第14話 疑念を抱く総次
総次達が局長室へ到着した頃には、既に陽炎と各隊の組長が局長室へ集結していた。
「全員揃ったわね……もうニュースは見てるわね?」
確認を含めて麗華は話を始めた。
「見たわよ。文京区のあれ、MASTERの仕業なのか?」
最初に麗華に尋ねたのは、局長室の隅の壁に背を持たれて腕組をしていた勝枝だった。
「先程、大師討ちからの報告で、自爆テロで死んだ犯人のDNAの採取に成功し、身元がMASTERの構成員であることが判明したわ」
「では、やはり首謀者はMASTERの……」
麗華の説明を聞いた鋭子は、念を押すように薫に尋ねた。
「ええ。今回の件は彼らが手引きしたと考えるべきだわ」
「やっぱり、あいつらが文京区役所を……‼」
それを聞いた修一は隠しきれない怒気を露わにした。
「それで、これからの私達の動きはどうなるのかしら?」
一方で紀子は、年長者として冷静に尋ねる。
「その点は、大師討ちや上原警備局長からの指示があり次第と言うことになります。それまでは第一級臨戦態勢を取り、全ての組と遊撃部隊には訓練を徹底していただくわ」
麗華は全体に対してそう伝えた。
「それで、俺達陽炎はどうすんだ? 各実働部隊である組や第一、第二遊撃部隊はそれでいいと思うが……」
そう疑問を投げかけたのは陽炎のリーダーである翔だった。
「あなた方も、今後の任務に置いては実働部隊と連携してもらうことになるわ。だから彼らと同様に訓練を徹底し、いついかなる時でも指示に即応できるようにしてもらうわ」
それを受けて麗華は彼ら四人に対してそう伝えた。そして四人はそれを聞いて納得した様子を見せた。
「報告は以上よ。何か質問は?」
麗華は全体に対してそう声を掛けた。そして誰もそれに対して声も手を上げなかった。疑り深そうな表情で麗華と薫を見る総次を除いては。
「……では、大師討ちと上原警備局長からの指示があるまで待機を」
その視線を感じ取った麗華だったが、敢えて無視して緊急会議を終え、総次・夏美を除く各隊の組長と陽炎はその場を後にした。
「……総次君、何か言いたいことがありそうだけど……?」
ある程度局長室が静かになったと見た麗華は、局長室に残った総次と夏美を見て尋ねた。当の総次はこの事態を予想していたのか、特に動揺することなく質問を始めた。
「……文京区は今年の元日からの組織改編で、大師討ちが情報管理を任された地域の一つです。更に渡真利警視長が大師討ちのリーダーに就任して以降、彼らの情報収集、管理能力は向上しました。にもかかわらず今回のこの有様は……」
「でも大師討ちの組織力が向上したと言っても、まだ全体がそれに対応できてないわ。身も蓋もないことだけど、いくら法の網の目を小さくしても、全ての犯罪を防ぐことが出来ないのと同じよ。他のメンバーもそう思って行動してる筈よ」
総次に対して薫はそう言ったが、彼女が言うようにこれは身も蓋もない意見であった。実際それを聞いた総次は呆れた様子を見せたが、疑いを晴らすことが出来ず、質問を続けた。
「では、大師討ちが意図的に情報統制をしたということはないんですね?」
総次のその質問に驚きを見せる夏美。一方で薫は淡々と答えた。
「……ええ。ないわ」
「信じてもいいんですね?」
信じきれない様子の総次は念を押すように薫と麗華に確認した。それに対して二人は、静かに首を縦に振った。
「分かりました、今は深い詮索は避けましょう。失礼致します……」
「あっ、総ちゃん!」
麗華達に敬礼して局長室を後にした総次を、夏美は慌てて追いかけて行った。
「……はぁ、やはり総次君を誤魔化すことは無理そうね」
薫は疲れた様子でそう言った。新戦組に保護された直後の総次の質問攻めにあって苦心したことがある真からある程度のことを聞いていたのもあり、今回自分がその苦労を体験したことで、より一層疲労感が出たのだろう。
