第11話 赤狼と黒狼、一年ぶりの再戦

「囚人達を殺し、刑務官達の腐敗を公表するか……」

「新しいMASTERが活動する上での大義名分を得ようって算段かしら……?」


 アリーナ内のモニターから流れた翼の放送を聞いた清輝と哀那はそれぞれ思ったことを口にした。


「身分を偽って、MASTERと関係のない者達を刑務官や拘置所の人間として紛れ込ませてたのですね……」


 一方で姉川は彼らがこのようなことをできた経緯をある程度推察していた。


「新大師はこれを口実に日本を支配するつもりなの……?」


 続けて麗美はどこか恐れるような表情でつぶやいた。


『司令官』


 すると総次の無線から第一遊撃部隊の隊員からの通信が入った。


「どうしました?」


『遅れて申し訳ありません。高橋翔さんは現在、我々の治療を受けています』

「そうですか……」

「どうしたの? 総次君」


 どこか安堵した声を出した総次に対し、麗美は首を傾げながら尋ねた。


「高橋さんの無事が確認出来たとのことです、今は僕の部下の応急処置を受けています」

「それって本当なの⁉」


 総次の報告を受けた麗美は掴みかかるように尋ね、総次は無言で頷いた。


「……良かった……」


 麗美は面を伏せながら小さく震える声でそうつぶやいた。


「私……私……」


 それと同時に姉川は申し訳なさと罪悪感に満ちた表情でつぶやいた。


『それから、これは先程東口を守備していた大師討ちのメンバーからの報告ですが、司令官の時間的余裕を最優先する為に後回しにしてしまいました』

「どうしたのですか?」

『不審人物が、その東口付近をウロウロしていたとのことです』

「不審人物とは、具体的にはどのような?」

『フード付きの上着を着ていて、顔の方はそのフードに隠れて一瞬しか見えなかったらしいのですが、左眉から右頬に掛けて大きな傷のようなものが見えたとのことです』

「右頬から左眉の大きな傷……?」


 隊員からの報告を受けた総次は震える声でそうつぶやき、更に質問を続ける。


「……その不審人物は今、どこにいますか?」

『二分前に東口近くのビル街の路地裏へ入って、それ以降の消息は一切……』

「東口近くのビル街の路地裏に続く道ですね……」


 そう言って通信を切った総次は、山根との戦いからの疲れのままの身体を無理に起こし、一目散に東口までふらつきながらも走りだしてしまった。


「おいっ総次‼」


 清輝の制止を振り切り、総次は猛スピードでグラウンドから飛び出してしまった。


『陽炎。総次君が外へ飛び出していったけど、何かあったのかい?』


 すると陽炎の面々が耳にしていた無線から真の声が入ってきた。


「分かりません。急にあんな風に……」


 最初に真の質問に答えたのは哀那だった。


『どんな報告だったのか分かるかな?』

「すみません、何しろ急だったもんで……」

『……とにかく僕はあの子を追う。この場は君達に任せたよ』

「「「了解‼」」」


 そう言って真からの三名の無線は切れた。



⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶


同じ頃、総次は走る速度を落とすことなく翼のいる場所まで駆け抜けていた。


(間違いなく罠だけど、こんなチャンスは二度はない……‼)


 そのままアリーナ東口近くの大通りから外れたビルとビルの間の細長い路地裏に突き進んだ総次は、速度を落としながら周囲を見渡した。


(この辺りに奴がいる……必ず奴が……)


 目を大きく見開き、鼓膜に神経を集中させて辺りを見回しながら翼の気配を探す総次。

小学校時代に総次を二度も負かし、一年前に戦っても尚決着が付かなかった。今度こそ奴を討たねばならないと、内なる声が総次にそう囁いていたのだ。

 しかし山根との戦いの後、息を整える間もなくアリーナを飛び出した為に、軽い呼吸困難に陥っていた。


(どんな状態であろうと、あいつを討たなければ……‼)


