャグはともかく、気持ちはすごく、嬉しいよ」


 その言葉を聞いて、奈緒は満面の笑みを浮かべ、健太郎の腕に自分の腕を絡ませた。奈緒の突拍子もない行動に、健太郎は驚き、しばらく体が固まってしまった。

 盆踊りのお囃子のリズムに身を任せ、踊っていた人達からも、二人に対し視線が注がれた。


「あれ?兄貴に彼女なんて、居たんだっけ?」

 

 ちょうど備品の運搬のため通りすがった幸次郎が、奈緒と腕を絡めて呆然と立ち尽くす健太郎の姿を見かけ、驚いた。


「ち、違うんだよ幸次郎。これは、何というか、その~」


 我に返った健太郎が、幸次郎の視線を感じ、慌てて首を振って否定した。


「良かったじゃん。おふくろ、凄く喜ぶよ。これでもうお見合いもしなくて済むし、一件落着じゃない?」


 そういうと、幸次郎は親指を立ててニコっと笑った。


「あ、あのなあ!ちょっとこれは、何かの間違いだと思うんだ」

「え?間違い?何よそれ」


 奈緒からの冷たい視線が健太郎に注がれた。


「な、何でもないよ」

「そう、ならば良かった」


 そう言うと、奈緒は再び笑顔を取り戻し、腕を絡めたまま歩き出した。

 えくぼが可愛いキュートな笑顔、甘く漂うコロンの香り……健太郎の気持ちは、どんどん奈緒に引き寄せられていくように感じた。


「おい、健太郎、そろそろ盆踊りが終わる時間だぞ。片づけ始まるから手伝えよ」

 

 役員から声がかかると、健太郎は奈緒から手を離し、いそいそと櫓の方へ足を進めた。


「え?行っちゃうの?せっかくいい雰囲気だったのにぃ」

 

 奈緒は、ちょっぴり悲しい顔を見せた。


「ま、待っててくれよ。俺、今日は手伝い要員でここにいるんだからさ」

「じゃあ。隅っこの方で待ってるね。終わったらまた戻ってきてね」

 

 奈緒はブツブツ言いながらも、木陰の方へとスタスタ歩いていった。

 健太郎が櫓を片付けている最中、奈緒はずーっと携帯電話を見ていた。そして、時折、作業を続ける健太郎に目配せし、その様子をしばらく見つめていた。

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