第10話 二人のくノ一
外で味方が敵と激戦を繰り広げている頃、鋭子は部下達と共に施設の地下。重要情報を握っている最重要を守っていた。
「上手いことやってくれてるみたいね」
「だけど、俺達が活躍する機会がないってのはどうも……」
隊員の一人がふとそんな不満を漏らす。
すると鋭子はその隊員の頭を主張で軽くチョップした。
「痛っ!」
「ここで敵の侵入を許したらどうなるのか、あなた達も分かってるでしょ?」
「す、すんませんした」
そう言って隊員は鋭子に謝った。
「じゃあ、続けましょう」
そう言いつつ、鋭子は隊員に振り向いて尋ねた。
「敵の足音は?」
「今のところは……いえっ、これは……⁉」
隊員の表情が変わり、一同の間に流れる空気が硬直する。
「皆、武器を構えて」
鋭子の指示を受け、隊員達は刀を抜いて構え、大師討ちも拳銃を構えた。そして敵との距離が三十メートル手前まで迫ったその時……。
「全員、一斉攻撃っ‼」
鋭子の号令で、大師討ちは闘気を流しこんだ弾丸を、隊員達は刀で闘気の刃を放った。それらは収束し、残光を描きながら一直線に向かった。だが暗闇の中に現れた無数の鋭く細い光が弧を描き、全ての闘気を斬り捨てた。
「出来るわね……‼」
冷静に見える鋭子だが、その頬には冷や汗が流れていた。相応の力を持った敵が現れたことに戦慄を覚えたからだ。
「かなりの手練れのようね……」
通路の奥から聞こえてきた鋭くも透き通った女の声。
「あなたは……」
敵との距離を詰める鋭子。やがて互いの姿を認識できる距離まで来て、鋭子は相手の姿を確認した。
「二振りの忍刀。あなたが佐助達が言ってた……」
「知ってるのね?」
敵の正体は、昨年の正木事務次官護衛任務の時に佐助と対峙した女、服部祐美だった。
「私の同級生がお世話になったようね……」
「あのチャラ男の仲間ってことね……」
「チャラ男ってのは間違ってないわね……」
鋭子も祐美も、佐助の認識と言う一点では同感だった。
「流石に情報を司る新選組モドキの施設ね。手こずったわ」
「簡単に突破できると思ってなかったけど……」
(流石はMASTER。潜入のプロである公安のスパイを抱き込んだって噂は本当のようね。いくら改築中の施設でも、簡単に潜入するなんて……)
面で余裕を繕いつつ、内心で改めて彼らの潜入技術の脅威を感じ取る鋭子。
「組長……‼」
「分かってるわ……」
そう言いながら闇の闘気を纏う苦無を構える鋭子。
互いに見合い、一筋の風が音を立てて吹く。
「「はぁぁぁあ」」
地面を強く蹴り、先に鋭子が突進し、祐美も同じように駆け出し、激突した。それと同時に、各々の部下達も交戦に入った。
素早い動きと忍刀の二刀流の軽快な太刀捌きで積極的に攻める祐美と、機動力重視で苦無に闇の闘気を纏わせて斬撃を放ち続ける鋭子。だが二人の戦い方は酷似しており、その内互角の戦いのまま手が詰まってしまった。頃合いを見測り、二人は距離を取った。
「噂通りね。新戦組のくノ一の力は」
「お褒め預かり、光栄だわ」
これは決して鋭子の本心からの言葉ではない、一種の挑発も入っていた。
「でも、私も甘くないわよ……」
「何?」
その刹那、鋭子の頬を一筋の光が走り、流血した。驚きながら背後を振り向くと、彼女の忍刀の一振りが地面に突き刺さっている。
「……確かに、甘くないわね……」
「今のは牽制よ。闘気を纏わせていれば、あなたの身体は麻痺していたわ」
