6th phase-8

 しばらく、京都の街並みや土産物屋を二人で回る。

 何でもない、ただの街並み。

 古き良き街並みと言われるこの街が、今は何故か色濃く目に映る。

 二人で歩く、この街が。

 時に、お土産屋の試食で舌鼓を打つ。

 時に、突然話しかけられた外国人に四苦八苦する。

 時に、訪れた神社仏閣で歴史を感じる。

 そのどれもが、何でもない出来事だが、何故だか温かく感じる。

 きっと、私はこの一時を忘れない。

 何故かは、本当にわからない。

 私がもしかしたら、本当は京都がそこまで好きだったからかもしれない。

 あるいは、隣にいるこの男と一緒だからか。

 たぶん、後者だろうな。

 こんな感覚は、珍しくない。

 学校でも、紫苑さんのお店で会った時も、夏休みに行ったプールでも。

 こいつといると、この感覚がいつも去来する。

 嗚呼、この感覚、何て言うんだろうな。

 結局博士にさえ教えてもらえなかった、この感覚。

 この正体が、私は知りたい。

「あ、鬼道さん」

「? どうした?」

「ちょっと、トイレ……」

 気恥ずかしそうに、駅のトイレを指差すこの男。

「……近くで待ってる」

「あ、ありがとう」

 そう言って離れる男と別れ、私は近くの壁に背もたれる。

 まあ、そんなに時間はかからないだろう。

 そう思って視界に映る駅の人々に視線を泳がせる。

 その時だった。

「無防備だな」

 そんな指摘が、耳に飛び込んできたのは。

 反射的に横を向くと、芦野がいた。

 昨日とは異なり、スーツの上に薄手のコートを纏った、キャリアウーマンを思わせる出で立ちだ。

 雰囲気は昨夜とは打って変わり、一見冷静にも見える。が、おそらく押し殺しているだけなのだろう。

 その眼光は、相変わらず鋭いままだった。

「そんな無警戒にされると、殺しに来たあたしの立場がなくなるな」

「……いつから?」

「つけていたことか? おまえ達が仲良さげに歩いていたときに偶然見かけたからな。そのまま尾行させてもらったよ。まあ、大通りで殺り合うつもりはないから、安心しな」

「……」

 どうにも信用できないが、仕方なく黙っておく。

 下手に刺激してここで暴れられても困るし、本当にやるつもりなら、いくらでも不意打ちできたはずだ。

 少し、悔しさがこみあげてくる。

 過去のうかつな自分を恨みたい。

「……それで、何の用?」

「そう睨むな。私は、今日はおまえと話をしたかったんだ」

「? 話?」

 昨日不意打ちで殺しにかかってきた女が、今更私に話すことなんてあるのか。

「ああ、話だ」


「鬼道正義、おまえの父親の話を、な」

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