 その決意の下、鞘から刀を抜く総次は、周囲を見渡し、聴覚を研ぎ澄まして足音の有無を確かめ始める。


「随分と慎重になるな……」


 すると頭上から総次にとって聞き覚えるある声が降り注ぐ。その直後総次足元の影が大きくなっていき……。


「お前が相手なら尚更だよ……‼」


 急降下する翼を、総次はさらりとかわす。


「速いな……‼」


 その場に見事に着地しながら、翼は総次の姿を捕らえた。手にした刀の刀身は、鋼の闘気による鈍い輝きを放っていた。


「その傷、まだ残ってたんだ……」

「思いの外しぶとく残ってね。だがお前を誘き寄せるにはいい餌だ」

「ピンポイントで僕を釣る為の餌、か……」


 翼の作戦の意図を悟りつつも、総次には疑問が残った。


「……昼食時を狙ったのは、観客達をその時間帯に苦し、可能な限り非戦闘員の犠牲を回避しようとしたんだな。あの斧の男、お前達にとってかなり扱いにくい奴だったのだろう。あんな手段で排除するとはな……」

「ほぉ、そこまで気づいたのか」


 総次の質問に、翼は意外そうな表情をした。


「奴は暴れることしか考えてなさそうだった。そんな奴は組織じゃあ使いにくい。だがこんな面倒な手を使うなんて……」

「奴の為に俺達の同志に犠牲を出したくない。この作戦なら、民間人にも犠牲者をなるべく出さずに済むと思った」

「僕を討伐するのも、作戦の内か?」

「それは一種のギャンブルだ」


 淡々と答えた翼に、総次は驚きを隠せなかった


「大胆なギャンブルだな。だがそれに勝ったとは……」

「お前を討つ為だ。お前は俺達にとって、危険過ぎる……‼」


 翼は総次目掛けて一直線に突進しながら刀に風の闘気を纏わせ、強烈な突きと共に螺旋状のかまいたちを放った。


「その程度なら……‼」


 総次も翼目掛けて突進しつつ、突きが直撃する瞬間に刀に陰の闘気を纏わせて、風の闘気を吸収した。そのまま身体を半回転しながら翼の背後を取り、縦一文字に背中を斬り裂かんとした。


「動きは見える……」


 反応した翼は斬撃が直撃する刹那、総次の右手を掴んで斬撃を防いだが、総次は左手に陽の闘気を纏わせた小太刀を抜き、それでそのまま翼の顔面に猛烈な勢いで突き出した。


「その程度で!」


 翼はその斬撃を僅かに腰を落としてかわし、逆に総次の腹に強烈な蹴りをお見舞いした。


「ぐあっ‼」


 翼の蹴りで三メートル以上吹き飛ばされた総次。翼はすかさず総次目掛けて走り出し、炎の闘気を纏わせた刀で総次の頭上を取り、切っ先を向けて串刺しを狙う。


「まだだ……‼」


 その瞬間、総次は横に身体を回転させてかわしつつ、小太刀で着地した翼の足元を狙う。


「はぁ‼」(伏狼‼)

「おらぁ‼」


 翼は軽くその場でジャンプしてかわし、そのまま唐竹割りで総次を斬り裂こうとするが、総次はそれを見切り、刀と小太刀で翼の刀を挟み込みつつ翼の腹目掛けて強烈な蹴りをお見舞いした。翼は軽く吹き飛ばされつつも倒れることなく体勢を整えた。


「これ以上お前をのさばらせるのは、俺達にとって危険過ぎる……」


 翼は左手に拳を作り、そこに鋼の闘気を流し込んで硬質化させた拳を叩き込まんと襲い掛かった。


「くっ‼」


 直撃する寸前で総次はそれをかわし、小太刀で腹を貫かんと繰り出した。翼は即座に離脱しつつ、刀に纏う闘気を炎に切り替えながら突きを繰り出し、火炎放射の如き勢いで炎を放った。


(やはり疲れが……‼)


 痛みに耐えながらも、総次は体力消耗が著しいことを改めて思い知った。。


「だからこそ……」


 そう言うや否や、翼の全身から真紅の闘気が噴き出し始めた。


「この力でを使わせてもらう……‼」

「お前、それは……⁉」


 翼の放つ闘気に、総次は驚愕するしかなかった。

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