第2話 闘気バイク
総次と入れ違いで、沙耶が電話を終えて夏美達のところに戻ってきた。
「終わったよ」
「何の電話だったんですか?」
夏美は首を傾げながら尋ねた。
「学園長に『無事到着したよ』ってね」
「そうだったんですか」
「それで、総次は?」
「今トイレに行きました」
「そっか……」
夏美の報告を聞いた沙耶はそうつぶやいた。すると佐助が沙耶に声をかけてきた。
「あの……ちょっといいですか?」
「何だい? ナンパならお断りだよ」
「そうじゃなくて……」
引き続き先程のナンパをいじられた佐助の表情は「迂闊にナンパするんじゃなかった」と言う後悔に満ち溢れていたが、それにくじけずに尋ねた。
「オチビちゃんの高校時代って、なにをしてたのかな~って……」
「あたしも気になってたんです」
夏美も佐助も、総次にそう言わしめた沙耶に興味を持ったのか、前のめりになって尋ねた。
「そっか。いい機会だから、総次について話してやるか」
そう言って沙耶は夏美達と同じテーブルについて話し始めた。
「ぶっちゃけて言うと、入学してから大人しいっていうか真面目っていうか、あっ、でも身長は入学してから二十センチは伸びたか」
「部活とかは? やっぱり剣道部ですか」
尋ねたのは佐助だった。
「いや、文芸部だよ。体育会系の部活には入るなって言ったから」
「は? どういうことですか?」
「いやな、あの子何かに夢中になると一切妥協せずに無理するから、それが気になってね。何事も程々が大事っていうか、勝負ごとに過剰に執着し過ぎないようにしたんだよ。守れないなら闘気と剣術の稽古は無しだって、ちょっと脅しをかけたりしたわ」
そう語る沙耶に、続けて夏美が質問する。
「どうして、そこまでしたんですか?」
「闘気と剣術の稽古もあたしとの個人レッスンで十分だったし、勉強も炊事洗濯も、大抵のことは何でもこなせる子なんだけどね。まあ、大事な試合ならまだしも、個人的な試合の場合すぐ熱くなっちゃうタイプでね。頭を冷やさないと、試合でも後が持たなくなるのが気になったのが、大きな理由かしらね」
「文芸部での総ちゃんってどんな感じだったんですか?」
「顧問の先生が評価するには、真面目に取り組んでたが、良いものが書けるようになるまで相当時間が掛かるかもしれないって言ってたよ」
「そうだったんですか……」
「まあ、高校生活に関してはこんな感じかな。ああ。あれでも結構友達からは可愛がられてたよ」
夏美と佐助は沙耶の話に聞き入っていた。
「じゃあ今度はあたしから質問していいかな? 金髪チャラ男君」
「金髪チャラ男……」
沙耶から突然付けられた不名誉やあだ名に落胆しつつ、佐助は答えた。
「最初に驚いたのは、仕事の覚えが異常に早かったことですかね。何しろウチの副長からいきなり管理職への打診があったぐらいですし」
「いきなり管理職か。つーかあんた達、あの子にそんな重責を担わせたのかい?」
「それは……」
呆れ返りながら質問返しをした沙耶に対して言葉に詰まった佐助。そんな佐助を見かねた夏美はこうフォローした。
「うちの事情で結果的に幹部にしてしまったっていうか……」
「俺も副長の提案はかなりの無茶ぶりだと思いましたよ。入隊してすぐの奴に組長なんて荷が重いって」
「でも、こなせたんでしょ?」
佐助を指さしながら、沙耶が指摘する。
「そんな懸念を払拭させるくらい仕事の呑み込みが早くって、結果的に認めるしかなかったんです」
「まあ、あの子がうまくやれてんなら問題ないんだけど、無茶しそうになったら頼むわよ」
沙耶は夏美と佐助にこう声を張った。
「勿論です。あいつの率いている隊の連中も一丸になって支えてますから」
「あたし達も一緒に支えてます。あの子が立派な組長として活動できるように」
「そう。なら宜しい。ただ、あんた達には一つ、忠告しておくことがある」
「「はい?」」
先程までの陽気さを引っ込め、非常に険しい表情になった沙耶の「忠告」に、2人は畏まった態度になる。
「理由はどうあれ、総次は人を殺した。これからも、多くの人の命を、戦いの中で奪っていくことになる。あんた達は、特に、あんた達の言っていた副長さんは、それを重く受け止めるべきだと思うわ」
「それは……」
沙耶の指摘は尤もだと、夏美はハッとした。結果的に総次を戦いの世界に駆り立てたのは副長である薫だが、二人もまた、総次が実戦の中でも戦えるように、指導という形でそれを促進させた。そうである以上、一人の少年を人殺しにしてしまった責任は、感じて当然だろう。
「肝に銘じますよ。おチビちゃんを戦いに巻きこんだのは、確かに俺達ですから。副長も、それは誰よりも感じてるとこです」
「そう、なら、これ以上あたしも言うことはないわ」
そう言って沙耶は、険しい表情のままこの話題を終えた。
すると男子トイレから、総次が手をハンカチで拭きながら出てきた。
「何の話をしてたんですか? 美原先生」
「まあ、いろいろね」
沙耶はそう言って総次の質問に答えた。
それと同じタイミングで待合フロアの放送が流れた。
『常島からお越しの美原さん、美原沙耶さん。荷物が到着しましたので、一番カウンターまでお越しください』
「じゃあ、あたしは総次の荷物を持ってくるけど、あんた達も来なよ」
「「「分かりました」」」
そう言って沙耶は待合フロアの外にある一番カウンターへ総次達を連れて向かい、荷物を受け取った。沙耶は最初にカウンターにドッと置かれた大量の本が詰まった箱を持ち上げたが、カウンターのテーブルから離れた時にバランスを崩した。
