第5話 未来へ続く正義

「それにしても、随分な量になったな」

「当然だ御影。これから始まる俺達の作戦にとって重要な資料になるからな」


 新大師室では、これまでに集めた政治犯に関する情報の開示の為、下準備に取り掛かっていた翼は、御影と加山と共にその作業を行っていた。


「君達の情報収集力には驚いたものだよ。これだけの量のデータの処理をたった二人でこなしてるとは」

「別に俺達二人という訳ではありませんよ。時間があるときは赤狼管轄下のサイバー戦略室にも手伝ってもらっています」


 加山の感嘆の言葉に、翼は作業の片手間に答えた。翼からすればこの量のデータとは幾度となく格闘してきたが、今回初めて本格的に翼のサポート役に回った加山からすれば、その量は異常だった。

これまで具体的に彼らがどのようにデスクワークをしているのか分かっていなかった加山を驚かせるには十分であった。


「まあそれでも、作業自体が徹夜になりがちで、翼の体力と事務処理力に付いて行ける人間は、赤狼以外を見ても俺と財部さん達情報戦略室のメンバーしかいないでしょうね」


 そんな加山の感嘆に対して、御影もまたデータ上で資料整理を片手に言った。


「だが翼君、改めて君に尋ねてみたいものだ」

「尋ねてみたいこと、ですか?」

「君のように純粋な人間は、得てしてどんな色にも染まりやすい、それもどんな色よりも濃く、決して薄まることも他の色と混ざることがない程に染まることが多い」

「……翼が、今の日本の腐敗と、その腐敗に立ち向かわない国民に絶望し、体制と国家の破壊者になる可能性が高かったにもかかわらず、それを選んでるような感じがしなかったと言いたいのですか?」


 加山の尋ねんとしていることを察した御影は、やや不機嫌そうな表情を垣間見せながら先んじて加山に聞き返した。


「気を悪くしたら済まぬ。だが、ここまでの行動を起こしながら、例のアリーナの事件。そしてそれからの一週間、武力による東京制圧を起こそうとしなかった。その気になればあの長刀使いの女や弓の青年はおろか、沖田総次すら討つ機会があったはずにもかかわらずだ」


 加山は翼に対して鋭い視線を送りながら尋ねた。すると翼は資料精査をしていた手を止め、加山の方に面を向けて答えた。


「……俺も昔は、力だけで人々を救おうと思っていた時がありました。それを変えたのは、あいつに会ったからですかね」

「あいつとは?」


 加山に尋ねられた翼は、懐かし気にこう言った。


「……総次です」


 その言葉に加山は目を見開いて驚き、御影は微笑んだ。


「小学生の頃、俺はあいつに聞いたことがあるんです。剣道をやってるとき以外は勉強するか読書をするか、難しい学術論文を読んでばかりで、なんでそこまでするんだって」

「それで、何と答えたのかね?」

「多くの知識が欲しいからだって、そう応えたんです」

「多くの知識……」


 加山は目を細めてつぶやいた。


「その理由が、知識を元に、自分だけの知恵を生み出したいって」

「知識を元に、知恵を生み出す」

「あいつ曰く、知識とか学問ってのは、その気になれば誰でも手に入る物。でも知恵ってのは、知識の有無にかかわらず、新しいものを生み出すことによって生まれる知能の美学だと」

「それはまた、面白いことを……」


 そう言って加山は微笑む。


「そして多くの知識や言葉を知ることによって、自分の中の感情をより的確な言葉と表現力によって表すことも出来る、すれ違いが起こるようなことを言わなくて済むこともあると。まあ、それで具体的にどうしたいのかってのは、あの時のあいつにも分からなかったみたいですけど」

「ほぉ……」

「それで俺は中学に上がってから手当たり次第に読んだんです。この国を腐敗させているものは何なのかを知る為に、そしてその過程で御影に会い、あいつに色々諭されて、学校でいろんなものを学び、今の俺が出来上がりました」

「それで、君はどんなことを学んだのかね?」

「正しく権力を使える者がいてこそ、人々は幸せに暮らせる。だが今この国に、そう言った人は少ない」

「翼君……」

「勿論、本当に国と国民の為に出来ることをしようとしている人達がいるのも理解してます。でもそう言った人達は、腐敗した人間達に埋もれているかもしれない。もしそうだとしたら、俺達がその人達を引き上げて、国家の中心人物になってもらいたい。それによって国家を正しく動くようにする」

「それが君の最終目標かい?」

「その一つです。この多くの政治犯や刑事犯,思想犯のデータは、その為の第二段階です。この多くの資料を使うことで、俺達の計画は新たな段階に入るのです」

「君が破壊者の道を選ばなかったのは、そう言った君なりの答えに辿り着く為だったのか」

「ですがその為にはまだ時間が掛かります。本心を言えば一日でも、いや一秒でも早く多くの人達が希望を持てる国にしたいと、焦る気持ちがあるんですよ。翼には」


 そこまで話していた翼の会話を、御影が引き継いでこう言った。


「やはり、そう思っていたのか。まあ、なんとなくそんな感じはしてたがね」

「ですが今は武力による解決を図るべき時ではなく、それ以外の方法で徐々に自分達の領域に引き込むための堪え時だということも分かっています」

「そうか……」

「ですが、いずれにしても俺は俺の信じる正義を、皆で実現したいんです」

「……立派だよ。君も、赤狼も」


 加山は感嘆と共に翼への敬意を示す態度になった。


「俺達も最初は、翼の夢みたいな目標を馬鹿にしたもんですが、それを実現する為に日頃から学び続けているこいつの姿を見て、少しずつ変わってったんですよ」

「翼君の、いや、大師の姿勢が、君達の心を動かしたのか……」


 御影の言葉に、加山は納得した様子でそうつぶやいた。


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