第7話 疑惑の大師討ち
五月四日の午前十時、午前会議の資料の片付けの手伝いを終えて自室に戻ろうとしていた真は、その途中にある瞑想室の前のベンチに腰を掛ける夏美と冬美を見かけた。
「どうしたんだい? 二人共」
「真さん、総次君の瞑想が終わるのをも待っているんです」
真に対して真っ先に軽快な足取りで近寄った冬美が答えた。
「総次君がね……闘気はまだ戻ってないのかい?」
「ええ。心理的な原因が考えられる以上、闘気覚醒の瞑想を行いながらなら、心の整理を付けることも出来るのではと考えたそうです」
「確かにそれなら可能性はないとは言えないね。最も、原因自体が不明な上に、確実に取り戻せるとは限らないから、賭けになるね」
「それでも総ちゃんは、闘気を取り戻そうと頑張ってますっ」
夏美は両拳を膝の上で握りしめて真の目を見ながら力強く言った。
「……夏美ちゃん、本当に君は総次君を信じてるんだね」
「勿論ですとも。だってあの子は私にとって……」
「ん? 君にとって?」
「……ううん、何でもありません」
そう言って夏美は頬を微かに紅潮させて俯いた。
「お姉ちゃん……」
「……そうか。君は一番近くで、総次君を見てるからね」
真はどこか納得したような表情でそう言った。それは隣の冬美も同様だった。
「真っ! 大変よっ!」
するとそこへ慌てた様子の勝枝が修一と未菜と共に真達の下へ駆けつけた。
「何だい? 三人ともそんなに慌てて」
「これが慌てずにいられっスかっ! 大師討ちが関係のねぇ人間をとっ掴めて拷問にかけたんスよっ!」
「えっ……?」
「そんな……」
冬美と夏美は修一の言葉を聞いて愕然とした表情になった。
「詳しく聞かせてもらえるかい?」
一方で真は冷静に、しかし険しい表情で勝枝に尋ねた。
「先月真が総次と陽炎と一緒に捕らえた構成員の身元が割れて、そこからMASTERの情報を掴む為に捜査してたら、その構成員の友人に辿り着いたんだ」
「でもその人は、それ以外に接点が取り調べでも見つからなかったのよ。本当だったらそこで釈放するべきなのに、大師討ちが……」
勝枝の説明に続いて未菜が言った。
「大師討ちがそんなことを……」
「ただ、それを主導したのは渡真利警視長の息の掛かったメンバーらしいんだ」
「と言うことは、大師討ちの内部も二派に分かれた状態になっているのかい?」
「アリーナの蒼炎から、渡真利警視長を中心とする急進派と、上原警備局長への忠誠心が強い本道派の二つに分かれてるんだ」
「その情報はまだ新戦組内部には流れていなかったが……まさか大師討ちでも情報の隠匿が行われているのか……? 子の情報を僕達に伝えてくれたのは一体誰なのかい?」
「この情報を俺達に伝えてくれたのは、姉川って人なんスけど、確か真さんは先週の任務で一緒になってたっスよね?」
「えっ、姉川さんが……?」
修一の報告を聞いた真は意外そうな表情でつぶやいた。渡真利警視長の部下で、彼への高い忠誠心を持っていた彼女からすれば、渡真利一派のやり方に対して全幅の信頼を置いていても不思議ではないと考える人間は、翼以外にも多かったからだ。
「ああ。彼女自身、渡真利警視長の強引なやり方についていけなくなったようなんだ。それで密かに警備局長に一部の情報を伝えたみたいで……」
「あの姉川さんがね……まあ、あのアリーナの蒼炎以降、大師討ちのMASTER殲滅の動きがかなり過激になったから、付いていけないメンバーが出ても不思議ではないと思ってたが……」
勝枝からの補足説明を受けて真はそう言った。
「この件は、警備局長が公安部から大師討ちの息が掛かっていないメンバーを数人使って内情を探っていく予定になってるっス、後はそっちからの報告を待つってことになるっス」
