第6話 翼と御影の懸念

 午前十時十三分。大師室で書類整理をしていた御影と、同じように書類の整理をしていた翼は一休みのコーヒーを飲んでいた。


「……それにしても……」

「どうした? 翼」

「やはり気になってな。何故警察が今まであのキャリアを出さなかったのかが……」


 翼は改めて、デスクに散らばっている資料の中から、現時点で判明した渡真利司に関する情報をまとめたプリントを見つけて目を通し始めた。


「その件で今朝、千葉市の第十五情報支部からチョイと情報が入ったよ」

「どんな情報だ?」


 手にしていたプリントをデスクに置き、翼は御影の振った話題に耳を傾けた。


「あの渡真利とかいうキャリア。去年の十二月まで各地の道府県警本部の重職を歴任していたらしい。とっくの昔に警察庁の大幹部になれるはずなのにな」

「警視監に昇格してもおかしくないし、実力もある。俺達に対抗する一派の頭を張れるはずだ。なのにこのお粗末な人事は納得がいかないな」

「それと、やはり奴が本庁に戻ってきたのは半年前らしいってことも分かった」

「と言うことは、その頃からあの男が俺達への圧力を強めてたのか……」

「そう考えるのが妥当だな」


 そう言って御影はコーヒーカップをデスクに置いた。


「ならば尚のこと気になる。あれだけの人間を警察が隠していた理由が……」


 再び翼は両手を頭の後ろで組み、背もたれにもたれかかった。


「弱体化した警察には、ああいう人材は必要不可欠。なのにそれをしなかったのは、奴が扱いにくい人材だったのか、それとも別の理由があるのか……」

「そうだろうが、その辺りは調べが必要だな」

「しばらくは連中の動向を見ているしかない。その間は例の作戦を進めるのみだ」

「連中に国を守る者として義務を果たす力と意思があるか、まだまだ確かめたいからな」

「だけど、まだ警察を追い込むための情報を貯め込んでんだろ?」


 御影は翼の背後から彼の手元の資料を覗き込む。そこには、警察が現在指名手配している刑事犯や、地検特捜部が未だ捕まえることが出来ていない、もしくはまだ感知していない大物政治家や官僚、各界の権力者たちの不正や汚職を記したものであった。


「まだこれはほんの一部だ、官僚や政治家、権力者達の情報も、これから全国に送り、彼らの力も測る」

「だがこれだけの情報量、本当に連中が捌き切れると思ってんのか? もう五百人の過労死者や自殺者を出してるぜ?」

「これまでの警察の怠慢のツケが回った以上やるしかない。それで死ぬなら連中には自分達の義務を実行する意思はあっても、釣り合う能力がないのを自分達で証明することになる。全国民の見ている前でな」

「と言うより、お前としてはそれを望んでんじゃないのか?」

「……何故そう思う?」


 睨みながら御影に尋ねる翼。


「人間にもルールにも限界がある。それでも尚、あいつらがそれを乗り越えて意地を見せてくれると信じるか、あるいはそれに応えきれなくて倒れるか。俺達としては後者になってくれると有り難いんだがな」

「……複雑だ」

「複雑?」

「そんな程度の人間が今の国を成り立たせているなら、未来はない。だが国も国民も滅ぼしたくない。創破の力も、使い時を見極めないといけない」

「いつでも武力で制圧できるだけの力があるのにそれをしなかったのは、まだこの国の人を信じたい気持ちがあるからか?」


 御影のこの質問に翼は何も答えず、静かに瞳を閉じてこう切り返した。


「当たり前だ。あいつらが本当に私欲に溺れ続けるだけの奴らなのかどうか、未来がないかを決めるのは俺達じゃない。この国に生きる一人一人だ。まだ俺は、この国の人々に失望したくない……‼」


 そう言う翼の拳は強く握りしめられて震えていた。確かに政治家や権力者の腐敗に憤り、失望する気持ちは強かったが、尚も人を信じる気持ちを捨てた訳じゃなかった。


「お前の決意はよく分かった。だが一つ、懸念材料がある」


 急に人差し指をビシッと翼の目の前に差し、御影は話を続けた。


「世間じゃ警察の情報操作で俺達が賊軍と言うことになってるが、組織内ではお前がヒロイックな活躍をするほど、お前を神聖視する連中が生まれ始めてる」

「……どうしてこうなるのか……」


 御影の指摘に、翼は俯き、苦々しい表情でつぶやいた。御影の言った通り、翼は人並外れたカリスマ性を持ち、更にそれに相応しい実力と実行力を持っている。苦境の時代において、そう言った類の人間は得てして革命家・救世主として持ち上げられるのが常だった。


 だが翼は、自分がそういう風に見られることを一番恐れていた。翼はあくまで、どんな苦境においても、誰でもそんな状況を覆し、未来を切り開けると信じていたからだ。翼に頼らずとも、一人で未来を切り開けることこそ、彼の望みなのだ。


「お前にとって、皮肉極まりない状況だな」

「あまり認めたくないがな……」

「だからこそ、お前もその現状と向き合わないとダメなんだ。改善させたいならな」


 そう結論付けて御影と翼が意思を確認し合った直後、翼のスマホがバイブ音を鳴らし始めた。それは


「幸村だ」

『情報戦略室の財部です』

「何かありましたか?」

『敵の情報拠点の前に、護衛部隊が展開しています』

「数は?」

『おおよそですが、五百人近く入ると思います。更に情報では、新選組モドキの幹部クラスも五名ほど見受けられました』

「中々の数ですね。連中は既に臨戦態勢に入っているでしょう。慶介や将也の準備は既に整っているでしょうから、何か変化があり次第、俺達の方へ情報を送って下さい。俺の方からアドバイスを送ります」

『その時が来ましたら遠慮なく』


 そう言って財部は電話を切った。


「どうした?」


 スマホを粛々とした態度で学ランのポケットに入れた翼を眺めながら御影は尋ねた。


「……遂に敵の情報拠点に慶介達が到着した。数は警察と新選組モドキ合わせて五百以上。新選組モドキの幹部クラスのメンバーも五人程確認が取れた」

「そりゃまた随分と数を揃えてきたもんだ。だが戦いにおいては数がモノを言うからな。それに幹部クラスの連中か。情報を預かるだけに、守りは固いな」

「まあ後は、あいつらの努力に期待しようじゃないか」

「だな。赤狼七星としての実力を存分に見せつけてやらないとな」


二人は慶介と将也の検討を期待する言葉をつぶやき、二人を激励した。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る