第7話 それぞれの夢、それぞれの願い
「この戦いを勝ち抜けは私達の勝利が見える……か」
同時刻、食堂で保志の手伝いとして食器洗いをしている紀子は些か不安を見せていた。
「……心配かな? 紀子」
厨房で保志と共に夕食の準備を手伝う紀子は彼に尋ねられ、苦笑いしながら答える。
「心配はないけど、皆で生き残れるかは考えちゃうわね」
「自分にとって親しい人が命を落とすかもしれないのが怖いって、そういうことだね?」
そんな紀子の心中を察した保志は、そこから先に紀子が言おうとしていたことを先回りして言った。それに対しての紀子は首を縦に振って答えた。
「ここまで大規模な戦いになるのは、去年の東京襲撃以来だわ。それに今回は私達の方が悪の権化って扱いだし、それに怯えてしまう人がいるんじゃないかって心配なのよ」
「大丈夫だよ。新戦組に弱い人はいないよ。それはこの7年間ここで働いた僕が保証するし、何より紀子が一番分かってるでしょ?」
「勿論よ。でもありがとう、保志さん。ちょっとネガティブになってたみたいね」
保志の励ましに自信を得た紀子は彼に感謝の意を述べた。
「紀子先生」
その直後に食堂に入ってきたのは鋭子だった。
「鋭子ちゃん。今日はずいぶん遅かったわね」
「すこしばかり、個人特訓に時間が掛かりまして……」
そう言いながら鋭子は厨房越しのテーブルを選んで腰を下ろし、カレーライスを注文した。
「各支部の面々は、これまで何度かあった部隊編成の変更で、それぞれの部隊に配属されたことがある面々で固められてるのよね?」
紀子はそう言いながら席に着いた鋭子にお冷を出した。
「まあ、彼らもある程度私の指揮を覚えていますから、その辺りの対応も早いものです。でもそれは、全ての実戦部隊に言えることですがね。紀子先生のところはどうですか?」
「大丈夫よ。皆やる気はばっちりだし、どんなことがあっても戦い抜くっていう気迫が伝わってくるわ。それに伴って訓練の方もしっかりとこなしてるし」
「だとしたら、心配はないですね。となれば問題はあの幸村翼の力、ということになります」
鋭子のその言葉に、紀子の表情はそれまでの微笑みから徐々に真剣みを帯びたものになり、そのまま鋭子の話を聞き続ける。
「彼の闘気量は冬美ちゃん以上、恐らくは沖田総一と肩を並べるといっても不思議ではないと、あの子は言ってました」
「総次君が?」
「ええ。アリーナの蒼炎の時に戦って、それをはっきりと感じ取ったようです」
「警察と私達全員に対して宣戦布告するだけあって、相応の力を兼ね備えてるってことね」
翼の脅威を感じ取って微かに身震いする紀子。
「当の沖田君も、アリーナの蒼炎まで彼の剣術や武術の技量を知ってはいても、あの創破の闘気に関しては明確に感じ取っていたわけではなかったらしいです。だからこそ驚いてもいるし、脅威にも感じていると」
「彼の部下達の力も相当だったわよね。あの二人の女の子も」
「ああ。確か紀子先生のことを……」
そこまで言って鋭子はハッとした様子で紀子の表情を見る。当の紀子はニコニコしていたが、油断ならないと思って話を続ける。あの時彼女達が紀子の放った言葉は、紀子に対して禁句であるということを理解していたからだ。
「いえ、ただ、あの二人もそうですし、真や夏美ちゃん達が戦った相手も相当の実力者だったと聞いてます。いずれにしても油断はならないです」
「でも、そんなに構えていて鋭子ちゃんは大丈夫なの?」
「はい?」
紀子にそう尋ねられて少々戸惑いながら声を上げた鋭子。突然の気遣いに戸惑ってしまい、それを察した紀子はこう話をつづけた。
「麗華ちゃんや総次君のように、途中でつぶれたりしないかどうかって言うのが不安なのよ。さっきから表情がこわばってばっかりだし……」
「そ、そうなってましたか?」
「ええ。せっかくの美人な顔が台なしよ?」
紀子からそう言われて照れくさそうにする鋭子。するとそこへ保志がカレーライスを持ってきて鋭子の前のテーブルに運んだ。
「ありがとうございます」
そう言って鋭子は保志に礼を言って食事を始めた。
「話を続けてもいいかしら?」
「どうぞ」
ある程度落ち着いた様子の鋭子はカレーを口に運びながら紀子の話を聞き続ける。
「話は変わるけど、鋭子ちゃんはこの戦いが終わったらどうするつもりなの?」
「幼稚園の先生になりたいので、教育学部のある大学に入り直していこうと思います。結局聖翼大学の方は事実上中退に近い感じになっちゃいましたし……」
「聖翼大学でも教育学部の保育科コースだったわよね? 結局大学があんな感じになっちゃったから、改めてってことね」
「ええ。正直、新しい大学に入ったとしても、卒業して働き口があればいいんですがね」
