第7話 潜入

「財部さんからの情報だと、数は五百以上だってさ」

「今まで連中がこの類の防衛作戦で動員した数から考えればかなりのものだな」


 午前十時十五分。財部からの情報をキャッチした慶介達は、祐美の指示を受けてそれぞれの持ち場に着くことになった。

その祐美も、既に指定された場所へ到着し、潜入工作の準備を着々と進めていた。


「ボク達も本部から一応は同志達を呼んだけど、二人合わせても百二十人ぐらいだし……」

「服部祐美の部隊を合わせてもざっと三百人だ。純粋な数って意味では俺達は圧倒的に不利だ。だけど」


 そこまで言って慶介は、周囲の同志達を見渡した。


「そうなると、ボク達でも新選組モドキを叩き潰せるってことかな?」

「ああ。だが油断大敵だ。連中だってかなりの覚悟を決めて来てる。俺達も気を引き締めて取り掛かるのが無難ってことだな」


 そう慶介が言い終えると、二人は無線を使って自分達が率いてきた部隊の構成員達を呼び出した。


「既に連中は指定ポイント付近にいるから、後は俺達の力次第ってことになる」

「いよいよだね」

「ああ。俺にとっても久しぶりの実戦だ。もし連中が俺達の前に現れた時は、一人残らず叩き潰すっ‼」


 慶介は気合十分でそう言った。


「ここ最近の鬱憤晴らしも出来るかもしれないからね」

「分かってんじゃねぇか。この日の為に鍛えた同志達の力も存分にあすことが出来るかもしれねぇからな」

「鍛えるという名前の憂さ晴らしだったんでしょ?」

「……そいつは、否定できねぇな。俺に対して随分と恨み言を言ってる連中がいたのも知ってる。だからこそあいつらにも憂さ晴らしをさせてぇんだ。俺ばっかりじゃあいつらに申し訳ねぇからな」

「その通りだね」


 二人は笑いながら、それぞれの率いる隊員達が待つ場所へ向かった。



⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶


 味方部隊が正面突破に見せかけた陽動を開始した頃、服部由美は七人の精鋭達と情報戦略室の構成員と共に、現場から二百メートル程離れた情報施設に繋がる細く目立たない道を歩いていた。


「しかし隊長。本当に敵は気づかないのですかね?」

「何とも言えないわ。これは賭けですもの。でも、正面突破を測る部隊を迎撃する為に戦力を割いているでしょうから、気づいても満足には戦えないと思うわ」


少々渡るのに怯えている構成員に、祐美はクールに答えた。


「それで、我々は非常口から潜入するのですか?」

「大抵の施設には非常口の設置が法律で義務付けられているから間違いなくあるでしょうからね。問題はその場所よ」


 そう語る祐美の表情はポーカーフェイスそのものだった。この手の潜入任務を何度もこなしてきただけあり、多少の動揺はないのだろう。


「ここからは施設の後方に出るけど、警備は厳重だと考えた方がいいわね。監視カメラの場所も特定してあるから、後は事前情報を基に、落ち着いて行動することよ」

「「「「「「「了解……」」」」」」」


 七人は小声で敬礼をした。

 祐美達八人は、途中の左曲がり角を曲がって新戦組の情報施設の手前までやって来た。止まった場所は、監視カメラの死角となる場所だった。


「まだ監視カメラが設置されてないわね。事前の調査通りだわ」

「確かに、見当たりませんね」


 小型の望遠鏡を取り出し、施設を確認する構成員。


「とは言え、油断は出来ないわ。ほらっ、あれをごらんなさい」


 そう言って祐美は構成員達に前を指さす。そこには新選組の隊服を身にまとった隊員達が見回りをしていた。


「監視カメラがないからこそ、ああやって人の力で監視をしてるのよ」

「では、準備を始めます……」


 そう言いつつ、構成員の一人が懐から拳銃を取り出し、更に腰の小物入れからサイレンサーを取り出して装着を始めた。それに倣い、他の五人の構成員も同様の行為を始めた。

 このサイレンサーは、MASTERの技術部門で独自に改良された特別製であり、一切の発砲音を出さない仕様となっている。


 そして情報戦略室から派遣された構成員は、小物入れから小さなハエを取り出した。これは最新式サイレンサーと同様、MASTER技術部門が開発した、ハエ型の超小型ドローンである。これは例え見つかっても、すぐにカメラと思われないようにする為の細工でもある。


「それで施設の周囲を確認して頂戴。気づかれないようにね」

「了解しました」


 祐美の指示を受けた情報担当の構成員は、ドローンを取り出して起動スイッチを押し、手元から放した。離れたドローンは、そのまま天高く飛び上がり、羽を羽ばたかせて施設へ向かっていった。