祐美の方を振り返る鋭子。彼女の右手に握られているのは忍刀ではなく、一本の細いワイヤーだった。
「忍刀の柄にワイヤーを仕込み、リーチを補ってたのね」
「これはそこらの刃物でも斬れない代物よ」
「それに、そこにも闘気を流しこんで攻撃も出来る、でしょ?」
冷静な態度の鋭子だが、その頬には血と同時に冷や汗が流れていた。
「……闘気の有無が勝敗を決める訳ではないってことね?」
「ご名答よ」
「だったら……」
そう言いながら腰を深く落とし、闇の闘気を苦無に纏わせて構える鋭子。
「はぁ!」
祐美が迎撃態勢を取った直後、鋭子は力強く祐美目掛けて突進し始めた。
「自暴自棄になったのかしら?」
どこか小ばかにした態度の祐美。だが鋭子の口元は笑っていた。そして次の言葉が彼の自信を物語っていた。
「甘いのはお互い様ね?」
振るわれる苦無の連続攻撃。祐美は身軽なステップでそれをかわし続けるが、少々険しい表情になっていた。
「まだよ……」
鋭子は闇の闘気を纏う無数の苦無を祐実目掛けて放ち、祐美は二刀の忍刀のワイヤーを掴んで振り回してそれらを撃ち落とした。その直後、目にも止まらぬ鋭子の苦無の一撃が、祐美に襲い掛かる。
「速っ……‼」
不意を突かれながらも忍刀で防ぐ祐美。だが鋭子の機動力を乗せた一撃に、身体が吹き飛ばされてしまった。
「……なんてスピード……」
着地しながら鋭子の機動力にに驚く祐美。
「次は逃さないわ……」
「確かに、次はなさそうね……」
納得した様子で再び忍刀を構える祐美。その表情は先程までの些か舐めたものではなく、真剣そのものの表情だった。そこで闇の闘気を忍刀に纏わせ、祐美は一旦体制を整えた。
「今度はこちらから行くわ……」
祐美がそう言った刹那、鋭子の視界から祐美が消えた。
「やはりね……」
次の瞬間、右手の忍刀を振り下ろそうとする祐美の姿があった。鋭子は二振りの苦無でそれを受け止め、そのまま斬り合いに入った。
「反応速度も桁違い……」
吹き飛ばされながら、もう片方の忍刀を投げナイフの要領で鋭子に飛ばす祐美。
「このっ!」
不意討ちに驚きつつも、鋭子は苦無で滑らすように忍刀の軌道をずらした。
「油断大敵ね……」
祐美の声が聞こえた直後、鋭子の背後の壁に刺さっていた忍刀のワイヤーが手繰り寄せられ、首の頸動脈へその切っ先を向けてきた。
「ならば……‼」
その忍刀をかわし、忍刀は祐美の手元に戻った。
「お返しよ……‼」
そのまま無数の苦無を投げる鋭子。しかし祐美は一つ一つの苦無の軌道を見切り、ヒラリヒラリとかわした。
「まだまだよ……‼」
更に鋭子は、苦無に続いて神速を持って祐美の前に現れ、強烈な斬撃を繰り出す。
「軌道は読めるわね……‼」
軌道を見切り、その場に伏せながら鋭子の足元を薙ぎ払わんとする祐美。その直後、鋭子は天井まで飛び上がり、強烈な回転蹴りを繰り出した。
「速い……‼」
さっと、身体を沈めてかわそうとする祐美だが、その内の一発は鋭子の蹴りは祐美の左肩に命中した。
「ぐっ……‼」
左肩を抑えて後ろへ押し込まれた祐美。ダメージはそこまでではなかったようだが、その表情は些か痛みに歪んでいた。
「油断も隙もないわね……‼」
改めて、祐美は鋭子の力の恐ろしさを感じ取ったようだった。
「油断できないだけよ。信頼する仲間の為にもね」
「仲間を信じ、そして自ら背を任せるとはね……その人は本当に幸せ者ね」