いかに優秀であったとしても、学歴や年齢が問われる現代では、芸術関係の分野に進むならまだしも、一度でもそのレールから外れればそこから先の人生設計が非常に難しくなるので、その点が鋭子にはネックになっていた。
「大丈夫よ。鋭子ちゃんならうまくやっていけるわ。私も応援してるわ」
「ありがとうございます、紀子先生」
「さあさあ、まだお替りはあるから、たんと食べて、これからの戦いに備えましょう」
「はい」
穏やかな口調でそう答えた鋭子の表情は、紀子との会話の中で自然と笑顔になっていた。
「そう言えば、先生はどうなさるんですか?」
そこで鋭子が、ふと気になっていたであろうことを尋ねた。
「私は、保志さんと一緒にレストランをしたいって思ってるの」
「僕にとって、長年の夢だからね」
微笑み、手を取りながら答えた本島夫妻に、鋭子は微笑んだ。
「そう言えば、前から仰ってましたね。でも、大変ではないんですか?」
「もちろんそうだけど、二人なら何とでもなるわ。ねっ、保志さん」
「うん。力を合わせて、実現させてみせるよ」
⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶
翼による宣戦布告から九日が経過し、遂に決戦を明日に控えたMASTER陣営は、最後の戦いに臨む布陣を完全に整え終え、開戦の時を待っていた。
「いよいよだな……」
大師指令室の自席で刀の手入れを入念に行う翼をよそにそうつぶやく御影。
「お前でも緊張するのか?」
「当たり前だ。これが俺達にとっての最後の戦いだし、新しい戦いの始まりなんだ。緊張しない訳ないじゃないか。それにこれは、決して後ろ向きな緊張ではないのも言っておくぞ」
「まあ、お前が後ろ向きな理由で緊張した姿を見たことはなかったな」
御影の冗談に軽く笑みを浮かべて答えた翼。
「八坂達も気合が入ってる。あいつらもこれからお前の補佐としてやっていくんだしな。こんなところで死ぬ訳にはいかねぇって息巻いてたよ」
「そう思ってくれるのは有り難いものだ」
良い同志と持ったものだ、と、翼は内心で安堵を覚えた。
「それにしても、お前も随分と大きく出たもんだな」
「何がだ?」
「例の宣戦布告だよ。まさかあんなことを言うとは思わなかったよ」
「何か変か?」
あっけらかんとした様子で翼は尋ねる。
「いやまあ、最初に聞いたときは焦ってると思ったよ。お前がこの国の不正や腐敗を誰よりも嘆いているのは、俺も含めてみんな知っている。それこそ新選組モドキだってそう思ってるだろうよ。だがまあ、同時に俺は心配もした。焦って無茶すんじゃないかってな」
「そうならない為にお前は、あいつらに言ってるんだろ? 俺がもし道を踏み外しそうになったら力づくで止めるって」
「そうでもしないと、お前はどうなるか分からないじゃじゃ馬だからな」
「俺は馬扱いか?」
御影の比喩に、翼はやや苦笑いした。
「あの頃から比べてお前は感情のコントロールも覚えたし、極端な方法に頼らないやり方も覚えた。法に背くような真似をしないってこともな。だがそれでも、この間の渡真利司がやった虐殺の時はヤバかった」
「あれを目の当たりにして、俺みたいにならないやつがいるというのか?」
「お前は既に組織のトップだ。トップはどっしり構えてなけりゃならない。あの時みたいに迂闊に行動すればそれだけで連中に不安を抱かせる」
「同志達への不安、か……」
複雑な表情になる翼。彼としては、あくまで常識的な感情を表してきたつもりだったが、それでもまだこのように注意を受けることがある水準にあるのかと不満げな感情もあった。
「それが出来て、はじめてお前はMASTERの真の大師になるって思ってるよ」
「なんだそりゃ?」
御影の言葉の意味が分からない様子の翼。すると御影はその言葉に対しての補足説明を始める。
「今のお前がMASTERの大師として君臨出来てるのは、確かに浅永様に見出された武力とカリスマ性だ。それはお前に今後も必要な力になるが、忍耐も必要だ」
「忍耐、か……」
それは翼にとって耳の痛い話だった。
「確かに、慶介からもそんなことを言われたな」
「一個人の能力やカリスマ性でしか成り立たない組織は簡単につぶれる。現状、組織はお前個人への忠誠心で集まっているようなものだ。そのお前が感情に振り回されてどうする」
「御影……」
御影の名を呼ぶ翼の表情は、彼の忠告で多少曇っていた。
「まあ、不平不満や愚痴、その他諸々の感情は、俺達赤狼七星に全部吐き出せよ。ストレス発散もしないと、感情の制御なんて出来ないからな」
「……ありがとう、御影」
そう言いながら翼は手入れを終えた刀を鞘に納めて腰に佩いた。
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