「ドローンが見た映像は、全てこのカメラ付きリモコンで確認できます」

「それで、非常口付近の敵はどれくらいいるのかしら?」

「待っててください……」


 慎重に、そして気付かれないようにドローンを操作する構成員。


「……見張りは四人ですね」

「もう少し多いと思っていたけど……」

「こちらの作戦が急だったので、対応しきれてないのでしょうかね……?」


 疑問を口にした祐美に、構成員の一人はこうフォローした。潜入工作を専門とする祐美からすれば、いくら急とは言え、このような非常事態にもかかわらずに、四人しか後方警備がいないという事実は、彼女にとってあまりにも無防備すぎるものに感じた。


「とにかく、まずはこの状況をどうするかよ。今ここから見えるのは二人だから……」

「ここから見て、左側に一人、右側に一人です」

「つまり、最初に二人を仕留めて突撃し、敵に通信をする隙を与えずに仕留めないといけないってことね。今回の任務では闘気感知を行う人間が出てくる可能性があるわ。あなた達は今回の任務に合わせて闘気を持っていないけど、私はいったん後ろに下がるわ」


 そう言って祐美は静かに構成員達の後ろへ下がっていった。


「タイミングを見計らって、敵が油断した瞬間を狙うのよ」

「「了解……」」


 祐美の指示を受け、腹心と思われる二人の構成員が静かに施設へ向けて銃口を向ける。

 斜線上にいる二人は、周囲を見渡して警戒をしている。


「……行きますっ……‼」


 構成員の一人がつぶやき、二人の拳銃が火を噴く。

 音もなく発射され弾丸が空を切り、細道の間を駆け抜け、二人の隊員の側頭部を正確に撃ち抜いた。その身体は静かに膝から地面に崩れ落ちた。


「このまま一気に行きましょう」

「ええ。銃は構えたままよ」


 祐美の指示と共に、構成員達は一気にビルの間を駆け抜けた。


「なっ‼ おいっ‼ しっかりしろっ‼」

「一体何が起きたんだっ……‼」


 二人の隊員が倒れた隊員達に近寄り、声を掛けた直後だった……。


「なっ……」

「えっ……」


 断末魔と共に、二人の隊員達も側頭部を撃たれて果てた。銃を構えてから発射まで、一秒も掛からなかっただろう。

 今回の任務で祐美が率いているのは、大師直轄部隊の中で、闘気こそ持たないが、潜入や狙撃の腕が卓越した者達で構成されているので、今回のような芸当は彼らにとって朝飯前なのだ。


「彼らの手荷物からセキュリティロックを解除できるものを探して。それと、周囲に応援は?」


 ビルの間から出てきた祐実は、すぐに銃を構えた構成員達に指示を出し、同時にドローンを操っている構成員に尋ねた。


「まだ気づいてる様子はありませんが、一分以内に行動をしないと無理でしょう」

「了解したわ。それで、どうだったかしら?」


 情報戦略室の構成員の報告を受け、即座に祐美は倒した隊員達の持ち物を物色している構成員達に尋ねた。


「……こいつら、正面から出てきたのでしょう」

「なら、非常口へ急ぐわよ。ドローンで周囲の警戒もして」


 そう言って祐美は、まず銃を持った構成員達を先行させ、次にドローンを操っていた構成員を急がせ、非常口へ続く階段を上り始めた。


「この辺りにも、監視カメラがないみたいね」

「周辺をドローンで確認しましたが、まだ何もありません」

「分かったわ」


 駆け上がりながらの構成員の指摘に了解する祐美。

 やがて彼らは、非常階段を駆け上がり、非常口の前まで辿り着いた。そこには電子ロックが掛けられていた。


「やはり外部から開けられないようにロックが掛けられてるわね。でも……」


 そう言いながら、祐美はポシェットからキーボード付きの小型端末を取り出し、電子ロックのジャックに対応するコネクタを取り出して接続してキーを叩き始めた。


「この手のセキュリティの突破は、私も何度か経験したわ……」


 そう言いながらキーを叩き続けて僅か十秒後に、セキュリティの解除を示すランプが点滅した。


「行くわよ」


 祐美が非常口をの扉を開けた直後、七人の構成員が雪崩れ込む。祐美は彼らが全員入ったことを確認し、即座に内部に侵入した。

 施設の内部は、所々にネットやブルーシートが掛けられており、いかにも改築工事中という雰囲気が出ていた。


「この施設、建設されて間もないようですね」

「でしょうけど、内部の連中に気付かれないように、ここからは更に慎重を喫することよ」


 祐美の忠告に、構成員達は無言で頷き、先を急いだ。


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