「と言うことは、状況によっては新戦組の介入もあり得るのかい?」
「そうみたいっス。まあ、そうならないことの方が大きいと思うっスけどね」
やや神妙な面持ちの真に、修一はやや不安を覗かせながらそう言った。
「それより、総次の姿が見えないが、ひょっとして……」
そう言いながら勝枝は辺りを見渡した。
「瞑想室にいるよ」
「闘気瞑想で一からやり直す選択をしたんだな……」
「いろいろ他の方法を試してみたらしいけど、この方法しかないって考えたみたい」
「でも、見込みあるんスか? 原因だって結構複雑みたいっスし……」
「大丈夫だよ。ね? 未菜ちゃん」
修一の懸念に対して、真は未菜に説明を求めた。彼女はアリーナの蒼炎から帰還した総次の身体の検査に加え、その後の心臓と脳波の検査を行ったからだ。
「心臓にも脳波にも異常は見られませんでしたから、一生使えないということはないと思いますけど……」
「疲労から来たって言うのも考えられるけど、あの時の総次君を最も苦しめたのは、心理的な部分だったからね」
「心理的……」
修一は身を乗り出して真の話に聞き入り始めた。
「強大な力を活かしきれない自分への苛立ち、その力をいたずらに使った時の不安、幸村翼への対抗心、そして肉体的な疲労が重なって、闘気が使えなくなったと、彼は予想してるよ」
「確かに、扱いに慣れた闘気使いの中には、感情の高ぶりによってその出力が本人の予想を超えて放出されることがあるって本に書いてありました。BLOOD・Kを倒した時の私達のように……」
真の説明を受け、冬美は自信と夏美の実体験を思い出しながら発言し、夏美もそれにうなづいた。
「うん。龍乃宮さんが指摘したように、総次君の闘気は心理的な影響を、極めて受けやすいのかもね」
真の指摘に、修一達は納得したように頷いた。
「じゃあ、いつも通りの特訓じゃあ無理ってことっスか?」
「そうとは限らない。ただ同時に、それ以外の何かも必要になってくる。それを手にするにも、普段からの闘気修錬は必要だと思うよ」
修一の疑問に、真はつつがなく答えた。
「そうですね。だからあたしと冬美で、総ちゃんの特訓に付き合うことにしたんです」
「……そうだな。俺達組長クラスの中で一番あいつのことを見ているのは、いまとなっては夏美ちゃんと冬美ちゃんだからな」
修一は夏美の言葉に納得した様子でそう言った。
「でも戻るとしても、どれくらい時間が掛かるんだ?」
「それはまだ何とも……」
勝枝の質問に対し、夏美は口をつぐんだ。そこまでの見通しまでは立てていなかったからだ。
「勝枝の気持ちも分からなくはない。最近の僕達は、総次君の力に頼り過ぎていた。あの薫ですら彼の力を今後の戦略に組み込んでいたくらいだからね。色々背負わせ過ぎたと、彼女も反省しているよ」
「総ちゃんって、自分の出来ることだったら限界も考えないで無茶しちゃうから……」
「夏美……」
勝枝はそう言った夏美に微笑んだ。入隊した頃は冬美と共におどおどしてばかりだった二人が、こうして逞しくいることが、かつて世話をした身として誇らしかったからだ。
「その通り。彼が自分の闘気を取り戻すまでは、彼を助けつつ、今の僕達に出来ることをするのが、非常に大事だね」
「……そうっスね。MASTERも新大師を中心にいろいろと仕掛けてくるでしょうし、俺達が気を引決めて臨まないと駄目っスよね」
「そうそう、その通りよ修」
修一の決意を聞いて、未菜は賛同の意を示した。
「冬美、夏美ちゃん。総次君のこと、頼んだよ」
「「はいっ!」」
真にそう言われた冬美と夏美は、ハキハキとした姿勢でそう応えた。
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