「分かってるわ。あの子にあんな言い訳が通用しないことは」
「あの子でなくても、今回の件の真相を知れば同じ反応をするのは無理ないわ」
麗華も薫も、改めて総次のしつこさを思い知った。
彼らも総次と同様、渡真利のやり方に反発する気持ちはあるが、権蔵の言う通り、今回の件を利用してMASTERに対しての武力制圧の機会を得ることにもメリットがある為、この決断を下したのだ。
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「総ちゃん、総ちゃん!」
局長室を早足で後にした総次を、夏美は同じ速度で声を掛けながら追いかけていた。すると総次はその場で立ち止まって夏美の方を振り向いた。
「……夏美さん、少し……」
「えっ! ちょっと、総ちゃん⁉」
夏美にそう言った総次は、彼女の右腕を掴んで局長室から十メートル離れた所にある第三倉庫へ入って小声で話し始めた。
「総ちゃん。大師討ちが文京区のテロを前から知ってたかもしれないって本当なの?」
「あくまで可能性ですが、二十三区は大師討ちが情報管理する地域。区役所のような重要施設なら、監視や警備は厳重になってしかるべきです。なのにテロを許してしまったのがどうしても分からなくて……」
「確かにそうだけど……」
「それに、この手のテロの可能性を事前に感知していれば、僕らにも情報が回ってきているはず。なのにそれすらなかった。渡真利警視長になってからの大師討ちの情報管理能力を考えても些か妙に思えて……」
「じゃあ総ちゃんは、あのテロを渡真利警視長が事前に知ってたのに、黙ってたって言いたいの?」
「確証は持てません。まだ妄想の域を出ないので……」
「でも、どうして渡真利警視長がそんなことをするの? 渡真利警視長はMASTERが起こしたテロを憎んでる筈なのに……」
「僕らがMASTERに武力行使をする大義名分を得る為、ですかね……」
「えっ……?」
総次の予想に、夏美は唖然とした。
「翼は武力行使ではなく、情報でこちらを苦しめています。一方でこちらは敵の本拠地をまだ把握しきれていない以上、判明している敵の支部を攻撃してその情報を掴むのが一番無難。ですが、最も手っ取り早い方法は、相応の理由を付けて全面戦争状態にする……」
「その為に、見逃したってことなの?」
「渡真利警視長のこれまでのことを考えると、どんな手段を用いてもおかしくないでしょう。理由がなければ、作ればいいと」
「じゃあ、麗華さんと副長さんもそのことを知ってるのかな……?」
「恐らく……ですが、歯切れが悪かったので、仮にこのことを知っての決断だったとしたら、二人にとって不本意なものだったでしょうが……」
そこまで聞いた夏美は顔色が青くなった。もしこの件が真実だとして、麗華達がそれを知った上で乗ったというのが、信じられない部分があったからだ。
「……でも、総ちゃんの妄想なんだよね? 麗華さんや副長が本当に隠してるとは限らないんだよね?」
「万一これが真実だったとしても、情報共有を怠った渡真利警視長の責任と考えられるので、責任が大きく問われるとは思われません。もし黙認したとしても、新戦組と大師討ちの連携を考えての苦渋の決断と言う側面があると思うので……」
「なに?」
「いずれにせよ、僕としては渡真利警視長への警戒心を拭うことも、信用も出来ません」
「そう……」
「夏美さんもですか?」
「うん。始めて会った時から怖いって言うか、言葉でうまく言えないんだけど、なんか禍々しいものを隠してる感じがして……」
「そうだったんですか……ですが今は、この考えが現実に現れなければと願うばかりですね」
総次も夏美も、渡真利への懸念を拭いきれないままだった。
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