第4話 赤狼の思惑
赤狼七星にこの人事に関わる情報が届いたのは、それから三時間後に七星室に戻った御影からだった。
「慶介と将也が選ばれたか。納得だが、今回は俺達は戦いに出られないってことか」
少々残念そうにつぶやいた尊。二人が今回の任務のメンバーに選ばれたのは決して珍しいことではないが、ここ最近戦闘に出ていないことで少々退屈気味だったのだ。
「久しぶりに戦いか……」
武者震いにも似た振るえを身体に覚えた慶介は声を震わせながらそうつぶやいた。
「やる気満々だな」
物珍しそうな表情で慶介を眺める尊はそう言葉を掛けた。
「当然だ。俺達の力を見せつけてやる」
「いい心掛けだ。将也は?」
そう言って御影は、左手に抱えたどら焼きの山を一つずつ頬張っていた将也に尋ねる。
「慶介が一緒だし、異論はないよ」
のんびり屋ではあるが、その腕力は赤狼七星トップクラスであり、慶介との攻守に隙のない連携を持ち味にしていた。慶介も二丁の機関銃と光の闘気による圧倒的な火力での敵部隊の殲滅を得意としている。
「だがこの任務にはもう一人、第一師団の新見さんから推薦を受けた人材を派遣すると言っていた」
「誰なの?」
追加の人材について最も興味津々に尋ねたのはアザミだった。
「その辺りは俺達もまだ知らされていない。だが、新見さん達第一師団とは別の部隊かららしい」
「……本当に大丈夫なのか?」
懸念するような態度で瀬理名が尋ねた。
「まあ、考え込むことはないと思うぜ。当の新見さんも、俺達に対しての第一師団内部の対抗意識や反感を抑えてくれるって言ってたから」
「本当にやってくれるのか?」
「本心が何であれ、内部対立が起こるのは危険だ。その点では翼も新見さんも、あの狭山さんも共通認識を持っている。あの渡真利って男の宣戦布告を聞いてから、ずっとな」
「あの殺気立ってた男か……」
八坂は例のニュースを思い出しながらつぶやいた。八坂だけでなく、例の放送で宣言をした渡真利のことは、MASTER内部でも要警戒人物となっていた。
「あの男が警察じゃあ対MASTERの急先鋒のようだ。この半年間、権力者や警察に関する情報が手に入りにくくなったのは、奴が表舞台に出てきてたからだしな」
「だな……」
御影の説明に尊は同意し、他の赤狼七星達も静かに頷いた。
「とにかく俺達は、今出来ることを最大限やるのみだ。慶介と将也は明日から準備を行ってもらう。こちらでどうこうする赤狼の同志達のメンバーも考案している。今の内に準備を進めとけよ」
「合点承知だっ!」
「任せてよ」
元気いっぱいに応える慶介と、のんびりマイペースに応える将也。赤狼七星達にとって、見慣れた微笑ましい光景だ。
「それとだ。後で一緒に連れていく情報戦略室のメンバーと一緒に、大師室へ来いよ」
「分かってるよ。行くぜっ、将也っ‼」
「慌てないでよ~。慶介~」
慶介はやる気満々に、将也はのほほんとしながら準備の為に赤狼七星室の奥にあるロッカーに向かって行った。
「一応、他にもこの任務で使うことになるだろう物がない訳じゃあないんだ」
「そいつはどういうことだ?」
二人が去った後、ふとそんなことをつぶやいた御影に尊が尋ねる。
「今回の任務で敵の情報を盗むことが出来れば御の字だが、短時間で敵の情報を妨害を潜り抜けて盗み出すってのは、うちの情報専門のスパイでも難しい」
「それじゃあ、どうすんだ?」
すると御影は、尋ねてきた尊達にあることを打ち明けた。
「江東区の第四情報拠点に連絡して、あるものをこっちに送ってくれたんだ。今回の任務で使える保険だ」
「「「「保険?」」」」
尊達は身を乗り出しつつ口を揃えた。
「もう翼にも報告したが、向かわせる情報戦略室のメンバーに持たせてある。あの二人にも報告しないといけない」
「なあなあ、あるものって何なんなの?」
「気になる気になるっ‼」
八坂とアザミがズイッと御影に詰め寄った。
「実はな……」
そんな二人に戸惑いつつ、御影は四人にひそひそ声で「あるもの」について説明した。
「……そんなものが出来てたなんて」
「確かに、二の矢としては十分ね」
御影の説明に、尊も八坂も驚きと納得を隠せなかった。
「これを使うことが出来れば、万一の場合、ある程度の抵抗にはなる」
「そうね……」
顎に手を当てながら、瀬里奈はそう言った。
「翼は、知ってるのか?」
「こっちにそれを送るよう提案したのは翼だ。それより、この件をあいつらに説明に行く。最悪の場合の保険としてな」
御影は話を終え、そのまま赤狼七星室を後にした。
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翼が財部と共に、大師室にて慶介と将也に作戦に関する「保険」について説明を始めたのは、それからに十分後だった。
「もう完成してたんだな」
「さすがはうちの情報部隊だね」
二人もまた、MASTERの重鎮となって以降に情報部隊の諸々の重要情報が入っており、既に承知のことだった。翼はその秘策が秘められているコンピューターディスクとUSBメモリを差し出して説明を始めた。
