第6話 桜田門は朱に染まりけり

 MASTER本部・赤狼司令室に大師秘書である加山が尋ねてきたのは、沖田総次と白帽子の少年が警視庁十四階の会議室で戦闘に入ったのと同時刻だった。突然の来訪に戸惑う翼と七星達に、加山は驚くべき情報を伝えてきた。


「警視庁庁舎に……襲撃ですか?」


 やや引き攣った声で加山に尋ね返したのは翼だった。


「うむ。桜田門にMASTERが隠れ家として使っている喫茶店の同志から連絡で、つい十分前から警視庁庁舎から激しい爆発音が立て続けに聞こえ、不審に思い付近まで確認に行った結果、庁舎の諸所が破壊され、煙が立ち込めているが確認された。中から無数の男女の悲鳴がこだましているのも……」

「マジかよ……」

「まさかそんな狂ったことを起こす輩がいるとは……」

「信じられないよ……」


 事実と断言した加山の話に、慶介・瀬理名・将也の三人は特に驚きを隠せなかった。


「まあ、警視庁そのものを襲撃して破壊すること自体は、俺達赤狼の全精力を投入しなくても翼一人でこなすことは、決して不可能じゃねぇがよ……」

「後先考えずにやるなんて、そんな奴らがいるなんて……」


 三人と比較してリアクションが少なかった尊と八坂だが、それでも額や頬から汗が噴き出しているとこからも、彼らの動揺が決して微々たるものではないことは一目瞭然だった。

その動揺が収まらない空気を読みながらも、加山は更に情報を伝え始めた。


「それと、付近の支部からの情報で、ヘリコプターが一機、警視庁方面に向かっているのが確認できている。支部のデータベースで確認したところ、マスコミ各社が使っているどれとも一致しなかった」