長く共に生活し、戦い抜いてきた鋭子だからこその確信したような力強い言葉は、祐美を感嘆させるものがあったようだ。
「だけどあなた達といつまでも遊んでいる暇はないわ」
そう言いつつ、忍刀を振るって走り出した祐美。鋭子もまた、二振りの苦無を構えて突進する。互いに全速力、そして全霊を籠め、一撃を繰り出す。
ガキィンっという鈍い金属音が、廊下全体に響き渡り、鋭子の苦無を祐美は二振りの忍刀をクロスさせて見事受け止めた。
「今よっ‼」
「了解っ‼」
その瞬間、鋭子の手が離せない来い隙を付き、護衛に囲まれながら情報戦略室の構成員を逃がした。
「仕留めてっ‼」
「「「「「「了解っ‼」」」」」」
鋭子の命令の下、迎え撃つ隊員達。
「ならばっ‼」
構成員の一人が、刀を振り上げた隊員の腕を見事に撃ち抜く。
「ぐああっ‼」
風穴が開き、隊員は流血する腕を抑えて悶える。
「おのれっ‼」
更に別の隊員が刀を振るって襲い掛かるが、別の構成員がその隊員の心臓を撃ち抜いた。
「が……‼」
胸を押さえ、その場にどさっと斃れた隊員。襲い掛かる隊員を次々と仕留めた構成員達は、そのまま重要情報室へと駆け抜けた。
「くそっ‼ させない……‼」
祐美の忍刀を振りほどかんと、前進の力を籠める鋭子。
祐美は二刀流とワイヤーの波状攻撃で鋭子を翻弄した。更に祐美は忍刀を一旦手を放し、柄のワイヤーに手を掛け、そのまま手繰り寄せる。
「はぁ‼」
目にも止まらぬ速さで片方の忍刀を飛ばす祐美だが、鋭子は今度は軌道を見切って忍刀をかわすことに成功した。そこで、祐美がワイヤーを手繰り寄せて鋭子の後頭部を狙うが、それすらその場に蹲ってかわす鋭子。
「ふふっ……」
微かに微笑む祐美。直後、もう片方の忍刀が、鋭子の顔面に襲い掛かる。
「ちっ……‼」
辛うじて身体を右回転しつつ立ち上がる鋭子だが、直後、眼前に祐美が迫って来た。
「はぁ‼」
鋭い斬撃を繰り出す鋭子。
「おっとっ‼」
優れた反射神経でそれをかわしつつ、鋭子が由美の足元を薙ぎ払う。それを小さく飛び上がり、更に両手の忍刀で斬撃を繰り出す。
「ぐっ‼」
落下の力と、両手の力が合わさり、鋭子も微かに声が漏れる。
「くそっ‼ このままじゃあ……‼」
打ち合いの中で、一瞬、背後の重要情報室の扉を見た。そこでは、二十人の隊員達が六人の構成員達が戦っていた。この二十人は鋭子が直接連れてきた精鋭だったので、六人も簡単に彼らの防御網を突破できずにいた。
「おのれっ……‼」
一人の構成員が一瞬で銃のマガジンを取り換え、早撃ちで隊員の一人を仕留めたが、瞬く間に五人の隊員に囲まれてしまった。
その隊員達の後頭部を、二人の構成員が一瞬で撃ち抜いた。
「なんてしぶとさだっ‼」
「なんとしても突破口を開くっ‼」
その瞬間、一人の構成員が懐から鉄製の丸い物体を取り出し、それを五メートル先の三人の隊員達の背後に投げた。
その瞬間……。
「うあっ‼」
丸い物体が爆発し、三人の身体が背後から血しぶきを上げ、斃れた。
これはMASTERの武器開発部門が開発した新型手榴弾である。小型にした分持ち運びやすいが、爆発力は通常よりも高く、人体を容易く吹き飛ばすことが可能だったのだ。
「今よっ‼」
「「「「「「了解っ‼」」」」」」
祐美が声を出すと、爆破した死体を跨ぎながら、一気に重要情報室の扉へ到着してしまった。
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