「全く、相変わらずこんなに大量に本を持って、あんたの読書好きは筋金入りね」
「申し訳ありません……」
「ほら……よっ!」
そう言って沙耶は総次に抱えていた箱を受け取らせた。
「総ちゃん、重くないの?」
「持ってみます?」
夏美は総次に尋ねて箱を受け取った。すると余りの重さに受け取った瞬間に腰に重さがのしかかって思いっきり前のめりになった。
「重っ……こんなにたくさんあるの?」
「確か、あと二つありますよね?」
「おいおい、どんだけ本好きなんだよ……」
佐助は呆れかえった様子で総次に言葉を投げた。
「それと美原さん。もう一つは外の駐車場に置きましたので、そちらの方へどうぞ」
「あいよ。じゃあみんな、ちゃっちゃと駐車場へレッツゴー‼」
そう言って沙耶は意気揚々と駐車場へ向かっていった。
⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶
ズカズカと歩いて駐車場へ向かっていく沙耶。佐助と夏美の二人がぎっしりと本が詰まった箱の重さに悶えているのも無視してるようだ。
「あの人、他人の体力とか考えないのかな……」
「いつものことですよ。ところで夏美さん。鳴沢さん」
「何だ?」
「車の鍵、僕に渡していただけますか? トランクを開けるので」
「ああ。頼むぜ」
そう言いながら佐助は、総次にキーを渡した。
「ありがとうございます」
二人と違って箱の重さに余裕を持っていた総次はそのまま駐車場に向かっていった。
「よしっ、ここだ!」
「はぁ、はぁ。これって……」
箱の重さに息を切らしながらも駐車場に着いた夏美達の前にあったのは、一台の黒いバイクだった。
「わざわざありがとうございます、美原先生」
「確認だけど、免許証は持ってきたよな?」
「はい、ここに」
夏美達よりも早く到着していた総次は、肩に羽織っていた黒いコートの右胸のポケットのファスナーを下げて財布を取り出し、そこから普通二輪免許証を取り出した。
「オチビちゃん、バイク乗れんのか?」
「高校二年生の時に免許を取りました。まあ理由があって……」
驚く佐助に対して、総次は被っていた帽子をポシェットにしまい、ハンドル部分に掛けてあったヘルメットに被ってバイクに跨った。
「このバイクの動力は闘気なんです。南ヶ丘大学工学部の先生方が共同で、闘気をエネルギーとして使えるかという研究の一環で開発したんです」
そう言って総次は沙耶の方を見て確認をとった。
「あくまで闘気の可能性の一つってことで造っただけだけどね」
「そんな研究もあったんだ……」
「闘気バリア以外にもいろいろあるんだな……」
夏美と佐助はそれぞれ関心を持ったようだ。 更に総次は補足を始めた。
「もっと言えば、南ヶ丘学園には美原先生のように闘気を扱える人が、僕が三年の段階で二百五十人程在籍してるんです。なので闘気の研究が盛んで、特に『闘気エネルギーの利用法』の観点での研究は、他よりも進んでるんです」
「で、総次はひょっとしてこれで帰るのかい?」
「ええ、久しぶりに乗るので慣らしも兼ねて……」
総次はバイクのエンジンを掛けながら答えた。すると夏美が二人の会話に割って入ってこんなことを二人に尋ねた。
「あの、あたしも一緒に乗ってっていい?」
「ええ、もう一つヘルメットはあるんで、いいですよ」
そう言って総次はバイクのヘルメット入れからもう一つのヘルメットを取り出して夏美に渡し、夏美はそれを被った。
「でもどうしたんですか? 急に一緒に乗りたいなんて……」
「こういうの一度やってみたかったの! なんか恋人みたいで憧れてたんだ~」
「いいよな~オチビちゃんはバイクで。俺なんか車で来ちまったし、この荷物持たなけりゃならねぇからそんなこともできねぇ」
荷物を車の後部座席に入れた佐助は総次を羨ましそうな目で見てそんなことをつぶやいた。確かにバイクの二人乗りは身体が密着する。特に異性の場合だとその状況を羨ましいとみる人間もいるだろう。現に佐助がそのような目で総次をまじまじと眺めている。
「じゃあ俺は車で一人寂しく戻るとするか。オチビちゃん、気をつけて帰れよ」
「ええ。鳴沢さんもお気をつけて」
総次がそう言うと佐助は車に乗り込んでエンジンをかけて飛行場を後にした。
総次もそれに続いて動き出そうとしていたが、突然沙耶が総次の耳元まで近づいてこんなことを囁いた。
「いい感触じゃないのか?」
「何がです?」
「胸の感触だよ。これからしばらくの間は身体を密着させなきゃならない。そうなれば後ろの娘の豊満な胸の感触を背中いっぱいに……」
「美原さんっ‼」
突然夏美が顔を真っ赤にして叫んだ。
「事実じゃないか。しかも君、見たら本当にいい形と大きさの胸をしてるね~。今の総次を見たらうらやましがる男はごまんといそうだぞっ」
顔を紅潮させた夏美に対し、沙耶は両手をわしわしさせながら畳みかけるようにセクハラ発言を続けた。そして夏美は業を煮やした様子で総次にこう頼んだ。
「そ、総ちゃん‼ 帰ろう‼」
「分かりました。それでは美原先生、本当にありがとうございました。」
そんな会話を間近で聞いても無愛想だった総次は、夏美の悲鳴にも似た叫びを聞いて発進した。駐車場を後にする二人を遠目で見た沙耶は、先程までとは打って変わって心配そうな表情でこうつぶやいた。
「絶対に死ぬんじゃないよ、総次……」
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