「翼……」

「……分かってる。このまま俺達が手をこまねくことはしない……」


 話しかけようとした御影が言おうとしていた意見を察した翼はそう言った。


「加山様。こちらも大至急、ヘリコプターを一機。お借りしたいのですが……」

「そう言うと思って、既にパイロットに準備をさせておる」

「ありがとうございます。我々の方からも、闘気感知の範囲が最も広い同志を選抜して送り込みます」

「分かった」


 そう言って加山は赤狼司令室を後にした。


「……御影、俺はサイバー戦略室で状況を確認する」

「分かった。俺も後からくる」

「ああ。尊は我が隊から最も闘気感知の範囲が広い同志を大至急呼んできてくれ」

「あいよ」

「頼むぞ。それと今日は皆ご苦労だった。尊もこの仕事が終わったら、今日は自室に戻って休んで良いぞ」


 尊に指示を出した翼はそう言ってサイバー戦略室へ向かった。


「どうしてヘリコプターを出すの?」


 翼が部屋を出た直後に御影に質問したのはアザミだった。


「……警視庁では六年前のMASTERの最初の襲撃以降、毎月幹部が集まって定例会議を行っていることが、諜報隊の調査の結果分かっている」

「部署の垣根を越えて、俺達に対応する為にか?」


 慶介は右手で頭をかきながら言った。


「そうだ。そしてそれは毎月二十五日に本庁舎の会議室で行われることになっている。今日は八月二十五日だ。もし警視庁を襲った賊がその事を知っていたとすれば……」

「幹部の命を狙っている……」


 その後の言葉を察した将也は驚きながらそうつぶやいた。


「そういうことだ。その上この状況になれば、連中はあの新選組モドキを呼び寄せる。それこそ大人数で、ならその場から手っ取り早く去る方法は……」

「空から逃げるって言いたいのか? ってことは加山様が言ってた警視庁に向かってるヘリコプターって……」


 御影の説明に、未だ懐疑的な尊はこう言って確認した。


「賭けになるが、やらないよりはやった方が良いって奴だ」


 御影も自身の身で言ったわけでは無い、だが例え一パーセントでも可能性があれば万全の態勢で臨むのが、戦いにおける鉄則であると考え、翼の判断を信じたのだ。



⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶


 総次が率いてきた一番隊の隊員二十名に俵田警視総監と本庁幹部達はと共にエントランスに向かう階段を降りていた。


「……かなり激しい戦闘になっているようだな」

「組長……」


 護衛している隊員の一人が不安になりながらつぶやく。


「心配かね?」


 すると俵田警視総監が静かに、そして優しく隊員に話しかけてきた。


「い、いえ。ただ何となく……」

「あの少年は、君達を率いているのだろう? なら心配はなかろう」

「で、ですが……」

「とにかく、今はあの少年を信じようではないか……」


 そう言って俵田警視総監は護衛をしている隊員達の安堵を促す。そうこうしている内に彼らは一階に降り、一番前を歩いていた手塚組織犯罪対策部長が扉を開けた。


「これは……」

「まさかここまでとは……」

「あの少年の力、我々は闘気を、甘く見過ぎていたようだな……」


 エントランス全体にできた血の池。その上に横たわる無数の死体。内臓が飛び出たり手足をそがれたもの、そして斬り落とされた首が辺り一面に転がっていた。

 地獄絵図という言葉が相応しい光景に、手塚組織犯罪対策部長と利家公安部長は言葉を失った。俵田警視総監も、自身の闘気に対する認識の浅はかさを自覚して表情を曇らせた。


「皆さん! ご無事で!」

「大丈夫っスか⁉」


 そんな彼らの下へ、新戦組本部二番隊組長・椎名真と、八番隊組長・澤村修一が各々の部隊を率いて救援に駆けつけた。


「私達は大丈夫だが、川原君達が……」

「……犠牲者が出てしまった……と?」


 真の質問に俵田警視総監は無言で瞳を閉じたまま頷いた。そして手塚組織犯罪対策部長の口から、川原地域部長・本多交通部長・三城総務部長の三名が殺害されたことを知った。


「そうですか……遅かったか」

「いや、君達の所為ではない。この惨憺たる光景は、あの少年が起こしたことだ」


 そう言って真達は俵田警視総監達と共に床に転がる無数の死体の山を眺めた。


「こいつはひでぇ……」

「とても人間の殺し方とは思えないね……方法としても倫理的にも……」


 修一と真は鼻と口に手を当ててそう言った。無数の死線を潜り抜けた彼らをしても、密室でここまでむごたらしい死体を目の当たりにしたことは無かった。無論、これは彼らが率いている隊員達にも共通していえることでもあり、組長と同じように口と鼻に手を当てて目の前に広がる惨状に絶句していた。


 そんな中、真は俵田警視総監達と一緒に一番隊隊員達がいることに気付き、近づいて彼らに話しかけた。


「君達がいるということは、総次君は既に……」

「はい。既に上の大会議室で、賊と戦闘中です」

「そうか。修一。君達八番隊は館内地図にしたがって大会議室に向かって総次君の援護を頼むよ。僕ら二番隊はこれから大師討ちと合流して、彼らを警察庁に避難させる」

「了解っスけど、こっから警察庁までそんなに距離は無いはずっスよね?」

「例え僅かな距離だったとしても、賊の仲間が待ち構えている可能性は否定できないからね」

「了解っス‼ 俺達で行ってきます‼ 八番隊‼」

「「「「「オウ‼」」」」」


 修一の号令に対して、つい先程まで周囲に転がっている無惨な死体を前に戸惑っていた隊員達も気迫を取り戻し、凛とした表情で応えて大会議室のある階へと向かった。するとその光景を見た俵田警視総監が真に対してこう言った。


「若いね……戦争を賛美する気は無いが、終結の為に己の全てを尽くさんとする姿を見ると、我々も襟を正さねばと思うな……」

「そう仰っていただけると光栄です。ですが今は、生き延びることを考えましょう」


 修一達に対して称賛の言葉を聞いた真は、それを光栄に思いながらも現実を直視してこう切り返した。


「そうだな……皆も、最後まで気を抜くでないぞ」


 真の意見を聞いた俵田警視総監もそれを最も考え、一番隊の隊員達と二番隊に護衛されながら警視庁を後にするのだった。

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