「これがその現物だ。一緒に連れて行く情報戦略室のメンバーに渡してもらいたい」
「万一があればこれを使えばいいんだな。だが、上手くいくのか」
説明を聞きながら受け取りつつも自信を持てない様子の慶介に、翼はなるべく二人に分かるように話を続けた。
「江東区の第四情報拠点が開発したものだ。あそこがこの手の技術開発に積極的なのは、お前もよく知ってるだろ?」
「そうだよ慶介、信じればいいよ」
未だ疑っている慶介に、将也は背中を軽く叩いて激励した。
「今回の任務は、新選組モドキの本拠地を割り出すことにありますが、連中も情報管理は徹底しています」
そこから財部が説明を引き継ぎ、続けた。
「万一、情報の奪取が不可能と判断した場合、これを使うように伝えて頂きたい」
「分かった……」
翼の説明に慶介は納得した。
「保険としては、十分な効果を発揮してくれる。お前達は万全の状態で任務にこなしてくれ」
「「勿論だっ‼」」
やる気が漲る表情でガッツポーズをする慶介達は、そのまま身を翻して大師室を後にした。
「しかし、直接同行する情報担当者に渡さなかったのはどうしてですか?」
「どうも俺を前にすると委縮するみたいで無理らしいんです」
「そうでしたか……」
翼の言わんとしたことは、本人の意向とは正反対に組織内部で神格化され始めていることだった。一部の末端構成員の中には、彼と一人で直接会うことに恐れ多さを感じ、拒んでしまう者が出てきてしまったのだ。
「これに関しては、致し方がないかもしれませんな。彼の能力は一流ですが、改善点は多いですね」
「ええ……」
情報担当者を始めとした彼らの態度は、今後のMASTERの課題となっていた。
「先代まででしたら即処刑だったかもしれませんが、この際は仕方ありませんな」
「ですが近い将来、この空気を何とかしないといけません」
そう言った課題への懸念を見せつつも、翼は今回の任務での慶介達の活躍を期待を見せた。
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「どう思うか? 安正」
「警察の宣戦布告の件ですか?」
午後十時。幹部のみが入室を許される特別休憩室に向かう剛太郎は、右隣りで共に向かっている安正に手に持った小瓶の黒ビールを一気に飲み干しながら尋ねた。
「強硬姿勢を見せているのは確かですね。警察の威信を回復する為にもなりふり構わなくなってきましたね。いずれにしても、これまでと同様と見れば、痛い目を見るでしょう」
「確か渡真利とか言ったが、俺達に随分と憎悪をぶつけていたが……」
「彼らからすれば我々はテロリストですからね。現在の大師になって趣が変わっても、イメージまで変えるのは難しいものです。故に警戒は厳にすべきでしょうね」
新見は四時間前の最高幹部会議で翼が言った警告を思い出しながら言った。
「後は奴がどう出るかだな。そう言えば、例の拠点攻撃作戦にお前が推薦した奴を送り込んだのは本当か?」
「ですが第一師団の出撃はなく、独立部隊に頼んだようですね」
「……服部祐美か……」
「彼女は戦士としてもかなりの手練れです。聞いたところだと、昨年の正木氏の件で奇襲をかけた時も、場所の関係で闘気を使えない状態で、敵の幹部クラスの二人と渡り合ってます」
「まあ、少なくとも簡単にやられるような奴ではないということだな」
「それに、潜入は彼女の十八番です」
「なら安心か」
剛太郎はそう言いながら、不愛想に腰に下げていたもう一本の黒ビール瓶を取り出して飲んだ。
「新大師様の手腕はどうです?」
やや興味津々で尋ねる安正に、剛太郎はいささか奇妙なものを見るような目で見た。
「……致命的な失敗をしてる訳ではない。問題はないな」
「ほぉ……」
安正はやや驚いたような表情になった。普段から翼に対して辛辣な評価を下す剛太郎にしては意外な評価だったからだ。
「大師としてはまだ分からん」
「なるほど……」
「まあ、これからだ」
そう言って剛太郎は黒ビールを飲み干し、空き瓶を廊下の隅にあるゴミ箱に投げ捨てた。
「ですが、先代の大師様に関しても、カリスマ性はともかく、戦略家としては晩年の行動から見るに、相当に問題がありましたが……」
「永田町と霞ヶ関のことを言ってんのか?」
「あの作戦はお粗末にしか思えませんでした。戦力孤児の目的があったにしても、寧ろ我々の足かせになってます」
「結果的にあの小僧の作戦に支障をきたしたのは事実だな」
「この状況をどうにかしなければなりません。このようなところで計画を頓挫させてしまうようでは、私達の未来へ繋がる扉も閉ざされてしまうのですからね」
「後は奴次第だな」
安正の言葉に対し、剛太郎はまだ彼を信じきれていない態度でそう言った。
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